04.
あの、とイーヴァが不意に尋ねた。
「『地球』という世界の事を知りませんか?」
「え、地球、ですか?……聞いた事無いですね。すいません、力になれず。どうしても知りたい情報でしたら、王都の召喚師に聞いてみて下さい。彼等は片田舎に住む我々より多くの知識を持っていますからね」
「……ええ、分かりました」
代わりに話を聞いてくれたイーヴァはしかし、何も得られなかった為か難しい顔をしている。が、反対にフェイロンはクツクツと可笑しそうに嗤っている。
「次は王都か。ダリル殿の嫌がる顔が目に浮かぶなあ」
「ダリルは文句を言うけれど、最後には着いて来てくれるから大丈夫。ごめんね、珠希。宛が外れたみたい」
「い、いやいや!全然気にしないでいいから!」
「急いでいるのだろうけど、1時間で良いから書廊に寄ってもいい?」
「1時間と言わず何日でもいいよ。急いではいるけど、急いでも何も変わらないからね……」
――というより、世話になっているのに自分の都合だけを押し付けるわけにはいかない。元々はイーヴァの旅に、自分が後から参加した形だ。優先されるべきは本来、彼女の用事である。
「そう?まあ、確かに急いでも結果は変わらないような事ではあるけれど」
「そうそう。それに、さすがに徹夜明けからの野宿は……」
「――そうだぞ、イーヴァ。かく言う俺も、さすがに今日出発するのは賛同しかねる。1泊はして、旅の疲れを取るべきであろう?」
この場にいない2人は除き、休憩する事で意見が一致したからかイーヴァはややあって分かった、と頷いた。
「――取り敢えず、私は書廊での用事を済ませて来る。何かあったら中にいるから、声を掛けて」
「そう急がずとも良いと言っておる。珠希の面倒は俺がそれとなく見ておく故、主はゆるりと用事を済ませよ」
「私は面倒を見て貰う程子供じゃないんだよなあ……」
「俺から見れば皆赤子と変わらぬ」
とんでもない暴論を振りかざしたフェイロンにしかし、イーヴァはそれ相応の納得をしたようだった。「なら安心だね」、という理解に苦しむ言葉を吐き出した彼女は素早く踵を返して神殿を出て行ってしまう。
明らかに書廊が気になって仕方のない人間の挙動なので、フェイロンの言う通りゆっくり本を探して欲しいと切実にそう思った。
***
イーヴァが離脱した事で暇になった珠希は、早々にフェイロンと別れ、一人書廊をぶらついていた。
何かあったら声を掛けろ、とイーヴァは言ったがここで一人の人間を捜すのは骨だろう。そのくらいには広大な敷地だし、何より天井にまで届く本棚のせいで視界も悪い。巨大な迷路に迷い混んだ気分だ。
適当なコーナーに入ったところ、どうやらここは歴史書のブースらしい。ずらり、と並んだ分厚い本達は全て小難しいタイトルが付いている。
――すごく今更だけど、私はどうやってこの文字を理解してるんだろ……。
不意にそんな疑問にブチ当たった。これまで忙しくてそれどころじゃなかったから気にならなかったが、ふと我に返るとこのアーティアとかいう場所で日本語が使われている可能性はかなり低いのではないだろうか。
後でフェイロンに会った時にでも聞いてみよう。答えられるなら疑問が氷解してすっきり、駄目なら珍しく「分からない」と苦い顔をしてそう言う彼の顔を拝めるかもしれない。
適当な本を手に取ってみる。
――『カルマ史―カルマの出現に伴う世界情勢について―』、というタイトルだ。これ、歴史書じゃなくて最早論文なのでは?
ちら、と本棚を見てみるとこの本の題名にもある『カルマ』という文字が幾つか陳列していた。ここはどうやらそういう歴史書を置くスペースらしい。それで、結局カルマとは何なのか。
カルマとやらを知っている体でこの本が始まったら棚に戻そう、そう決心して1ページ目を開いてみる。当然ながら目次だった。
ペラペラと最初の挨拶のようなページを飛ばし、本文へ。
――『カルマとは、アストリティア全体に対する絶対的脅威である。彼等は突然出現し、あらゆる災厄を引き起こし、そして突然帰って行く。カルマが現れた後、4世界の住人が混同してしまい、それぞれの故郷へ帰るのに4年以上の歳月を有した。カルマとはあらゆる混乱の根源である』。
「突然現れる……住人が混同……」
まさかとは思うが、このカルマとかいう謎の生物のせいで自分はここにいるのではないだろうか。
今の所、あり得る可能性としては、第1に召喚事故。ただしこれはイーヴァには否定的な事象だった。第2にこのカルマとかいう天災のような存在。これについては全く詳しい事が分からないので、仲間の誰かに訊いてみる必要があるだろう。
続きを読んでみる。
――『カルマが引き起こす災厄は甚大だ。最近のものならば、70年前に起きた「献身の乙女」事件と連動して引き起こされた腐敗病が良い例だろう。魔女が引き起こした腐敗病により人口は激減し、更に誘因されたカルマによりアーティアの人口は5分の1も減ってしまった』。
「こっわ。いや、無いわー」
何か恐ろしいものの片鱗に触れてしまいそうな勢いに、珠希はそっと本を閉じた。関係あるかもしれない、と欠片でも思った事に関して謝罪したい気持ちで一杯だ。軽率に不謹慎な事思い浮かべてすいません。
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