燃え上がれ! クッキングハンターヒグマ!

砂塚一口

第1話 燃え上がれ! クッキングハンターヒグマ!



「カバンがいなくなった今、火を上手く扱えるのはお前だけなのです」


「だからお前が料理を作るのです」



 博士と助手が私に詰め寄り、顔を近づけてくる。


「ま、待て、私はセルリアンを狩るのが仕事なんだ、どうしてお前らのためなんかに」


「まあまあ、ヒグマさん。ヒグマさんも人に頼られるのって、実は嫌いじゃないでしょ? それに私ももっと食べたいなぁ、ヒグマさんの手料理」


 キンシコウがにこにこと後ろで手を組んで覗き込んでくる。私は顔を引きつらせながらそっぽを向いた。


「私は別に……」


「でも、ヒグマさんならできますよ!」


 横合いからリカオンまでそんなことを言い始める。


「だって、これまで数々のパークの危機を救ってきたんですよ! ヒグマさんの手にかかれば料理なんて簡単に決まってますよ! それに『無事セルリアンを倒せた&カバン何の動物か分かっておめでとうの会』の時だって、ヒグマさんの作ったカレーは美味しかったですし」


「そ、そうか……?」


 リカオンからの思わぬ高評価に私は頭を掻いた。


「ふふ」


 キンシコウが口元を抑えて小さく笑っている。


「そうと決まったら早速特訓なのです」


「早く私たちのために色んな料理を作れるようになるのですよ」


「ああもう、わかった、わかったってば!」


 最終的には根負けしてしまったんだが、後から思い返せばこの時ちゃんと断っておけば良かったんだと思う。




の  の  の  の  の




 『としょかん』の傍の『すいじば』にて。

 初めに博士から貰った『マッチ』に火を点ける。私は『かまど』に火をくべるとふぅふぅと息を吹き込んだ。


「プレーリードッグの挨拶の真似ですか?」


「見て分かるだろ! 火を強くしてるんだ!」


 私がぷりぷりと怒っているのに、キンシコウは上機嫌で笑顔を返してくる。なんてやつだ、まったく。


「ふん……」


 私は気を取り直し、博士から借りた本をテーブルの上に広げた。



『なすとたまねぎのトマトソース煮込み』



 博士と助手が作って欲しいのはそんな名前の料理らしい。カバンはどうやら料理の本の中から簡単な『カレー』を選んだみたいで、この料理は選ばれなかったんだとか。


「『トマト』はこの赤いのでしょうか? これを潰してソースを作ればいいわけですね。私がやっておきましょう」


 キンシコウが如意棒を使って『トマト』をぐりぐりと潰している。


「『なす』ってのはどれだ?」


「うーん、この絵に似てるのはこれでしょうか」


 キンシコウが丸っこくて紫色の食材を手に取った。


「リカオン、『たまねぎ』を取ってくれ」


「えぇ~、なんですかそれ~」


 『としょかん』の傍にある『キッチン』にいつもの二人を引き連れて、持ってきた食材の中から料理に使うものをああでもないこうでもないと選び取る。


「博士のやつ、結局何を言ってるのかよく分からなかったからな……」


 博士に一度説明を受けたが、いまいち要領を得なくて結局理解できなかった。私は困り果てながら、料理の本を広げて睨みつける。文字が読めるわけでもないから、絵から推測するしかないのだけれど。


