93.再起動ウロボロス


 まるで蛇に睨まれた蛙だった。

 水竜はすでにブレスのチャージを終えようとしている。さっきは血のボトルによって出力を上げることで防ぐことができた。しかしこう何度も連射されてはすぐにあとが無くなってしまう。

 竜がひときわ大きく口を開く。あと三秒もせず発射される――どうすればいい。


「そもそも撃たせなければいい!」


 アカネの背後で雷光が跳び立つ。

 竜が二度目のチャージを始めたのを見てすぐに雷のスピードでなければ間に合わないと判断し、プラウ・ツーを励起させたのだ。

 一瞬で竜の頭上に移動した神谷は急停止。そこから、


「らあっ!」

 

 落雷のごとき踵落としを脳天に炸裂させた。

 ゴキン、と鈍い音を立てて無理矢理に下を向かされた竜はブレスを中断する。

 蹴り抜かれた額は抉れ焦げ、白い煙を上げていた。

 全力をこめたわけではないのに損傷が大きい。つまり、


「二人とも、こいつ柔らかいよ! かなり攻撃通りやすいはず!」


 落下しながら呼びかける。

 攻略の糸口が見えた。これなら相手に反撃を許さないほどに畳みかけるのが効果的だろう。短期決戦が望める。

 だが、それを竜は看過しない。

 咆哮したかと思うと、水面がうねり盛り上がる。水はまるで意志を持ったかのように触手を形作り神谷へと襲い掛かった。


「きもちわる!」


 何本もの触手が迫る。

 そのうち一本を蹴りで吹き飛ばすが、それ以外にまでは対応できない。

 触手は素早く巻き付いたかと思うと一気に膨張し神谷の全身を飲み込んだ。


「沙月さん!」


「がぼっ……」


 どれだけ強い異能を持っていようが、肺呼吸という生態からは逃れられない。

 いくらもがいても全く意味を成さない。空中に浮いた水の牢に捕らわれた状態では身動きが取れない。

 助けようと駆け出すアカネ。空気を送ろうと銃を構える園田。

 だがそれも、新しく生み出された水の触手によって阻まれる。

 

「邪魔すぎ……っ!」


「どいてください!」


 読めない動きを凌ぐのが精いっぱいで、なかなか神谷のもとへ近づけない。

 焦る園田が神谷へ視線を向けると、


「…………」


 無言で神谷は指で丸を作る。大丈夫だ、ということだろうか。

 ならば撃退に専念できる。


「ぶぐぐがぶぐいい、ごぼぼ!」


 神谷は水中で無理矢理そのワードを声に出す。

 すると全身が炎に包まれた。

 すさまじい熱で水が赤熱しているようにも見え――直後一瞬で蒸発した。


「ぷはあっ! げほ、ごほっ!」


 何とか屋上へ戻ってくる。見ると園田とアカネもそれぞれ触手を倒していた。

 ちらと左手の甲を見るとプラウの力の残り時間はあと10分ほど。まだかなり猶予がある。

 しかし竜はまだ攻撃の手を残している。

 神谷たちが見上げると巨大な両腕を振り上げていた。

 そのまま振り下ろして屋上を破壊し、三人を水没させる気なのだろう。

 

「そんなものを黙ってみてるわけないでしょ!」


「焦ったわねデカヘビ!」


 神谷の右拳がひときわ激しく燃え上がる。 

 赤い炎が吹き上がる。それはまるで噴火のように。


「せあああっ!」


 途轍もない威力のアッパーが竜の右腕を焼き切った。

 そして、


「――――シッ!」


 一閃。

 まさに神速と呼ぶべき速さ振り抜かれた大鎌が、もう片方の腕を切り飛ばす。

 たまらずのけ反り唸る竜。

 だがまだ終わらない。

 すでに園田が一対の銃を構えている。


「《レイジングブル》」


 渦巻く風を凝縮した弾丸が放たれる。

 降りしきる雨を巻き込むそれはひたすらに直進し――竜の頭部に直撃した。


「やった!」


 竜は力尽きたように倒れ水面へと叩き付けられ、高い水柱が上がる。

 開いた口からだらんと下を垂らした姿からは生気が感じられない。


「勝ちましたね!」


「ええ、上手くいったわ」


 快哉を叫び喜びを露わにする園田にアカネは柔らかく微笑みかける。

 しかしそれとは逆に、神谷は渋い表情で竜を見つめている。


「…………どうしたんですか?」


「いや……なんかいつもこんな感じで倒したと思ったらさ、」


 神谷の漏らす不安の種――だがその続きは言えなかった。

 目の前で、力を失った竜の屍がひとりでに浮き上がっていく。そこに明確な意志は感じられない。上から糸で釣られているかのようだった。

 

「なんでよ……」


 見る間に上昇していく。どんどん加速しているようで、瞬く間に空高く、神谷たちのいる場所からはもう豆粒のようにしか見えなかった。


 上空の竜はぐるりととぐろを巻き、しっぽに噛みついた。そのままぐるぐると回転を始め、その速度を上げたかと思うと――ひときわ強く発光した。


「うあ」


 思わず腕で目を覆う。

 光はだんだんと収まり、恐る恐る目を開けると。


「あー……これは厄介」


 竜が目の前にゆっくりと降下する。

 その身体に傷はない。

 両腕は生えているし、攻撃を加えた頭部にもダメージは見られない。

 つまり、完全回復してしまったということ。


「あの、これってどうすればいいんでしょうか」


「どうすればいいんだろうね…………」


 途方に暮れる。

 倒しても復活する、というのはゲームではありがちではあるが――これはいったいどう勝てばいいのだろう。復活に回数制限はあるのか。そもそもこれはどうすれば倒したことになるのだろうか。

 なかなか倒せないしぶとい敵。それは力の行使に時間制限のある神谷にとって、天敵と呼べるのかもしれなかった。


 そういえば。

 蛇や竜は生命力の象徴と扱われることがある――そんな話を神谷は思い出していた。

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