123.Realize

 

 高圧電流で黒焦げになった。

 水圧レーザーに八つ裂きにされた。

 どこかの空から降ってきたいくつもの隕石に押し潰された。

 そうやって何度も死んだ。


「なんで……なんで諦めないの」


「……もう、答えました」


 そのたび蘇生する。

 死んだ次の瞬間には元通り復活し、神谷へと一歩踏み出す。

 そしてその直後、また死ぬ。


「なんでそこまで強くいられるの」


「強くなんてありません」


 園田の足元が噴火し、焼失。

 だが園田は再び立ち上がる。


 だんだんと足取りは強くなっていく。何度も死んで、何度も復活して、少しずつ慣れてきた。

 対する神谷は、園田よりも狼狽している。明らかに顔色が悪い。

 この世界で初めて見た時よりも、明らかに青い顔をしていた。


「く、来るな」


 絶対零度の攻撃を受け、園田は再び死ぬ。

 さっきからほとんど無抵抗で受け続けている。躱す気も、対抗する気も、止める気もない。

 ただ一歩ずつ確実に神谷へと迫る。


「来るなぁっ!」


 目の前に出現したのは巨大な壁。何者も通さないという意志の表れ。

 しかし、ついにその壁も自壊する。乾ききった粘土細工のように端からボロボロと崩れていく。

 崩れた壁が原型を無くし、砂になって風に流される。

 動揺に唇を震わせる神谷の目の前にはすでに園田が迫っていた。


「う、あ」


 思わず後ずさり、小石に躓き尻もちをつく。

 自分を見下ろしている園田を恐怖に満ちた瞳で見上げる。


「帰りましょう」


「無理だよ……いまさら」


 俯く神谷の瞳から雫が落ちた。

 それはだんだんと数を増やし、雨のように大地を濡らす。

 逃げ場を無くした感情が溢れ出しているかのようだった。


「今まで戦ってきて、少しは強くなれたと思った。でも違ったんだ。またわたしは間違えて、そしてこんな場所に閉じこもって、全部拒絶して……昔のままだ。ぜんぜん強くなんてなかったんだ……」


 大切な幼馴染に選択を迫られ、頭がおかしくなりそうな状況の中で、最後には幼馴染に手を掛けた。

 園田とアカネを選び、光空を捨てたのだ。比べられるようなものではなかったし、追い立てられるようにして選んだ道だったが、確かにあの時そちらを選んだのは神谷だ。

 

 あの時、神谷の心は壊れてしまった。

 自分の中に立てていた柱とも呼べるものが折れてしまったのだ。


 それからはどうすることもできなかった。

 現れたカガミに縋り、取り込まれ、この世界を生み出し、全てから逃げようとした。

 園田からも、アカネからも、自分の選択からも。

 向き合えるほどの強さを神谷は持ち得ていなかった。


「それでいいじゃないですか!」


 だが、そんな自己否定を園田は一蹴する。


「沙月さんは確かに前より強くなったのかもしれません。でも辛いことがあったら悲しいでしょう。そんなこと当たり前じゃないですか」


 辛いことがあれば傷つくし落ち込みもする。逃げ出したくもなる。

 それに真正面から向き合えるというのは、なるほど強さなのかもしれない。

 だが。


「いくら痛みに強くなったとしても、それは痛くなくなるということではありません。光空さんを失って、カガミさんに騙されていたと知って――それで平気なら、もう心なんてありませんよ」


 例えばの話。

 ここまでの事態が起きて、神谷がそれでも強く立って前を向けたとして。

 何より大切にしていたものが壊れたとしても膝をつかずにいられたなら。

 そこに心はあるのかと。


 『痛みに強い』と『痛む心がない』は全く違うのだ。


「誰だってケガをしたら血も出ます。病気だってします。それはどれだけ鍛えていようと、どれだけ気を付けていようと絶対です。だから――今ここで、傷ついて心から血を流しているあなたを、心が弱いなんて誰にも言わせません。たとえそれがあなた自身だとしても絶対に」


