ラストノートまで見通して

まんごーぷりん(旧:まご)

ラストノートまで見通して(前編)


 シュッ、と手首に一吹き。ほんのりと漂うシトラスの香りにうっとりとする。――でも。


「これ、愛美あいみのと違うじゃん? 」


 私は口を尖らせる。



 恋をした。だから、美人な親友の愛美のようになりたかった。しかし陸上部に所属し真っ黒に日焼けした私は彼女みたいな「女の子」にはなれない、そう思っていた。


 彼女に抱きつくと良い香りがする。それは決して髪の毛から香るシャンプーやリンスの香りではない。この香り、何? 私がそう言うと彼女は今度この香水貸してあげる、と笑った。


 しかし、違うのだ。彼女から香るのは、フローラルというか、ローズというか、そんな感じの甘くて女の子って感じの物。バニラなんかを連想させる時もある。今、私の手首から発している香りはそれと比べて幾分爽やかで、それはそれで素敵な香りだと思ったけれど内心複雑だった。


 やっぱり、私なんかに「女の子」は似合わないのだ。何より、親友ですごく性格も良い彼女に暗にそう言われた気がして、辛かった。分かっている、こっちの方が私にはぴったりだってことくらい。


「分かってないなあ」


 不満げな顔をした私を見て、愛美は笑った。


「ね、悠里ゆうり。『ノート』って言葉知ってる? 」


 バカにされたものだ。私は机の上にあった数学のノートを手に取り、軽く愛美の頭を叩く。そのノートちゃうわ、と言いながら愛美が私の頭を叩き返す。


「トップノート、ミドルノート、ラストノート。香水って一種類の香り成分から出来てる訳じゃないのよね」


 愛美の女子力講座が始まる。


「トップノートってのは、香水をつけて一番始めに香るもの。大体、柑橘系とかベリー系のさっぱりしたやつ。ミドルノートは、トップノートの次に香るやつ。フローラル系が多いのかな。ラストノートは最後、消える間際に香るやつ。ちょっとスパイシーだったり、甘ったるい感じの香りかな」


 今香ってるのは、トップノートのシトラス。そう言って愛美は目を閉じ、鼻を動かした。


「三十分ほどすると香りが徐々に変わるのよ。シトラスからローズって相当な差だから、最初はびっくりした」


 他にもジャスミンとかも混じっているみたい。ジャスミンってなんか、セクシーじゃない? 愛美はほっぺを赤くしながらはしゃいだけれど、ジャスミンの香りがどんなものなのか私にはわからない。


 すっ、と愛美が私に頬を寄せた。彼女からはフローラルの甘い香りが漂っている。――そして、耳打ちをする。


「私、この香水つけて拓也たくやくんに告白したんだ」


 だから私の中でこの香水は恋の魔法の薬なの。そう言って愛美は可愛らしい顔を綻ばせた。花が咲いているようだ、そう思った。

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