28.三人寄ればかしましいはず


 結論から言うと、何もなかった。


 当たり前といえば当たり前なのだが、二人が偵察しに行ったのはただの病院であり、荒れた廃病院でなければ怪しげな人体実験を行う研究所でもない。

 二人が入ったという例の部屋も、蓋を開けてみればただのいくつもある診察室のひとつだった。

 そういうわけで、徒労を感じながら寮まで帰って来たのであった。


「もう、結局普通の病院だったじゃないですか」


「ごめんごめん。でもこっちの世界の病院には何もないってことが確認できただけでもさ、収穫って言えるんじゃないかな」


「それは確かに……って。ごまかそうとしてません?」


 脱いだ靴を靴箱に入れながら言い合う。

 園田は文句を言いながらも特に怒っているわけではないようで、口元には小さく笑みが浮かんでいた。

 二人で明日の授業について談笑しつつ二階への階段を上っていると、おもむろに神谷がスマホを取り出す。


「わ、もう五時過ぎか。今日晩ごはんわたし作るけどどうする? なに食べたい?」


「いいんですか? やった! あの、なんでしたっけ。肉と野菜を焼いたお料理……」


「料理に対する認識が雑すぎる……野菜炒めね、それなら確か材料も残ってたし大丈夫そう。北条さんがキャベツいっぱい買ってきてたし」


 階段の途中で立ち止まり、神谷は先に上り切った園田を見上げる。

 灰色がかった色素の薄い瞳と、それと同じ色をした長い髪は、薄暗い階段にいると黒っぽく見えた。

 漠然と、綺麗だなと神谷は思う。

 スタイルの良さも、透き通るような肌も、文句のつけようもなく美少女のそれで、気を抜くとまじまじと見つめてしまう。


(――――よくよく考えたら、【TESTAMENT】が無ければこの子とも知り合うことは無かったんだよね)


 神谷と園田が出会った――厳密にはクラスも寮も同じではあるのだが――のは偶然によるものである。神谷が初めて【TESTAMENT】に入った際、偶然にも通りがかった園田が神谷の部屋を覗き、そのまま彼女も入り込んでしまった。

 仲良くなれてよかった、とは思うものの、どうしても巻き込んでよかったのかという思いをいまだ拭い去れずにいる。


「神谷さん?」


 急に黙り込んで自分を見つめる神谷を不思議に思ったのか、首を傾げながら尋ねる園田。


 しまった。

 この気持ちを悟られるわけにはいかない。

 知られれば、また園田は自分のために何かしようとしてしまう。

 これ以上は駄目だ。


「……ううん、なんでもない」 


 階段の手すりを少しだけ強く握りしめ、ひとつ上の段に足を乗せる。


「あ、沙月! ただいまー」


 その声に振り返ると、階段の一番下から光空陽菜が見上げていた。

 いつの間にか寮に戻ってきていたようだ。

 

「ひ、陽菜。おかえり。今日は早いんだね」


 何も悪いことはしていないはずなのに、何故かばつが悪くなってしどろもどろになってしまう。

 なんとなく、園田と一緒にいるところを見られるのに抵抗があった。

 部活が終わって直帰したのか、練習着のままで肩からスポーツバッグを下げている。

 ふう、と息をついた彼女の頬を汗が一滴伝う。急いで帰って来たのだろうか。


「今日はコーチが用事みたいでさ」 


「そうなんだ、じゃあごはん一緒に食べよっか?」


 深く考えずそう言ってしまってから、あ、と気づく。園田と光空は別に仲がいいわけではない。というか話しているところを見たことがない。


「園田さん、えっと」


 振り向いて階段上の園田を仰ぐ。彼女は人見知りだったような気がする。誘ってしまってよかったのだろうか。


「…………だ、大丈夫です」


 園田はしばらく視線をさまよわせ思案したかと思うと、そう答えた。




「いつも部活で時間合わないから夜は沙月の作り置き食べてたんだけど、やっぱり出来たてはおいしいねえ」


 ほどよく焼き目のついたキャベツと豚肉をまとめて口に放り込む光空。

 白米と一緒に何度か咀嚼し嚥下したかと思うと、間髪入れずに次を求めて箸を伸ばす。


「だいたい手軽なやつばっかりだけどね。というかよく食べるね」


「いやあ、お腹空いちゃって」


「神谷さんはいつからお料理を始めたんですか?」


「ああ、それはカガミさんにお願いして教えてもらったんだ。正直いまのわたしの何倍もうまかったと思うよ」


「この何倍って……カガミさんという方、底が知れませんね……」


「私は昔沙月の家に行ったことあるけど、あの人の料理を食べる機会はなかったなあ」


「……へえ、昔……」


 ぴたり。

 ここで会話が止まった。

 神谷の背中に知らずどろっとした汗が一筋流れる。


「え、えーと」


 狼狽える神谷。

 なんだ。何か空気がおかしいような気がする。

 右隣の光空も左隣の園田も、特に様子がおかしいようには見えない。少なくとも外見上は。

 だが、二人に挟まれた状態の神谷は謎の緊張感に支配されていた。

 というかさっきからこの二人、会話をしているようでしていない。直接言葉を交わしていないのだ。

 

「そ、そういえばもうすぐゴールデンウィークだよね。二人は何か予定あるの?」


 今の話題はマズいと何となく判断して、無理やりにでも軌道修正を試みる。


 来週からゴールデンウィークに入る。

 無理やり話題のハンドルを切ったわけではなく、以前から友達の予定を聞いておきたいという考えもあったのだ。

 今思いついたというわけでは決してない。決して。


「今のところ特にないですね……強いて言うなら課題とか」


「あー出そうだねえ宿題。連休だもんね。そういえばGW明けになんかテストあるって先生が言ってたような」


 担任のおじいさん先生が昨日のホームルームで言っていたのを思い出す。


「授業でやった内容しか出ないらしいからたぶん大丈夫だと思うけどね」


「うぐぐ」


 妙な唸り声を上げる園田。

 

「どうしたの?」


「……勉強、苦手なんですよね」


「えー意外」


 見た目はとても知的で、そんな風には見えない……と思ったが、部屋の散らかりようを思い出してある程度得心がいった。そういえば教科書類も散らかしていたように思う。人は見かけによらないものである。


「でもテストって普段から予習復習してれば問題なくない?」


「それができれば苦労しないんですよ……!」


 あっけらかんと言う神谷に唇を噛み切りそうな勢いで食い下がる園田。

 そう、学生にとって放課後というのはできるだけ怠惰に過ごしたいものなのだ。それは帰宅部の園田でも例外ではない。

 はっきり言ってだらけきりたいのだ。

 と、そんな怠惰学生代表の園田に、助け船が差し出された。


「そうだよ! 沙月はできない子たちの気持ちを何もわかってない」


「光空さん……!」


 光空が箸を置いて参戦した。園田は意外な助っ人に表情を明るくする。


「ひ、陽菜まで何を」


「というか意外性もいい加減にしてよ! 沙月みたいな子はテスト直前までゲームしまくりで前日の夜に一夜漬けして赤点ギリギリで何とか事なきを得るスタイルって決まってるんだから!」


「色んな方面に失礼すぎない!?」


 神谷が抗議しても非難轟々は止まらない。「沙月ってそういうとこある」「わかります」「前にもこんなことが」「ほうほう」などとさっきまでの雰囲気が嘘のように意気投合している。

 大切な友達二人が仲良くなってくれるなら、それに越したことは無い。


(……でも……なんだかちょっと寂しいな)


 越したことはないのだが、やっぱり少し面白くないのが本音だった。

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