17.

 しかし、そんな素朴な疑問は緊張感無く洞窟へ入って行くヴィルヘルミーネと、やはり怯えた様子も無く後に続くダリルを見れば吹っ飛んだ。何でこの人達は平然としているのだろうか。


「何ボーッとしてんのさ。行くぞ、相棒」

「取って付けたように相棒って呼ぶの止めてよね……!」


 皮肉を浴びせたつもりだったが、コルネリアはケタケタと愉快そうに笑っている。小さい子供に絡まれた大人のような態度だ。つまり、受け流されている。

 結論から言えば、戦力外の珠希はコルネリアが弱体化しないギリギリの距離を保つ最後尾を歩く事となった。勿論、少数精鋭で来ているので自分を護ってくれる、或いは適切な避難指示を出してくれる人間はいない。現在、死を覚悟しているがやっぱり死にたくない、という支離滅裂な感情が脳裏を駆け巡っている。


「うわっ」


 グルルル、という地の底を這うような低い呻り声。敵意を含んだそれは、明らかに討伐隊に向けられている。獰猛なそれはとてもフレンドリーに話し掛けて来ているようには聞こえなかった。


「珠希ー、もうちょっと近付いて来いよ。遠すぎ。行動を制限されるのはやりにくい」

「え、ええー……。まだ近付かなきゃ駄目なの?」


 対象の姿は確認出来ないが、聞こえて来た声からしてそろそろ近いだろう。というか、視界に入る場所に自分のような餌が立っていたら襲われかねない。これ以上は近付きたくないし、嫌な予感もしてきた。

 完全に足を止めた珠希の元に、コルネリアが戻って来る。


「もっと前に立てって!遠いの!」

「ま、まさか私を生贄にするつもりじゃ……」

「グランディアのドラゴンが、お前1人程度の生贄で納得して還る訳無いだろ。珠希と同じ体格の人間があと12人は必要だよ」

「ひえっ」


 そのまま背を押され、いつの間にか洞窟の奥に陣取るドラゴンが見える場所に立たされていた。

 それは身を屈め、休んでいる最中だったらしい。長い首はだらしなく地面に倒れ、猫がする箱座りのように座り込んでいる。ただし、眠っている訳では無い。トカゲにそっくりな目は見開かれ、爛々と輝いている。入って来た人間達を威嚇しているのは明白だ。

 口を開かず、喉から漏れるような不機嫌な声を発していたドラゴンが首をゆっくりと持ち上げる。箱座りを止め、2本足で立ち上がった。

 ――大きい。首を僅かに曲げる事で、洞窟の天井に頭をぶつけないようにしているが、それにしたって巨大だ。凶悪な黒々としたボディは如何なる攻撃も通さない、と主張しているようにも見える。


「作戦を開始します!ディートフリート!!」

「承知した!」


 ヴィルヘルミーネとディートフリートが左右に分かれてドラゴンへ肉薄する。この天井の低い洞窟で、羽を落とす事に意味があるのかと考えたが、野外戦になった場合飛んで逃げられるのを考慮した結果だろう。

 ヴィルヘルミーネはゴツイ装飾の着いた剣を、ディートフリートは身の丈程もあるアックスを持っている。


「よし、始まったな。あたしも混ざって来る!」

「え、ちょ……!」


 このままここに居てくれる事を期待したが、コルネリア事相棒は意気揚々と戦闘地帯へ走り去って行った。何故あんなにも楽しそうなのか、全く理解に苦しむ。


「カールハインツ、私を援護しろ!突っ立っていないで」


 救援を要請したのはディートフリートだった。ドラゴンが振り回した尾を跳んで回避し、更に獲物へと肉薄する。一見すると順調そうに見えるが、明らかにヴィルヘルミーネではなく彼がドラゴンの集中攻撃にあっていた。

 ――と、そのドラゴンの口から眩しい程の光が溢れる。


「わー、ブレスブレス!た、退避――」


 カールハインツが慌てたように叫んだ。一番に反応したヴィルヘルミーネが、折角ドラゴンにかなり近付いたものの、舌打ちしてその場から離脱する。瞬きの刹那には、彼女は珠希の正面にまで下がって来ていた。


「珠希殿、私の後ろに。防ぎます」

「え!?いやいや、ここまで来ますか!?」

「いえ、来ないでしょう。ですが、私の鞘は魔法が組み込まれています。大味の魔法ならば防げるはずです」


 わざわざ珠希の為に戻って来た事を告白したヴィルヘルミーネは腰に差していた鞘を抜き取ると――野球で言う、バントのように構えた。

 見れば、周囲には一番にブレスだ何だと騒いだカールハインツしかいない。他の人達はどこへ?

 それを確認しようとしたが、暗い洞窟内で目を焼くような炎の光と燃え盛るそれの音、そして何より熱い空気に噎せ返りそうになった為叶わなかった。思わず目を閉じ、蹲る。身体に害がある程では無いにしろ、普通に生活していればキャンプファイヤーより大きな炎の塊を見る事など無いだろう。


「あ、あつっ……!」

「熱い!?火の粉でも当たりましたか?」

「あっ、いや……そういう訳じゃ……」


 ――火の粉が降り掛かっていたらもっとパッとした悲鳴を上げます。

 とは言えず、珠希は口を閉ざした。偏見かもしれないが、彼女には冗談が通じなさそうな気がする。


「そ、それより下がって来なかった人達は――」


 主にパーティメンバー達である。フェイロンもコルネリアもいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る