第3話 階段2

雲が低く垂れこめたある冬の昼下がりのことだった。

僕と弟は二人っきりで家の留守番をすることになった。

向かいの家のおじさんが亡くなった為、両親や祖母が葬儀の手伝いに行かなければならなくなったのだ。

おじさんはクモ膜下出血によって数日前に亡くなっていた。


家で二人っきりになった僕たち兄弟は向かいの家の不幸も他所にはしゃぎ回った。

何せ口うるさい母がいないのだ。羽目を外さずにはいられない。


しばらくすると僕と弟は一階を真っ暗にしようと決めた。

暗闇を楽しむ遊びをしようというのだ。

僕と弟は嬉々として一階の雨戸を閉めて回った。

するとあっという間に家の一階は暗闇に包まれた。

僕は辺りが暗闇になればさぞ楽しいだろうと思っていた。

でも実際は全くの逆だった。

僕はその恐ろしさに慄然としてしまった。

弟も同じ気持ちだったのだろう。

弟は僕に身を寄せたまま小刻みに震えていた。


僕は立ち入ってはいけない世界に迷い込んでしまったのではないかと考えた。

立ち入ってはいけない世界――そう、死んだ人間だけが存在するあちらの世界に……。

そう思うと、普段何気なく見ている仏壇が急に恐ろしいものに見えてきた。

もしかすると仏壇はこの世とあの世を繋ぐ扉みたいなものではないだろうか?

死んだ人間は、きっと仏壇をくぐってあの世へと向かうのではないだろうか?

そう思ったとき、暗闇のどこかに亡くなったおじさんが潜んでいる様な気がした。

背筋を丸め虚ろな表情をしたおじさんが、すぐ自分の後ろにいるかもしれない……。

僕は恐怖で叫び出しそうになった。

しかし僕は腹に力を入れて恐怖を抑え、その代わりに弟に向かってこう言った。


「そろそろ遊ぶのは終わりにしよう!お母さんに怒られるし!」


いつの間にか茶の間の窓を開けていた僕はそのままの勢いで雨戸も開けようとした。

すると弟が意地の悪い声で僕にこう言った。


「兄ちゃん、兄ちゃんは一人で階段を上って二階に行けないんじゃない?」


僕は弟の言っている意味が分からず思わず手を止めて「え?」と聞き返したが、すぐに言っている意味を理解し背筋を冷やした。

要するに弟は僕にこう言ったのだ。

「あの暗い階段を一人で上って二階に行く勇気があるか?」と。

僕はそんな恐ろしいこと出来るわけがないと思ったが、暗闇の中にぼんやりと見える弟のヘラヘラした顔を見たら怒りを覚え「行けるに決まってるじゃん。ばか」と答えてしまった。

僕はこのときほど自分の発言に後悔をしたことはないように思う。

今思えば、これが全ての始まりだったのかもしれない。


「じゃあ階段上って見せてよ!」


「わかった、行こうよ!」


僕は弟の手を握って茶の間から出ると、二階へと続く階段の下に立った。

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