122.光より速く、恋より遅く
風を操る私ではあるけれど、きっとあの時から――沙月さんと出会った時から私は炎だったのだと思う。
あの日芽生えた想いは火種となり、日々大きくなって、いつしか私自身すら燃やしてしまいそうなほど燃え盛っていた。
この、私すら全貌が見えないほど肥大化したこの想い。未分類のこの感情。
あえて名前を付けるとするならば――恋と、そう呼ぶのだろう。
強くて、繊細で、可憐で、目を離した隙に消えてしまいそうに儚くて――そして誰より寂しがり屋なあなたを、私は愛している。
全てが雪に霞んでいくこの世界で、それだけが真実だと信じている。
だってあなたを見ているだけで、こんなにも胸を締め付けるこの感情が、恋でなくて何だというのか。
声が聞けたら嬉しくて、会えなかったら寂しくて、笑いかけられると舞い上がってしまうような、そんな恋を私はしている。
可愛らしい笑顔が好き。ふと見せる凛々しい表情が好き。
幼い顔立ちも、小さな身体も好き。
優しいところ。よく泣くところ。全部まとめて愛している。
これほど好きになれる人なんて他にいない。
これはただの欲望だ。エゴだ。
だが、夢に沈むあなたをすくい上げるのがその欲望だ。
誰のためでもない。
あなたのためですらない。
ただ、私のためだけに。
あなたの世界を私の恋が破壊する。
鈍い音が響く。
「がはっ!」
「そんな程度で、わたしを倒そうなんて、ふざけてるの!?」
白光纏う拳が、何度も園田を殴打する。
抉りこむように脇腹を穿たれ、浮きあがった園田の背中に再び拳が叩き込まれる。
まるで一人だけ加速した時間の中にいるように、恐ろしいほどの速さで神谷は攻撃を続ける。6体のプラウを倒した神谷の力は今や他の誰より上をいく。
嵐のような乱打の中で、しかし園田は冷静だった。
血を吐くほどのダメージを負いつつも、しかし死からは遠い。負った傷がしばらくすると消えるからだ。
それにはおそらくこの世界が関係している。
「げほっ、はあ……ここは
「……気づいたんだ。そうだよ、例えどれだけ血を流しても、腕が斬り落とされようと、心がその形を保っている限り何度でも復活する」
だから、これは心と心のぶつかり合いだ。
どちらかが先に折れるかという、いわば根競べ。
「わたしのことが好きだっていうなら嫌いになるまで叩く。そうすれば諦めるでしょ?」
そう呟く神谷の胸元から光球が飛び出す。
数は五つで、それぞれ色が違う。
園田はこれを以前にも見たことがある。プラウの力を同時に使うとき起こる現象だ。
それが五つ。
「この世界でなら身体への反動も考慮しなくていい。だからこういうこともできる――
周囲にふわふわと浮くそれら力の結晶。神谷はそれらを一息に蹴りつぶす。
色とりどりの力が弾ける。拡散し、回転し、収束――神谷の身体へと集約される。
それだけで爆風が巻き起こる。園田は吹き飛ばされないようにするのが精いっぱいだった。
だが、何かがおかしい。
(……五つ……?)