 園田も以前父親からの虐待にずっと耐えていた。

 反抗することなく、痛みに背くことなくずっと黙って享受していた。

 きっとそれもひとつの強さだ。


「……ずっと怖かった。こんなわたしはいつか見捨てられちゃうんじゃないかって」


「そんなことしませんよ」 


 否定する園田に、しかし神谷は首を横に振る。


「わかんないよ、そんなの。わたしに愛想つかして、いつかカガミさんみたいにどこかへ行っちゃうんじゃないかって。そんなことになったら本当に終わりだよ。もう生きていけない」


 だから自分から捨てようとした。

 全てから逃げ、この世界で消えようとした。


 自分とカガミはそっくりだ、と神谷は自嘲する。

 他人を利用するところも、誰かを捨てようとするところも。


「何をされても嫌いになりませんよ、私は」


「そんなの断言できないよ……」


「できます」


「なんでそこまで言い切れるの」


「信じていますから。あなたは私が嫌いになるようなことはしないって、信じてます」


 そんな神谷だからこそ好きになったのだ。

 そしてその考えは正しかった。

 出会った時よりも今の方がもっともっと好きだから。


「大丈夫ですよ。悲しいことがあって、周りの人を攻撃して、例え私のことが嫌いになったとしても――そんなことでは嫌いになりませんから」


 報われるために好きになったわけではない。

 選ばれるためでもない。

 好きになったから、好きなのだ。


 それだけは知っていてほしい。

 理解しなくてもいい。受け入れなくてもいい。

 ただこの想いを伝えるためなら何度だって言葉を尽くす。それだけだ。


「……みどり、わたし……」


 想いが通じたのか、神谷の表情が緩み――


「――――ごぼっ!」


 直後、真っ白な液体が神谷の口から大量に溢れ出す。


「え、何……!?」


 その液体は、吐き出された地面から足元に這い寄り、まるで意志を持っているかのように凄まじい速度で神谷の全身を覆う。侵食する。

 つま先から足、スカートから黒いセーラー服……そして首まで瞬く間に達する。


「いやだ、みどり助け――――」


 その声を最後まで聞くことはなかった。

 液体は顔を覆い、頭のてっぺんまで達する。

 白い人型と化した神谷がふわりと空中に浮き上がっていく。

 見上げるほどの高さまで上昇すると、まるで糸で釣られた操り人形のような格好のまま空中で停止した。


 突如バキバキという破壊音が鳴り響く。

 神谷の背中が変形している。白い触手のようなものが伸び、形を変え、現れたのは片方だけの翼。

 同時に、神谷の頭上に白いリングが出現した。

 全身は白。混じりけのない白。表面はのっぺりしていて樹脂のようだ。

 あの液体でコーティングされているからか、なだらかなボディラインがはっきりとわかる。


 それは純白の天使だった。


「――――――――」


 天使は何も言わない。目鼻口のない顔が、ただ園田を見下ろしている。

 おそらくこれが神谷のプラウとしての姿だ、と直感する。本人の意志に関係なく、神谷の身に危機が起こったことで発現したのだろう。それには自分がプラウであると自覚したことも関係していそうだ。


 神谷がプラウと化した――それはどれほどの力を誇るのだろうか。

 勝てる者は存在するのか。わからない。

 だが。


 正真正銘最強のプラウを前に、園田は笑っていた。


「助けてって、言いましたね」


 飲み込まれる直前、確かに聞いた。

 あれほど自分を拒絶していた神谷が、最後の最後に漏らした本音。

 そうだ、神谷はずっと助けを求めていたのだ。

 何度も繰り返した苛烈な攻撃は、彼女の悲鳴に他ならない。


「なら――助けるしかないですよね!」


 消えゆく世界で、再度の戦闘が勃発した。

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