桜の出会い
いくま
桜の出会い
こんにちは。
あなたは少し照れながらそう言った。春にぴったりな温かい声だった。初めて会ったのは、多分、10年前の春。桜はもう散り始めていてお花見客も減り始めた頃。
初対面で、なぜ私にこんにちは。言っているのかわからなかった。だってここはお花見で有名な桜花橋のど真ん中。土手道にはまだ、散り始めた桜の下でお花見を楽しんでいる人達がいた。初めて通ったけれど、きっと満開に咲いていたらとても幻想的なんだろう。
あなたは、こんにちは、と言ったきり、口を閉ざしてずっと見つめていた。散っていく桜を、水面に浮かぶ桜の花びらを。微笑んでいたけれど、どこか寂しそうな横顔だった。
10分ほど経って、あなたは去って行った。
私は毎年、あなたに会った日は、なぜか桜花橋へ足が向いた。でもあなたは現れなくてそのまま地方への就職が決まり、私は地元を離れた。
そして、10年が経ち、大切な人ができた。かわいい子供も生まれた。桜花橋は老朽により取り壊されることになった。その前に、子供達とあの桜を一緒に見たかった私は、久しぶりに帰省してここに来た。
変わったといえば、今日の桜は、あの日と違って満開ということくらいだろう。10年前、想像した通りその景色は、幻想的で別世界だった。反射や花びらによって、ピンク色に染まる川を子供達も不思議そうに見つめていた。
今年も彼はやって来なかった。けれど私には聞こえた。帰る間際に吹いた風にのって、あの温かい声が。
ばいばい って。
桜の出会い いくま @kicho_ikuma
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