73.Trinity Empress
「こ……っの!」
爆ぜる火花が夜闇を照らす。
ぎちぎち、とつばぜり合う大鎌と剣。
一瞬でも気を抜けばやられる。騎士のプラウより、単純な腕力ではアカネが勝っているようだったが、戦闘で蓄積した疲労によって二人の力は同程度まで迫っていた。
だんだんとアカネは焦りを感じ始めていた。
少しずつ、相手がこちらの動きに対応し始めている。先ほどから何度もひやりとする瞬間があった。
やはりこんな相手と今の神谷は戦わせられない。
園田の援護も機能こそしているが決定打には至らない。圧倒的に破壊力が足りていないのだ。
「くっ!」
園田は騎士の側面に転がりながら誘導貫通弾――《ホーネット》を撃ち出す。いくつもの鋭い弾丸は縦横無尽に飛び回ったかと思うと、鈍色の鎧へと一斉に襲い掛かる。
騎士のプラウは膂力で無理矢理アカネを弾き飛ばしたかと思うと、いくつかの弾丸を切り払うも、撃ち漏らした2、3の弾丸が直撃する。
しかし、
「ちょっとは堪えてくださいよ……!」
鎧に数ミリほどの小さな穴は開いた。だがそれだけだ。
騎士のプラウは意にも介さない。
お返しとばかりに金色の剣を振り抜くと、凄まじい衝撃波が園田へと飛来する。
「待――――」
「うっとうしいわねっ!」
ぎりぎりのところでアカネが滑り込み、大鎌でもって衝撃波を弾く。あらぬ方向へと飛んで行ったそれは遠くにある信号機を容易く両断した。
「こいつ、ほんと……どうしろって言うのよ……!」
思わず悪態をつくアカネ。
それも当然かもしれない。
正確無比な剣捌き。
手を抜けば傷ひとつ付けられないほどの強度を誇る鎧。
そして凄まじい反応速度。
特殊な能力を持っているわけではない。
だが、単純なそれらの要素が、これ以上なく強力だった。
このままではまずい。
奴は疲労の片鱗すら見せていないのに、こちらはだんだんと消耗を隠せなくなっている。
現にアカネの身体は生傷だらけだった。あちこちの切り傷から血を流している。
「やるしかないみたいね」
おもむろに指で血を拭うと、鎌の柄をスライドし内部に指を押し付ける。
すると大鎌は血の色へと染まり、赤い燐光を放ち始める。
以前にも使った、血を捧げることで一時的に出力を大幅に上げる、アカネの異能に搭載された決戦機能。
だが、
(やっぱりあいつの血を使った時ほどの出力は出ないわね)
空間を分かつ力は出せていない。
自分の血では効き目が薄いのか、それとも神谷の血が特別なのか、それともその両方か。
今のところは判断できなかったが、どちらにせよ配られたカードで戦うしかない。
「何とか隙作ってこれをぶち込む! みどりは援護よろしくね!」
「はい!」
不思議だった。
園田はこの異能を使い始めた時、すぐ負担に襲われていたのに、今はさほど気にせず戦っていても平気だ。自分も戦いを重ねることで成長できているのだろうか――そう思う。
ならば今出せる全力を発揮しなければ。
「《スパイダー》!」
叫びと共に四本の竜巻が騎士のプラウへと向かう。
竜巻はうねり、騎士の周囲を回る。そしてその身体を拘束せんと迫った。
しかし騎士は黄金の剣を構えぐるりと一回転。四本の竜巻をまとめて消し飛ばした。
だが、
「油断しましたね!」
大地が揺れる。
アスファルトの地面を突き破り飛び出したのはもう四本の竜巻。
発射していたのは先の四本だけではなかった。
そもそも。
園田の異能は銃の形を取ってはいるが、実のところ銃ではない。ただ異能の発射点の目安を作るという目的あってのものだ。自由度の高すぎる異能に、指向性を持たせるためのもの。
だから工夫すればその発射点を地中に作り出すこともできる。
竜巻は幾重にも絡み合い、騎士の身体に巻き付き拘束する。
この状態では剣を振るうこともできない。
だがこの程度の拘束はすぐに腕力で振り払ってしまうだろう。
しかしすでに第二射が装填されている。
騎士の直上。渦巻く風が巨大な竜巻へと変じ、槍のように鋭く姿を変える。
「《スコーピオン》」
鋭利な竜巻は、真っ逆さまに騎士へと襲い掛かる。
吹き荒れる風は騎士のプラウを切り裂き、同時に凄まじい風圧によってその身体を大地に縫い付けた。
騎士は全く身動きが取れない。つまりそれは最大の隙だ。
「みどり、あんた最高ね!」