「なんだっけ、まずは食材を切るんだったな」


「食べやすい大きさにすればいいんですね」


 キンシコウが如意棒を構えて『なす』に向かって思いっきり叩きつけた。食材はぺちゃんこになって、まな板に飛び散る。


「おお、そうやるのか」


 私はキンシコウの動きを真似て、熊の手を食材に叩きつける。衝撃と共に叩きつけられた『なす』が粉々になった。


「どうだ、私のほうが強いぞ」


「流石ヒグマさんですね!」


 二人でお互いの健闘をたたえ合っていると、リカオンが申し訳なさそうに食材を持ってくる。


「あのぉ~、こんな感じになったんですけど」


 見ればリカオンの『なす』は一口大の大きさに綺麗に揃えられてあった。なんとなく、私のよりも本の絵に形が近い。


「なんだ!? どうやったんだ?」


「ちょっと威力を調整して、爪で切ったんですよ」


「そうか、弱く食材を攻撃すれば良かったのか」


 リカオンに先を越されて少し悔しい。


「次は『たまねぎ』ですね」


「博士が言うには皮を剥けばいいらしいんだが……」


 バリバリと玉ねぎに指で力を加えると、次から次に皮がめくれていく。しかし剥いても剥いてもどんどん内側から皮が出てくる。そしてついには全ての皮をめくり終わって手元には何も残らなかった。


「なんだこの食材は! 『たまねぎ』はこの皮の中に入っているんじゃないのか!?」


 しかも、さっきから目が痛くて仕方がない。瞬きをするたびに涙がこぼれて大変なことになってしまっていた。


「ぅぅぅううう……目が痛いです」


 キンシコウがごしごしと目を擦るものの、痛みが取れないのかしくしくと泣いている。


「できたぁ……でも目がぁぁあ」


 リカオンの手元にコロコロと一口大の大きさに切られた玉ねぎが転がっているものの、リカオンも目をやられているようだった。


「これは皮じゃないのか?」


「多分、はじめの茶色の表面だけが皮なんじゃないですか?」


 なるほど、と内心納得しながら、またしてもリカオンに先を越されたことで私は内心穏やかではなった。博士たちに料理を任せられたのは私なのに。

 このままいいところをリカオンに持っていかれるわけには行かない。


「うっ……く……」


 その時、キンシコウのうめき声が耳に入ってきた。また玉ねぎに目をやられたのかと振り向くと、そこには血まみれになったキンシコウが床に倒れていた。

 キンシコウが仰向けの状態から起き上がろうとする。その腹部から胸部にかけて真っ赤な血の花が咲いており、私は唇を青ざめさせながらキンシコウを抱き起こした。


「キンシコウ! どうしたんだ!? セルリアンにやられたのか!?」


「ヒ、グマ、さ……」


 キンシコウの手がヒグマの頬に触れ、力なく床に落ちた。私は頭が真っ白になって声にならない声を上げる。


「なーんちゃっ――」


「うわああああああキンシコウぅうううう! 私を置いて先に逝くなぁあああ!」


「ぇえええ!? ヒグマさん冗談! 今の冗談ですから!」


 私は泣き濡れた顔を上げる。そうすると慌てふためいた様子のキンシコウと目があった。


「え……キンシコウ?」


「あのー、ですね……さっき玉ねぎに目をやられて、足をぶつけてひっくり返っちゃったんです。その時にさっき作ってたトマトソースがかかったみたいで……」


「怪我……してないんだな」


「ああ、はい」


「ふ、ふふ……ふふふふ!」


 私は熊の手を担ぎ上げた。


「あの……ヒグマさん?」


「私がお前にトドメを刺してやる!」


「うわー!? ちょっとヒグマさん!? 目が本気じゃないですか!」


 きゃーきゃー悲鳴を上げながら逃げ惑うキンシコウを追い回す。私はブチギレながら熊の手をぶん回していると、熊の手の先端が『かまど』に置いてあった木材を弾き飛ばした。


「ん?」


「あ」


 火のついたままの木材が辺りに散らばり、瞬く間に『すいじば』の柱へと燃え移った。




の  の  の  の  の




 『すいじば』の焼失。料理の失敗。


 怒り狂った博士と助手のコンビに必死に頭を下げる羽目になった。


 『すいじば』はビーバーとプレーリードッグに頼み込んでどうにか再建の目処が立ったから良かったものの、しばらくは火を使った料理は控えたほうが良さそうだ。


「食べたかったですね、ヒグマさんの手料理……」


 キンシコウが残念そうに唇に指を当てている。


「元はと言えばお前のせいだろ……!」


「喧嘩はやめてくださいよぅ」

 


 三人は今日も明日も、共に歩んでいく。



「まあ、でも楽しかったな」


「ふふ、そうですね」


「そうですかぁ?」

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