74.ブルームーン・アウェイクニング


 騎士と対峙する三人の少女。

 敵は底が知れない強大さ。

 どうやって倒すか。


「あのプラウは――見て貰えばわかると思いますが、中が空洞です。鎧自体が敵です。どうしたらいいんでしょう」


 堅牢な鎧がひとりでに動き、剣を振る――それに対する策は。

 うーん、と神谷は首をひねり、数瞬考え込む。すると、


「圧倒的なパワーで粉々にする」


「ええ……」


「あんたゴリラなの? 真面目にやる気ある? 脳みそ全部筋肉で出来てんじゃないの?」


「言い過ぎ! ……いや、真面目な話ね。わたしの全力を集中させればいけると思う……って!」


 突っ立って話し込む少女たちを放置するプラウではない。神谷を切り裂かんとし振り下ろされた剣を横っ飛びで回避する。


「二人ともかなり疲れてるように見えるし――だからここはわたしがやる!」


「でもあんた大丈夫なの……?」


 あの剣で腕を切り飛ばされたことはまだ記憶に新しい。そのトラウマがもう癒えているとは考えにくい。


「大丈夫……たぶん」


 そう言いつつも、神谷の手は小刻みに震えていた。恐怖はまだぬぐい切れていない。

 だが瞳には強い光が宿っていて――ならば信じるしかない。


「なら任せるわ」


「勝ちましょう、神谷さん!」


 頼もしい仲間に頷きを返す。

 確かにまだ怖い。でも大丈夫だ。

 なぜなら、ここで負けることの方がよっぽど怖いから。心の奥底に沈んでいたその想いを、光空が引っ張り上げてくれた。

 ゆっくり息を吸って、吐く。

 その隙を逃すまいと襲ってくる騎士が見えたが、剣をアカネの大鎌が防ぐ。


「あたしはまだここにいる! 無視してんじゃないわよ!」


 頼もしい。

 心置きなく全力を出せそうだ。

 この異能を、今こそ新しいステージへと昇華させる。


三重励起トリプル・トランスコード


 声に呼応し三つの光球が現れ、神谷の周囲を飛び回る。

 まるで衛星のようなその姿は美しいものだった。だが、


「三つ同時って……! 大丈夫なんですか!?」


「大丈夫!」


 許容量の限界。

 三つのプラウの力を同時励起できるほどのキャパシティがあるのか。

 前回は二つ同時でも発動できなかった。なのに今回は三つ。

 

「プラウたちは吸収された今、わたしとひとつになってる。だから強く願えば応えてくれる。絶対に!」


 前回は、プラウの器たる心が揺らいでいた。はやる想いに身体が着いてこられていなかった。そんな要因が重なっていたから神谷の中のプラウたちも力を発揮できなかったのだ。

 だが今は違う。

 『勝つ』という至極シンプルな目的に、精神が集中している。だから限界まで力を発揮できる。


 不規則に飛び回る光球たちを見る。

 褐色、緑、赤。全てを視界にとらえ、一息にまとめて蹴り割った。

 輝きが砕ける。それは粒子となり、神谷の全身へと纏っていく。


 両腕は炎。両脚は雷。そして傍らに浮遊する巨岩の手。

 全ての力がここに結集する。

 三つ一気に搭載する分、出力を天井破りに上昇させる限界励起オーバーロードは使えないが、これでも十分だ。


「てんこもり……」


「……なんかイルミネーションみたい」


 園田とアカネはその光景に感嘆の息を漏らす。

 炎と雷で、神谷自身が光源と化しているのだ。


「ちょ、電飾呼ばわりしないでよ……」


 あんまりな物言いに思わず肩を落とす。

 そんな時、三人へと影が差した。

 見上げると騎士が大きく飛び上がり、こちらを見下ろしている。

 月光を反射しきらりと輝く黄金の剣を振るうと、無数の斬撃が降り注いだ。


「《ホーネット》!」


 園田がいくつもの弾丸を発射し無数の斬撃を相殺、上空で破裂音が連続して鳴り響く。だが撃ち漏らした斬撃が三人を襲った。

 しかし、


「あたしが! いるってのよ!」


 撃ち漏らしは全てアカネが切り払う。八つ裂きになって飛散した斬撃が、道路のあちこちに傷跡を残した。

 二人の背中が大きく見える。

 神谷がここに到着するまで、ずっと二人きりで戦ってくれていたのだ。

 

(…………今までわたしは何をしてたんだろう)