賛辞と共に紅蓮の大鎌を携えたアカネは一気に距離を詰め、渾身の一振りを炸裂。
荒れ狂う暴風ごと騎士を切り裂いた。
爆風で粉塵が巻きあがり、視界が塞がれる。
二人は勝利を確信していた。あれで仮にとどめをさせていなかったとしても、戦況は間違いなくこちらに傾くだろうと。
そして煙幕が上がる。
騎士は――立っていた。
「さて、中身はどんな奴が、って」
予想外の光景に狼狽する。
確かにダメージは与えられた。鎧の胸は真横に切り裂かれ、ぱっくりと口を開けていた。そしてその中身もまた月光の下に晒されている。
だが。
そこには何もなかった。
「空洞……!? なんで……!」
驚愕の声を漏らす園田。
そんなはずはない、と思った。人型であるなら、鎧の中には誰かがいるはずだと。そうでなければ動いているのはおかしいと。
だがそんな固定観念が判断を誤らせた。空っぽの鎧がひとりでに動く、という可能性を想定できなかった。しかしこれに関して園田たちを責められるものは誰もいないだろう。
プラウという怪物が、常識を超越する存在だったというだけの話。疲労の色が見えないのも当然だ。ただの鎧なのだから。そもそも疲労する肉体が無いのだから。
しかし、ならばこの相手をどうすれば倒したことになるのだろう?
今まで自分たちのやってきた戦いが、虚空に対してひたすら殴りかかるようなものに思えた。鎧を砕けばいいのだろうか。真っ二つにすれば止まるだろうか。
だがそれが勝利というビジョンにどうしても繋がらない。
そして、そんな思考が命取りになる。
突如、猛然と動き出した騎士はただの一歩で園田へと肉薄し、
「あ、」
黄金の剣を振り下ろし、
「…………!? みどり!」
そして――――電光が走った。
「え…………」
流星のように迸る迅雷は、今まさに園田の命を奪わんとしていた騎士を真横から蹴り飛ばした。
凄まじい勢いで吹き飛ぶ騎士を尻目に、その運動エネルギーを丸ごと明け渡した少女はふわりと着地する。
右頬にガーゼ。黒髪黒目。同じ色のセーラー服を纏った小さな体躯はまごうことなき、
「沙月さん!」
神谷沙月。
両脚から電光をばちばちと散らせ、真っすぐに立っている。
「…………ごめん、遅れて」
首を横に振る園田。その目尻には光る粒がひとつ。
「遅いのよ、あんたは」
悪態をつくアカネ。
それに神谷は複雑そうな表情を向ける。
「…………アカネの言ってたことは、たぶん正しい」
思っていることをそのままに。
「わたしはみんなのことを、寂しさを紛らわすためのものとしか思ってなかったのかもしれない」
確かに寂しかった。それをみんなが和らげてくれていたのも事実だ。
しかし。
「でも今は違うって胸を張って言えるよ。もしみんなと引き換えにカガミさんが戻ってくると言われたって、そんなのは絶対に嫌だ」
今ごろ言っても遅いかもしれない。
しかし、言わなければと思った。
彼女らと過ごした時間は短い。長い人生から見れば、吹けば飛ぶような期間だろう。
それでも、神谷は園田たちのことが好きだった。大切だと、そう思った。
かけがえのない存在なのだと全力で叫びたかった。
「わたしは頼りないし自分勝手だけど、それでも一緒にいてほしい。もしゲームをクリアしたとしても変わらず友達でいてほしい」
「あんた…………」
「いろいろごめんね。それだけ言いに来た」
そこで言葉を切ると、恥ずかしそうに顔を背けた。
戦場で何を悠長な――アカネは一瞬だけそう思ったが、これもきっと神谷には必要なことなのだろう、と翻す。
園田へ視線をやると、彼女は笑顔で頷いた。
『それに――沙月さんが諦めるわけありませんから』
『……敵わないわね』
さっき交わした会話が脳裏によぎる。
結局、この少女の言うことが正しかった。
「あたしもごめん。また言いすぎた」
以前にもしたことがあるような会話を焼き直す。
これから何度こんな喧嘩を繰り返すのだろう。何度こうして仲直りするのだろう。
しかし、それは繋がりが無いとできないことだ。
ぶつかり合うのが二人の関係性だった。
「だから――」
「――戦いましょう――」
「――わたしたち、三人で!」
ここに三人の少女がついに肩を並べる。
拳。銃。鎌。
それぞれの武器を携え、無双の騎士と対峙する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます