94.ドラゴンバスター・フォーミュラ


 竜の顔面を炎の拳で横殴りに吹き飛ばす。

 思い切り水面に叩き付けられる巨体にすかさずアカネが跳びかかった。


「いい加減死んでよね!」


 頭部を切り裂かんと振り下ろされる刃。

 だが、その直前。

 竜が身をよじると――頭を両断しようとしていた大鎌は胴体を深く切り裂いた。

 

「こいつまた……!」


 竜は力尽きたように倒れ――しかし死体はひとりでに動き始める。

 一気に手の届かない高度まで上昇したかと思うと尾に噛みつき回転を始め、発光とともにまた神谷たちのもとへと降下する。すると先ほどまでに与えたダメージは丸ごと無かったことになっていた。


 自動蘇生。

 死亡とともに発動し、瞬く間に全快する。それが五番目のプラウ――青き水竜の能力だった。


「はあ、はあ……これで何回目だっけ」


「五回目よ」


「しつこいです……!」


 はっきり言ってそこまで強いわけではない。

 確かに巨大で攻撃も強力だ。

 しかし今の神谷たちにとってそれは対処できないほどのものではない。強さでいうなら、プラウ・スリー……火炎のウサギやプラウ・フォー……黄金の剣の方がよっぽど上をいく。

 

 だがこの竜はとにかくしぶとい。倒しても倒しても復活する。

 蘇生をなんとか防げないか……そう思い、試してみたことがある。

 復活する際、竜は毎回自分の尾を噛む。だからそれをできなくするために頭を潰して倒そうと考えた。だがそれは竜自身もわかっているらしく、


「あいつやられる直前に頭を庇ったわ。ほんと嫌な奴……!」


 そこさえ守れば復活できると踏んでか、死にかけると露骨に頭を庇うようになった。それだけではなく、頭を潰されるくらいならと、そう考えてか弱ってくるとわざと攻撃にその身を晒し自ら死のうとすることもあった。恐ろしく知能が高く、そして狡猾。

 このままではどんどんジリ貧になっていく。三人とも疲労の色が隠せなくなってきた上に神谷のプラウの力も活動限界がとっくの昔に半分を切っていた。


「でも裏を返せば頭を狙われるとヤバいってことだよね。方針としては間違ってなさそうだよ」


 ただ、懸念点がある。

 あの竜は復活するたびに強くなっているような気がしてならないのだ。

 攻撃の威力も、身体の強度も――徐々にではあるが、確かに強くなっている。

 それに、こちらの動きに少しずつ対応してきている。最初のうちはほぼされるがまま、ガン攻めが通用していたのだが、見切られることが多くなってきた。それはまるで、死にゲーに挑むプレイヤーのように。


「ていうか寒い、めちゃくちゃ寒い」


 最初ここに来た際、大量の雨に降られたせいで来ている服が濡れている。今は異能のおかげである程度凌げてはいるが、それでも完全に防ぐことはできず乾くことはない。そのせいでだんだんと体温が奪われていくのを感じていた。 

 特に園田は継続して異能を使用したせいか、脳に痛みを感じ、意識がだんだんと曖昧になってきていた。


「いや……でもこれちょっと寒すぎるような気が……いたっ」


 頭に何かぶつかった――そう感じた園田は、落ちてきた何かを拾い上げる。

 それは、半透明の結晶。


「氷……?」


 ひょう

 さっきまで雨が降っていたはずなのに。

 そして――気づけば吐く息が白い。

 刺すような冷気が、いつの間にか三人を襲っていた。見れば竜が真上を向き、その口から真っ白な冷気をすさまじい勢いで吐き出し続けている。

 

「ちょ、これ……ヤバくない!? なんでさっきまでこの技使わなかったのよ!」


 足がすでに凍り付き身動きが取れない。

 下から上へ、見る見るうちに氷が昇っていく。

 あたりはすでに銀世界。雨に濡れた世界が瞬く間に氷に支配されていく。


「使わなかったんじゃなくて、たぶん使えなかったんだよ。人間の筋肉が超回復するみたいに、あいつの力も蘇生するたび……つよく……」


「そんな……沙月さん……アカネちゃ……」 


 もう顔を半分ほど覆われ声を出すことすらできない。

 冷気に気づいてからたった数秒……それだけで三つの氷像が出来上がった。

 漂う冷気。降りしきる雹。水に満たされた世界はただの息ひとつで極寒の銀世界へとその姿を変えた。

 静寂が訪れ、竜はにたりと笑う。


 ぴしり。


 その笑みを遮るようにヒビが入った。

 三つの氷像のうちひとつに。

 白い氷は少しずつその色を変える。赤く、赤く、内部より発するそれは結晶を深紅に染める。

 

「でもこれくらいでわたしは倒せない」


 声が聞こえ――同時に氷が砕かれる。


 神谷沙月。

 燃え盛る赤い炎を両腕に宿すその少女は冷気をものともしない。

 その熱は園田とアカネの氷にも伝播し、まるで早回しのように融解させる。

 広がる炎熱が凍り付いた世界を溶かし、元の水の世界へと瞬く間に戻す。雹の代わりに雨が再び降り始めた。


「……死ぬかと思ったわ」


 膝をつくアカネ。

 助かりはしたものの、その顔は青ざめている。間違いなく先ほどの氷結で体力が奪われてしまった。そしてそれは神谷も同じ。もうプラウの力を使える時間はほとんど残っていない。


 だが園田はもっと深刻だった。

 氷から抜け出せはしたものの、そのままゆっくりと倒れこむ。何とか起き上がろうとするが、上手く力が入らないようだ。


「……っく、はあ……うぐ」


「みどり!?」


「みどり、あんた……」


 二人が駆け寄ってくるのを感じる。だがまともに顔が上げられない。

 ひどい頭痛だった。これ以上はまともに戦えない。弾丸を撃てたとしてもせいぜい1、2発が限界だ。

 

 どうすればいい。

 二人に自分という荷物を背負わせたまま戦うわけにはいかない。

 さりとてこのままでは復活を続ける竜を倒すこともできない。


(なら……私にできることは) 


 頭をひたすらに回し考えを巡らせる。

 生み出すしかない。残り少ない時間であの竜を仕留める方法を。


(倒すこと自体は難しくない――でも蘇生自体を止めることはできない――蘇生は自動で発動する――そこに奴の意志は介在しない――全く同じ動きを繰り返しているだけ――つまり)


 最適解かどうかはわからない。

 だがこれが今自分にできる最善だ。


「沙月さん、プラウの力はあと何秒残ってますか?」


「え? ええと……今1分切ったとこ」


「アカネちゃん。血のボトルは」


「あと1回分ね」


 ここからはほぼ二人に任せることになる。

 だがこれしかない。


「なら――あと10秒であいつを倒せますか?」


 その問いは勝利への糸口。

 あまりにも細いその道は、攻略へ向けた唯一の活路だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る