「プラウ・ワン、
園田の頭によぎった疑問――それは突如襲う重圧に押し潰された。
比喩ではない。正真正銘、見えない重圧によって園田の全身が土の地面に押し付けられたのだ。
「う、ぐう……っ!? これは……」
「重力だよ。正確には大地に向かって引き寄せる力かな」
みしみし、と全身が悲鳴を上げる。
このままこうしているだけで轢かれたカエルのようになってしまう。どうにかしなくては――焦る園田に、『次』が襲う。
「プラウ・ツー、プラウ・スリー……
その言葉と共に天空に巨大な火球が現れ、同時に大地を突き破り銀色の大木が躍り出た。
大木はその身から極大の雷撃を火球に向けて放つ。雷と火は混ざり溶け合い新たな存在――プラズマボールのような高エネルギー体へと変貌した。
この世界を丸ごと消し飛ばしてしまいそうな輝きを放つ球体がゆっくりと落下し、園田へと直撃した。
そして後には何も残らない。
「…………」
沈黙する神谷。
その目の前で、瞬きの間に園田みどりは再生する。
傷ひとつない身体――しかし精神的なダメージは避けられない。
「げほ、げほっ! うぶ、うええっ……」
生理的な不快感から、園田は倒れたまま嘔吐する。その吐瀉物もすぐに消えた。
熱の塊に自分が溶かされる恐怖と苦痛。そしてすぐに復活することの違和感。
だが、まだ園田は原型を保っている。
「まだ……折れないんだ。だったら何度でも繰り返す。プラウ・フォー、プラウ・ファイブ――
次に生み出されたのは氷の剣。
それを手に持つと、うつぶせに倒れる園田を切り裂いた。
上半身と下半身が冗談みたいに綺麗に分かれる。
園田は再び絶命した。
「もう終わってよ。この世界に君は必要ない」
「……世界には必要なくても、あなたには私が必要でしょう……?」
吐き捨てる神谷の目の前で、またも園田は蘇生する。立ち上がっても見せる。
どう考えても耐えられるような苦痛ではない。絶望させるためにわざわざ神谷は自分の手で攻撃しているのだ。
なのに、なぜ。
「なんで」
「私は……あなたのそばにずっといますから。もし世界が滅んでも、最後の時までずっと……いいえ、その滅びだって止めてみせますから」
息も絶え絶え、すでに摩耗しきったような心で、それでも園田は立っている。
揺らぐ神谷の瞳をまっすぐに見据えている。
「…………うそだ」
か細い声――小さな悲鳴のような声が神谷の喉から漏れる。
「うそだ! みどりだってきっといつかいなくなる! たとえ今は好きだったとしても、未来のどこかでわたしに愛想を尽かす! もう嫌なんだよ大切な人を失うのは!」
神谷は、ずっと怖かった。
今ある幸せを失うことに恐怖していた。
どれだけ楽しい出来事があっても、どれだけ幸福に満ちた時間を過ごしても――それが次の瞬間には無くなってしまうのではないかと、ずっと恐れていた。
あの時もあの時もあの時もあの時も、ずっと喪失が後ろから着いてきているような気がしていた。
カガミを失ったあの日から、ずっと。
「いやだいやだいやだいやだ、もう……っやだあああああああっ!」
泣き叫び、腕をがむしゃらに振り回す光景はまるで幼い子どものようで――あの頃から、根柢の部分では何も変わっていなかった。ずっと弱いままだった。
「私は絶対いなくなりませんから! だって言ったでしょう? 私はあなたが好きだって」
「それだって同じことだよ! 人の心なんて簡単に変わる! 綺麗ごとばっか並べ立てて……みどりの言ってること根拠もなにもないじゃんか!」
「……そうですね」
確かにそうだ。
人の心がいつ変わるか、どう変わるかなんて誰にもわからない。本人にだって知る由は無い。
これからの未来を生きていくなら、それこそ様々な出来事が待ち受けているだろう。
この数か月だって、予想もできないことが沢山あった。
でも、だからこそ思うのだ。
馬鹿みたいに何度でも叫ぶのだ。
あなたのことが好きなのだと。
それは絶対に変わらないのだと。
そこまで思わせてくれたあなたを信じているのだと。
「根拠なんてありません。綺麗ごとかもしれません。それでも私はあなたを諦めない。だって私は綺麗なものが好きなんです」
最初からそれだけは変わらない。
戦う神谷があまりにも綺麗だったから園田は惹かれた。
最初は強い人だと思った。この人のそばにいたいと、ずっとその姿を見ていたいと願った。
しかし、神谷が本当は普通の少女であることにも気づいた。傷つきもするし泣くこともある。ならばそばで守らなければと願った。
そうして接していくうちに色んな一面を見た。その全てを、片っ端から好きになった。
ぶつけた気持ちが拒絶されたときは世界の終わりみたいに悲しかったし、受け入れられたときは涙が出そうなほどに嬉しかった。
神谷沙月を愛したことに、後悔なんてひとつもない。
そしてもちろんこれからも、もっと好きになりたいと園田みどりは願っている。
「…………ほんっとうに頑固。なら汚いわたしを死ぬほど見せてあげるよ」
神谷の、そういう頑ななところも好きだった。
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