05.

 何か別の本を読もう。棚に本を戻して右を向いた珠希は同時に息を呑んだ。


「っ……!?」


 ――いつの間にか、隣に女性が立っていたのだ。プラチナブロンドの緩やかなウェイブが掛かった長髪。どこか猛禽類を思わせるような金色の瞳。絶世の美女である事に変わりはないが、どことなく作り物めいていて不安になってくるような容姿。

 人間ではないのかもしれない、なんて言葉が脳裏を過ぎる。過ぎって気付いたが、大分この世界に染まってきているのではないだろうか。普通思いうかばないぞ「コイツ人間じゃないな」、なんて。

 数秒で我に返った珠希は、ここに自分が立っているから女性が本を取れず邪魔になっている、という結論に達した。一声掛ければいいのにと思わないでもないが、逆の立場であった時、赤の他人に声を掛ける度胸があるかと言われれば否と答えざるを得ないのでお互い様である。


「カルマに興味があるのかしら?」


 無言でその場から立ち去ろうとしたが、それは他でもないその美女によって止められた。ギョッとして周囲を見回すも、自分以外の人影は無い。

 クツクツと嗤った女は「あなたの事を言っているのよ」、と笑みを浮かべている。ただし、それはイーヴァのような爽やかさはない。じっとりと観察されているような、ポーズだけで実は何も面白いとは思っていないような、そんな笑みだ。


「えっと、いや、そんなに興味は……」

「熱心に読んでいたように見えたけれど?」


 ――何でこの人、カルマに拘ってくるんだろ。

 手に取ったのがカルマ関連の本でした、とは言えず口を噤む。何と返せば角が立たず、穏便に済むのか。


「カルマ――実に素敵だと思わない?長過ぎる人生の中でも、これ程スパイスの利いたネタは無いわ」

「そ、そうですか……」

「あなた、まだかなり若いようだからカルマなんて見た事も無いのよね。一度、会う事があればきっと見方が変わるはずよ」


 何を言ってるんだこの人は、という言葉を呑み込む。というか、先程の本によるとカルマによる災害は一番近いもので70年前。この人、70歳以上の年齢なのか。

 それに、思想というか、恍惚とカルマについて語るその表情には危機感さえ覚える。あの本によると『カルマ』とは天災であり、つまり無い方がいいものだ。であるにも関わらず、女性はそれを「素敵」だなどと言ってみせる。何らかの危険人物だとしか思えないので、早く会話を切り上げてフェイロンの所にまで避難した方が良いのではないだろうか。

 というか――カモミール村の時からそうだが、不審者に会う率高くないか、自分。

 とにかくまずは会話を切り上げなければ。会話を終える糸口を探していると、先に女の方が口を開いた。


「引き留めて悪かったわね。それじゃあ、ご機嫌よう」

「あ、ご機嫌よう……」


 ひらひらと優雅に手を振る女性に思わず手を振り返した。何やってんだよ自分。あの人もあの人で、ここへ本を探しに来たのではないのか。一体何故このスペースへやって来たのだろうか。

 もうカルマネタはお腹いっぱいになったので、溜息を一つ付いた珠希は本棚の並びを3つ飛ばしたブースへ入り込んだ。勿論、目的など無い。目に付いた場所を曲がっただけである。

 ――またも歴史書コーナーだ。

 これだけ広いのだから、歴史書のコーナーもかなり広いだろう。安易に本棚を漁らず、もっと離れた場所を見てみればよかった。


「――んん、『献身の魔女』?」


 かなりタイムリーなタイトルである。ただし、先程読んだカルマの本には『献身の乙女』と書いてあったので、別物かもしれないが。

 折角目に付いたので手にとってみた。文庫本くらいのサイズだろうか、ページ数は200いかない程度。パラパラと適当にページを捲ってみた。当然の事ながら、挿絵の類は一切無い。


「ほう、主もそのような本を読むのだな。関心関心」

「……フェイロン」

「え?何だね、その不満そうな顔は」


 来るなら来るでもっと早く来い。そんな理不尽な要求を心中で述べる。助けて欲しかった時はもう過ぎ去り、今は一人を謳歌したい気分だった。

 丁度良い、思いついた文字が何故読めるのかについて訊いてみよう。


「ちょっと訊きたい事があるんだけど」

「うん?本の内容についてか?良いぞ、話してやっても」

「いやそうじゃなくて。どうして私は文字が読めるんだろうって思ってんだけど、どう思う?」

「ハァ?」

「ガチトーンは止めろ」


 ――何を言ってるんだこの小娘は、言いはしなかったがそんな言葉が聞こえてくるようで盛大に顔をしかめる。

 しかし、そこは年の功。フェイロンは小娘の世迷い言のような問いに対し的確な答えを寄越した。


「何を言いたいか薄らボンヤリにしか分からぬが、アーティア内で読めぬ文字、聞き取れぬ言葉は無い。ここは基礎世界である故、言語は全て統一される。まあ、言葉を知らぬケダモノについては例外と言わざるを得ないが」

「それはつまり、日本語と英語でも会話が成立するようなもんなの?」

「主が時々使う、その意味の分からない言葉は俺にも分からん。日本語とは何か、英語とは何か。それ即ち、アーティア内で変換できる言葉が無いのであろうよ」


 よく分からなかったので、基礎世界マジックと理解しておこう。多分、科学では解明出来ない部分だろうし。魔法魔法、全部魔法。

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