17.ONEvsTWO


 目の前に出現した巨大な手を見上げる。

 岩のような物体が寄り集まって作られたそれは、神谷が初めてこの世界に来た時に倒した、ゴーレムのプラウのものと酷似していた。

 

「まさかあいつ、復活したとか!?」


 だが慌ててあたりを見渡してもそんな様子は無い。ただ巨大な左手がそこにあった。

 神谷が謎のワードを呟いた瞬間、これは現れた。

 その意味を考えていた時だった。


 ぎぎぎ、と何かが軋む音。

 その方向に目をやると、機体のあちこちに火花を散らしながら狼のプラウが立ち上がろうとするところだった。

 間髪入れずに瞳が光る。


「まず……ッ!」


 こちらから攻撃を加えないかぎり何もしない――その考えが、先入観が、彼女の反応を遅らせた。

 ゲームのボスのようにダメージを負ったことで行動パターンが変化したのか。それともただ単に悠長に待ち構えている余裕が無くなったのか。それを判断する余裕はない。

 とっさに手を身体の前にかざす、それくらいしかできなかった。

 衝撃に備え、思わず目をつぶり身体を硬くする。あのスピードに対してそんなことをしても無駄だと分かっていながら。

 鋼鉄の爪は容赦なく神谷の小さな身体を貫くだろう。

 

 だが。

 その瞬間はいつまでたってもやってくることは無かった。

 不思議に思い目を開けると、ゴーレムの左手が銀色の狼を押しとどめている。

 驚愕しながら、もしやと思い自身の左腕を振るうと、ゴーレムの左手はそれに連動したように動き、狼のプラウを弾き飛ばした。

 プラウは空中でバランスを取り戻し、着地する。

 

 このゴーレムの手は自分のものだ。そう神谷は判断した。

 同時に自分の異能についても理解した。

 倒したプラウの力を自分のものにする。そう推測できた。

 

「倒したプラウの力を蓄積セーブして、励起ロードすることで行使する……そんな感じでいいのかな」


 あのゴーレムのプラウを撃破したときのことを思い出す。

 神谷の輝く拳によって残骸と化したゴーレムは、光の粒子となって神谷の身体に吸収されていた。

 手に入れたとすればその時だ。

 これがあれば。 


 だが、そんな考えを遮るように、狼が遠く吠える。

 それに呼応し、鋼の木々が――いや、鋼の森全体がざわめき始める。

 

「何を、」


 するつもり――――。

 そう口を開こうとした神谷に、木々に生い茂る無数の葉が射出される。

 無論、鋼鉄であるそれらは薄く鋭く、刃に匹敵する切れ味を持つ。

 この木々は意味のないオブジェではなかった。

 そう。この森全体が、

 

「こいつの、武器……!」


 数えようという気すら起きないほどの刃が、まるで意思を持っているかのように集結し、一斉に神谷を目指す。

 このまま突っ立っていては間違いなく惨殺死体が出来上がってしまう。

 

「みじん切りになっちゃうよばか!」


 思わず悪態をつき、背を向け走り出す。両脚に纏う白光を迸らせ爆発的に加速する。

 ちら、と横に目を向けるとゴーレムの手は、指示を出すまでもなく神谷に並走している。平常時は使用者である神谷と一定の距離を保っているようだ。


 なんて便利な異能なんだろう、と思う。神谷の意志で自由自在に動かせる巨大な手。スピードもパワーも折り紙付きだ。なんといっても神谷自身がそれをまともに食らった張本人なのだから、それは身に染みて理解している。


 だがそれと同時に無視できないこともあった。

 このゴーレムの手――プラウの力を発動した瞬間から、神谷の左手の甲にぼんやりと光る数字が浮かんでいた。

 それは最初は300だった。しかしそれはおよそ1秒ごとに数を減らし今は190ほどになっている。

 きっとこれはプラウの力のタイムリミットなのだろう。1秒で1カウント、そして300という数字。つまりゴーレムのプラウ――プラウ・ワンの力を行使できるのは5分間。


 振り返ると無数の刃葉はまだ追い縋ってきていた。このままではらちが明かない。

 足でアスファルトを踏み抜き、自分の身体をを無理やり急停止させる。

 生身で受け止めようとすれば切り刻まれる。回避もできない。ならばとれる方法はひとつ。


「盾になれ、プラウ・ワン!」


 叫び、左手をかざす。するとゴーレムの左手が開き、神谷の前に立ちはだかる。

 そこへ数えるのが馬鹿らしくなるほどの刃葉が、もはや一つの塊となって殺到する。

 『左手』に刃葉が突き刺さるたび、マシンガンのような轟音が連続して鼓膜を揺さぶる。


「うぐ……っ!」


 神谷の頭が痛みを訴え始めたころ、やっと攻撃は止んだ。

 ゴーレムの左手をふるい、突き刺さった大量の刃葉を払い落とす。

 脳裏に浮かぶカウントは残り150を切った。活動限界リミットまでに決めてしまいたい、のだが……。


「結構走ってきちゃったし、どうしよう。来た道戻るのもこんな森の中じゃあ――――」


 ちり、という音が聞こえた。

 その瞬間。

 緑の稲妻が視界に映った。

 ひたすらに一直線。しかし反応すら許さない速度で鋼の森の暗闇を駆け抜け神谷へと襲いかかる。


 回避は間に合わない。ゴーレムの左手も、動かす余裕は無かった。

 苦し紛れに身をよじると、右腕で痛みが炸裂した。


「あ……っが! ぐ、うううう……っ」


 吹き飛ばされ、地面に転がる。

 折れた。右腕が。いともたやすく。ただ掠っただけで。

 ただ使えなくなったのが右腕だったのは僥倖だった。左腕が動かなければプラウ・ワン――ゴーレムの左手も動かせなくなってしまうかもしれない。


「とっさに左に避けたわたし、ぐっじょぶ……!」


 ふらつきながらも立ち上がる。全身の傷から少しずつ流れた血は確実に神谷から体力を奪っている。それに加えて激痛ですでに意識がもうろうとし始めていた。

 少しでも気を抜けば、一気に意識が遠ざかる。それを歯を食いしばってなんとか押しとどめる。

 負けるわけにはいかない。絶対に。なぜなら――――。


「ここでクリアできないと帰れない。そしたら二度と陽菜に会えなくなる……!」


 自らが口にした言葉にはたと気付く。

 最初はカガミにもう一度会うためにこのゲームを始めた。それなのに今、窮地に立たされた神谷の頭に真っ先に浮かんだのは光空陽菜と言う少女の笑顔だった。

 

(そっか、わたしいつの間にかこんなに――――)


 自然と笑みが浮かんだ。

 目の前の敵を倒せば、大切なあの子とまた会える。それだけでいくらでも戦えるような気がした。


 右腕が折れた? 

 それがいったいなんだというのだ。

 左手を堅く握りしめる。両脚で大地を踏みしめる。力を込め、白光の輝きを一層強くする。

 

「――――ほら。わたしはまだ戦える」


 勝って帰ろう、あの寮へ。あの子がいる場所へ。

 

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