 これほど頼もしい友達がいるのに一人で泣き喚いて、意地を張って、自分から孤独になろうとしていた。辛いことがあるのなら頼ればよかったのだ。

 自分の弱さが嫌で、誰にも頼らないことが強さだと思いこんで、殻に閉じこもっていた。

 だがそれは自分を思う誰かの気持ちをないがしろにしていただけだった。本当に誰かを想うなら、その誰かの想いに応えなくてはならなかった。


 頼れるという強さもあるのだと。

 怖くても、失敗したとしても、それでも相手に向かって一歩踏み出す。手を伸ばす。

 そうしなければ、本当の意味でいつか一人になってしまう。

 そのことにやっと気づけた。


 だから。


「今は勝たなきゃ、ね!」


 落下し今まさに着地しようとする騎士へと巨岩の手でもって掴みかかる。

 だがこれは前回と同じ。剣の乱舞によって細切れにされ、その破片が地面に落ち――直後、騎士は眼前に迫る神谷の姿を見た。

 巨大な手に追随するように隠れ、距離を詰めていたのだ。

 確かに騎士の反応速度は卓越している。どんな攻撃にも剣でのカウンターを仕掛けられるほどに。しかし、それは全てに対応できるという意味ではない。

 

 だから、虚を突かれた騎士は一瞬硬直した。

 そしてすでに、神谷の炎がうなりを上げている。


「らぁっ!」


 燃える拳を上から下に。だがあと一歩のところで空を切り、拳が地面を叩く。とっさのバックステップで騎士が回避した。同時に、プラウ・ワンの破片が宙へ舞い上がる。


「――――かわしたね」


 そう。回避した。それもとっさに。

 つまり、空中で体勢を崩している。それは実質的な『停止』を意味していた。

 両脚の雷が迸り、右脚の一撃が騎士の切り裂かれた胸部を抉る。

 だがまだ終わらない。次は炎。掬い上げるような強烈なアッパーが騎士の身体を打ち上げた。

 

「とどめ!」


 そして畳みかけるように跳躍。空中の騎士の、さらに直上。

 両腕の炎が膨張し、バーニアのように噴射。その勢いで一気に落下する。

 雷を纏った神谷は真っすぐ一直線に騎士を蹴り抜いた。

 凄まじい雷、そして炎が直撃した鎧は原形を留められていない。片腕と片足がそれぞれちぎれ、破片が舞っていた。

 だがまだ終わらない。着地した神谷はすぐさま左手を掲げる。落下する騎士の上空、そこには巨岩の左手。

 バラバラにされても、破片を随意で集結させればまた元の形に戻すことができる。先ほど舞い上げたのはこの時のためだったのだ。

 プラウ・ワンの左手。それはおもむろに拳を作り、今まさに地面に激突する寸前の鎧を、隕石のごとく真上から押し潰した。


「…………リベンジ、成功」


 奇しくも、前回真っ先に破られたプラウ・ワンでの決着となった。




「すっご……」


「沙月さん!」


 駆け寄ってくる園田を思わず抱きしめる。

 熱すぎるくらいの体温が彼女の想いの強さを表しているかのようだった。 


「みどり、ごめんね。待っててくれてありがとう」


「信じてましたから…………」


 きっと来てくれると、今は駄目でもいつか立ち上がってくれると、園田は信じていた。それが今まで見てきた神谷の姿だったから。


 そんな二人を尻目に、アカネは潰された騎士のプラウへと歩み寄る。

 巨岩の下敷きになり粉々の鎧は、最後にこれだけでも守ろうとしたのか定かではないが、黄金の剣を手放していた。


「騎士道精神ってやつかしら……」


 何か明確な目的があったわけではないが、しゃがみ込んだアカネはなんとなくその剣を拾い上げようとして――直前、その剣がぶるりと震えた。


「な――――!?」


 反応できたのは奇跡だったのかもしれない。とっさに身体をひねったアカネの肩を、ひとりでに動いた剣が切り裂いた。赤い血が宙を舞い、アカネは尻餅をつく。


「アカネ!?」


「アカネちゃん!」


 突然の事態に、二人も再び異能を起動する。

 その視線の先には、空中に浮く黄金の剣の姿があった。


「ま、まさかこいつが本体!? なんで、ていうかみどりが『分析』したはずじゃあ……!」


「……鎧と剣はごく近くにありました。だから表示された『Plough4』という表記が、鎧のものだと勘違いしてしまった……ごめんなさい、私のミスです」


「みどりは悪くないわよ。でもこれで手ごたえが薄かった理由もわかったわね。本体じゃなかったんだから、そりゃあ当たり前だわ……!」


 剣は切っ先をこちらに向けると、一気に突撃してくる。

 騎士のプラウ――改め剣のプラウ。

 四番目の敵との戦い。

 その終焉が近づいていた。

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