ひとかけら

禮矧いう

第1話

 はなさんは常人だ。

 クラスのみんなは超人だと言う。

 花さんは美人で人当たりもよく気が利き、生徒会、部活、クラスの行事など色んなことで八面六臂に活躍している。表彰伝達では必ず舞台に登壇するほどである。また、人間関係を作って行くのが上手く、例え彼女に対して妬み、嫉み、逆恨みなどの負の感情が向いたとしても、少し時間が経てばその感情を向けた人の毒が抜かれ、いつの間に友人関係になっている。かといって、彼女を無条件で認める様な信奉者はおらず、友人や仲間と言った健全な人間関係を保っている。これらの事は単簡に出来るやすいものではないし、他の人が頑張って出来るというものでもないとハッキリと言い切る事ができる。目立った活動をしながら浮かず沈まず人と付き合っていくという恐ろしいことをできる人間などこの世界広しと言えども彼女くらいであろう。だから、みんな彼女を超人と呼ぶのだ。

 確かに俺もこれには頷ける。事実だ。

 しかし、しかし俺は気づいてしまったのだ、彼女は毎週金曜日の下校の時必ず落し物をしてしまうということに。

 彼女はいつも忙しい。色んな仕事、活動をかけ持ちしている。休日の過ごし方は知らないが平日は夜九時前まで学校に残って一人色々なことをしている。だから、学校から駅までの道を一人で下校するのだ。月曜、火曜は足取りしっかり、水曜になると足音が小さくなる。木曜日はぼーっとしながら歩いていく。そして問題の金曜日、もういつ力尽きてもおかしくないようなふらふらとした足しどりになる。多分、酔いの廻った打ち上げ後のおじさんと、同じようなものだ。

 我が家は駅と学校の通学路の丁度真ん中にある。その道は半分田んぼ、半分家屋という、まあ軽い田舎道なのだ。なので街灯などない。だからだろうか、彼女はだいたい我が家の前でコケる。我が家のちょうど前でなくてもそこから半径二十メートルいないの所でコケる。金曜日は必ずコケる。

 こけ方はトテッとエネルギーが切れたかのように優しくだ。もしかしたら疲れて一休みしているだけなのかもしれない。しかし、それにしたら少し突然過ぎるのだ。休むなら、一度止まって道端により塀にもたれ掛かりでもすれば良いのだ。だから多分コケているのだろう。多分慣れて上手くコケる事ができるようになったのだと思う。

 まあここまではいいのだ。問題はそこではない。これくらいでは中和出来ないくらい花さんは凄いのだ。だからまだ違う。

 そのコケた後が問題なのだ。

 花さんはコケたあと必ず何かを落としていく。花さんはいつもリュックとトートで通学している。そして、リュックにはチャックが付いていて蓋が出来る。しかし、トートの口はいつも空いている。だから転ぶとそこから中身が溢れてしまう。その溢れた中身は拾わなければならない。花さんも当たり前のようにそれらを拾う。しかし、いつもここで失敗をしてしまう。何か必ず一個を拾い忘れるのだ。だからいつも一個を落としたままにして、帰ってしまう。

 初めてそれを見た時は何も言えないくらい驚いた。それはもう一晩眠れないほどに。

 あの、人を超えているとまで言われている彼女がそんなドジをするとは天と地が入れ替わるくらいに考えられなかった。しかし、二度、三度と見るうちに本当だと思わざる負えなかった。

 四度、五度となると流石に倒れる前に助けに行こうかと思ったが、それは彼女が隠している大きな短所の様な気がして、それを俺が知ってしまえば彼女の、超人伝説が崩れ去ってしまうのではないかとも思った。

 もちろん、俺が周りに言いふらして彼女を貶めはしない。親しい人にだって秘密にする。しかし、俺が彼女を助けたという事実が、彼女自身の中に存在する矜持というものを壊してしまうような気がしたのだ。

