80.たったひともじ
私はいつもその人を見ている。
可愛くてかっこよくて、きらきらと輝いているような人。
小さい身体にたくさんの想いを抱えている人。小さい、なんていうと怒られてしまうが。
さらさらの黒髪。ニキビひとつないつるりとした頬。柔らかくて少しひんやりした手。背丈に対して長めの脚。
綺麗だ、と思う。私は綺麗なものが好きだから、ずっと見ていたい。
あの日、初めて会った時。あの【TESTAMENT】というゲームに引きずり込まれるようにして行った夜の学校で彼女と出会って。その時の神谷沙月は間違いなく輝いていた。きらきらと輝いて、目が潰れそうだった。心臓が握りつぶされるかと思った。
それくらいの衝撃。
それから、少しずつ彼女と接することが増えて。お互いの想いを打ち明け合って。友達になることができた。彼女の事情を話してくれて、本当に嬉しかった。自分が受け入れられているように感じたから。彼女もまた、私を求めてくれているように思えたから。
朝起きて朝食を作っている彼女に「おはようございます」と声をかけると、輝くような笑顔を向けてくれる。「おはよう」と、そう返してくれる。それだけで心が暖かいもので満たされる。
ゲームをしている時の笑った顔が好き。
アカネちゃんにからかわれて怒る顔が好き。
…………打ちひしがれて悲しむ顔も……好き。
眩しいほどに綺麗で、ずっと見ていたい。
友達という、傍にいられる立場になれたことの、なんと幸福なことか。
【TESTAMENT】において、肩を並べて戦えることの、なんと幸運なことか。
ただ。
ただ、いつからか、思うようになったのだ。
私は必要とされているのだろうか。
私と彼女は友達だ。……そのはずだ。
でも、もしかしてそれは【TESTAMENT】あってのことじゃないか。
私は異能を持っている。彼女の助けになれる。
でもそれがなかったら?
友達として扱ってくれるだろうか。
そんな人ではないというのはわかっている。
例え今この瞬間、あのゲームが塵と果てても私たちの関係はきっと何も変わらない。
なのにどうしてだろう。どうしてその不変を信じ切れないのだろう。
こんな疑いを持つこと自体、彼女への侮辱だ。
彼女が私に寄せてくれている親愛を裏切るような行為だ。
……いや、違う。
きっと、私が信じられていないのは私自身だ。
私なんかが、本当に受け入れてもらえるのか、という想い。
それが常に枷になっているのだ。
そんな心とは裏腹に、もしくは比例してか、彼女への想いは募るばかりだ。
狂おしいほどに求めている。精神的にも、肉体的にも。
確かなものが欲しいのだろう。
友達と言う曖昧に思えるようなものではない関係。契約にも似た関係。
お互い裏切らない、見捨てないという絶対の保証が欲しいのだ。
それはいったいどんな名前の関係だろう。
知っているような気がするし、聞いたことのないような気もする。
そんなことを考えていたら、夢を見た。
私は彼女の部屋にいた。なぜかはわからない。とにかく私はそこにいた。
気が付くと彼女はベッドに寝転がってこちらを見ていた。
しばし、目が合った。すると、彼女は口の動きだけで「こっちきて」と言う。
なにかとてもいい香りがして、私は蝶のようにふらふらと近づいていった。
気が付くと私は彼女に覆いかぶさっていた。
仰向けになってこちらを見つめる彼女は少し頬を赤らめていて、少しめくれたスカートからのぞく太ももが眩しくて――有り体に言ってしまえば”実際的な行為”を想起させるような状態で。
ばくばくと、飛び出してしまいそうな勢いで早鐘を打つ心臓の音をどこか遠くに聞きながら見つめ合っていると、おもむろに彼女が「……いいよ」と、桃色の唇を動かす。
ごくりと生唾を飲み込み、意を決してセーラー服の裾に震える手を差し込み――――
そこで目が覚めた。
ぶわ、とその瞬間大量の冷や汗が噴き出し、思わず頭を抱えてベッドの上を転がった。
なぜこんな夢を見てしまったのか、と自分を呪った。
こんな夢を見て、これからどう彼女と接していけばいいのだろう。
というか「……いいよ」ってなんだ。
彼女はそんなこと言わない。
なんというか、嫌に生々しい夢だった。空気感も、感触も、現実のようで。
「…………はあ」
認めざるを得ない。
この感情の正体を。
狂おしいほどに心をかき乱すこの想いを。
それは古来から人と人とを強く繋いできたもの。
それでいて、至極端的に表現できるもの。
そう。
私が今抱いているこの感情を――恋と、きっとそう呼ぶ。
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