FMradiostation
jin
佐藤さん
改札をでると、
二両編成の路面電車の遮断機が鳴り始めた。
昨日までの春らしい陽気は一変して、冷たい雨と湿気臭い風が頬をかすめる。
電車が通りすぎるのを待ちながら、まわりにいる人々の足下を横目で見る。
小雨だとたかをくくってパーカーのフードをかぶった学生のスニーカー、スーツ姿で浮かない顔をした営業まわりのサラリーマンの革靴、畑からそのまま家に帰るであろう長靴の老人。
昨年買った白いデッキシューズが履きすぎて底は擦れ、色褪せてしまったので新しい靴を買いに来た。
どんな靴が良いかと参考までに周りを参照したものの、まったく参考にならない。
踏み切りを越えて狭い道を車に気を付けながら進むと、二股にわかれた坂道にさしかかる。週末は人が行き交うこの坂道も、平日の昼間で雨がふれば寂しいものだ。
坂をくだるとこのまちを賑わすデパートと若者向けのショッピングビルがある。
とは言うものの、最近では近くに出来たショッピングモールに客足を奪われて、噂では一年後には撤退するらしい。
ここに来た目的は靴を買う事と、ショッピングビルに併設してるラジオの公開ブースを見学するためだ。
坂道を下りきったところで、立ち止まり15時から始まるFM番組宛てに、久々にスマホからメッセージと星野源の「生まれ変わり」をリクエストして送った。
手前のコンビ二で、アイスコーヒーを購入して、喫煙所で若葉に火をつけた。
変わらない場所と知らない店を確認しする。相変わらずあるのは小さな花屋。
手書きで書かれた鏡文字の黒板はいつも不思議。
以前一人で訪れた串焼き屋さんは違う店に変わっている。
「また変わってしまったか…」
などと一人で呟いていたら、見た事のある顔が通りすぎる。
「佐藤さん?」
と聞こえないくらいの声で言ってみた。
童顔で少しぽっちゃり体型、ボーダーシャツにロングスカートのその女性は気がつくわけがなく、一緒にいた黒いスリムなスーツに縁なしの眼鏡をかけた中年男性と二人で坂道を下っていった。
淡い紫色のペッタンコ靴を履いたその娘は同じパン屋さんで働いていた昔の同僚だ。
当時遠距離恋愛中だった娘と結婚する為にこの町にやってきた。その娘の紹介で入った店に彼女はいた。
一目惚れだった。
でもそんな裏切り行為が許されるわけがなく、ただの気の迷いだと気持ちを圧し殺したのだ。
それ以前に彼女は結婚していた。
彼女の旦那さんは店のオーナーだった。
まぁ今通り過ぎたのが彼女かどうかも疑問なわけで、仮に彼女だとしても何が起きるわけでもない。
僕は煙草の火を消して、コーヒーを飲み干し店へと向かった。
「ではメッセージを紹介します。ラジオネーム コロッケさんからです。 去年転職してからなかなか聞けなくて…。久しぶりにこの番組を聞きました。リクエストは星野源の生まれ変わりをお願いいたします。 おー!コロッケさん本当に久しぶりですね。じゃあ、リクエストに応えちゃいましょう!星野源さんで、生まれ変わり!」
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