 それをしてしまっては学校の中の全ての人間関係が、崩れてしまうようにも感じた。俺の通っている学校では花さんという人間を基点に良い風紀が連鎖的に繋がっているように思う。例え彼女が卒業してもそれはある種の伝説となりこれからの風紀も作っていくように思える。

 これは崇めている訳ではない。ただ、それ程うちの学校は彼女に、無意識ながら、頼ってしまっているということだ。

 だから俺は見ていない振りをした。そして、その落し物を拾い、毎週月曜日、学校の誰よりも早く登校し同じクラスの彼女の机の引き出しに何気なくそれを入れるようになった。

 初めは早く来ることを驚かれたが、月曜日くらいは朝起きて勉強するようにしたと言ったら、先生と親は納得してくれた。まあ、今までは朝起きて勉強するという習慣は無かったので、自分自身のいい影響になり朝の学習時間を取るようになったため、何気に成績が上がったのは嬉しい事実ではあった。

 閑話休題。そうして俺は秘密の配達屋になった訳であるが、そこでもまた驚いたことがあった。彼女は自分の持ち物が一度失くなり、必ず自分の机に戻っているとこを不思議に思っている節が無いのだ。週末になると荷物が失くなり、月曜日に机に戻っている。そのルーティーンが毎週なのだ。どこかでおかしいと思うであろうに、そんな素振りは全くなくそれどころか机に置いてあったものが元からそこにあるかの様な振る舞いをしている。

 最初は自分が忘れたのだと思い、気にとめていないのかと思った。

 しかし、そういう感じではないのだ。朝の様子を見ていると月曜日だけ少しほっとした顔をするのだ。それは本当に微妙な表情の違いで説明することは出来ない。けれどそういう安堵と反省の混じった表情をするのだ。

 これは俺の仮説だが、彼女はただ忘れ物をしたと思っているのではないだろうか。これだったら金曜日の帰る前いつも以上に確認するようになるだろうとも思った。しかし俺はこう考えた。実は彼女は忘れ物をよくする人だったのではないのかと。

 彼女は中学までほかの県だった。親の転勤に合わせて高校からうちの県に来たのだ。だから、彼女の中学生時代を知る人は誰もいない。つまり、高校からはその不注意をなくそうと何度も何度も確認し、忘れないようになったが本当に疲れている金曜日だけは一つものを忘れてしまうのだと本人は思っているのではないだろうか。だから安心したような反省するような微妙な顔をするのだと思う。

 これは推測でしかない。だけれど、俺は何だか確信をもっている。多分そうなのだろう。

 今日は二月二十八日金曜日。卒業式を除いては高校最後の登校日だ。それも金曜日。必ず彼女は荷物を落とすだろう。九時十分。いつもの時間に、なった。さあ、拾いに行こう。

 俺は玄関から家をでて当たりをスマートフォンの照明で照らす。すぐに落し物は見つかった。何か袱紗に包まれた封筒の様なものだ。持ち上げるとその布ははらりと開いて中身が出てしまった。中身はやはり封筒の様にした紙であった。俺はそれをもう一度拾う。表書きには『答辞』の二文字。

 俺はこんなもの落とすなよと半ば呆れながら、やっぱりあいつは最後まで抜けてるんだなとともいながら袱紗に包み直し家路につこうと顔を上げる。

「あなたがいつもひろってくれてたの?」

 目の前にはあろうことか花さんが立っていた。しかも花さんの言葉によるとバレていたようだ。

 俺が驚いて止まっていると、

「ん?ちがうの?」

 と首を軽く傾げて言った。

 俺は焦って

「あっああ、う、うん。」

 と喉から無理やり声を絞り出すように答える。

 自分でも嫌になるほど挙動不審だ。久しぶりに級友の前で声を出した。

「そう。今までありがとう。初めて声聞いたよ。ねえ、竜水君、進学先同じよね。これからもよろしくね。」

 彼女はそう言ってニコッと笑い、答辞を受け取った。

 すごく可愛かった。

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