第2話 階段1

僕は幼い頃、東京郊外のとある街に住んでいた。

周囲には畑や造成地が多く、毎日どこかで遺跡調査をしていた。

あれは貝塚だろうか?

裏の山の斜面に白い貝殻がたくさん埋まっていたような記憶もある。


住まいはどこにでもあるような何の変哲もない一軒家だった。

白い壁に黒い瓦屋根の二階建ての家だ。

その家には木々や花が植わった庭があり幼かった僕と弟はよくそこで遊んだものだ。

梅や柿の木に登った。

蟻の巣を探しては上からじょうろで水を流した。

古い着物を身に纏いながら軽トラックの荷台から飛び降りて足を怪我したこともあった。


家の中でもよく遊んだ。

茶の間ではこたつの中に潜ったり仏壇の備品をいじったりした。

かくれんぼの際に風呂場に行き、空になった浴槽の中に隠れたこともあった。

祖母の部屋に祀られていた神棚にボールを投げ、父に「罰が当たるぞ」と怒られたこともあった。

その夜、僕はひどく恐ろしくなり布団をかぶり念仏を唱えながら眠りについた。

あの家は区画整理の為に既になくなってしまったが、今でも家の中の様子がありありと思い出される。


でも僕が覚えている家の記憶は一階の記憶だけだ。

二階の記憶は全くない。

完全に欠落してしまっている。

間取りも家具も雰囲気も何もかも思い出せない。

とても不思議なことだが何をどうやっても二階の記憶を思い出せずにいる。


僕はこの不思議な記憶喪失についての話しを誰にもしたことがない。

なんというか軽はずみに他人に話したらいけない様な気がしていたからだ。

それこそ父が言ったように罰が当たってしまうと思っていたからだ。

だから僕は両親にもこの件について尋ねようとはしなかった。

そのうちに僕は、あの家の二階の記憶がないこと自体を忘れて大人になった。


先日、今住んでいる家の押し入れを整理していたら一枚の古びた写真が出てきた。

それは既にないあの家で撮られた写真だ。

写真には、二階に上がる階段の中ほどに立った僕が笑顔でピースをしている様子が写っていた。

その写真を見たとき、僕は閃くようにある記憶を思い出した。

記憶――あの家の二階の記憶ではない。

あの家の階段で体験した不思議な出来事の記憶だ。

そして同時に僕は、どうして僕に二階の記憶がないのかを理解した。

僕はあの家の二階でもっと恐ろしい体験をしていたのだ。

あの階段で体験した出来事よりもずっと――

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