第23話 先入観は人をミスに追いやる
しかしながら川野の先制攻撃に嫌な空気が漂うテーブル。瀬里花としてはまさに機先を制された形だ。しかも、川野の指示により、瀬里花はあまり目立った動きが出来なくなってしまった。これはサポート役としては、かなりの痛手だ。
このままではまずい。改めて今出ている情報を整理する瀬里花。お客様約の川野は、若い子が好き。担当者は若い子じゃないと駄目。若い子が怒られるが嫌い。若い子の将来を心配している。若い子との商談が好き。若い子のたどたどしい説明が好き。
――って若けりゃいいわけか!
瀬里花だってまだ二十歳なのに、先輩でベテラン設定なのは、かなり厳しい。プラス思考で行こうと決めはしたが、一瞬で川野に窮地に追い込まれた感覚だ。それでも同席を許されたのは良い方向なのだけれども。
未菜と目が合う。状況を察してくれたのだろう。まずは未菜が話を切り出してくれる。
「お客様、今どんなお車をお探しですか? 大きいのとか小さいのとか色々ありますが」
「おじさんは大きいのも小さいのもどっちも好きだぞ?」
――意味不明。
未菜は苦笑いをしながら、取り扱いの車種が載った総合カタログを川野の前に開く。
「タイプや人数によって、結構な数があるんですよー。私もまだ勉強中ですが」
未菜が笑顔で攻撃をする。流石は未菜、それが自然過ぎて吸い込まれてしまう。若い子が好きという設定なら、川野にも効果的だろう。
「車かあ。実はな、どういうのがいいかまだ全然わからないんだよな。だからとりあえず車を見に来てみた。だが、あんまり高いのは無理だけどな」
これはまたいやらしい設定だ。こちらの知識の習得度を確認するとともに、お客様のご要望に合った車の提案が出来るかを試されているのである。瀬里花は未菜と再び目を合わせた。頷く未菜。
「小代さん、こういう時は……」
「人数や使い方から車を絞る! ですよね? 許斐せ~んぱい」
「流石、小代さん。言わないでもわかるなんて、優秀です」
「えへへー」
そうだ。こちらから直接話をすると川野を苛立たせるだろうが、未菜をうまく使い、彼女を持ち上げれば、川野も満足するだろう。
「では、お客様。お使いになられるお車は、最大何名乗られる可能性がありますかー?」
語尾を伸ばすのは未菜の癖だが、それはそれで彼女の個性だと瀬里花は思っている。何より可愛らしいし似合っている。
「そうだな、俺と嫁とこの子と後、たまに爺ちゃん婆ちゃんが乗るくらいだから、まあ五人か」
五人。また微妙なラインをついてくる。
「じゃあ、五人乗りの車で大丈夫ですねー」
未菜が総合カタログから、五人乗りの車を指差していく。
「小代さん。大人五人となると、みなさんで移動されるのは窮屈かもしれません。五人で移動される時は、きっとお荷物もあるはずです。ですから今の車と比較して、狭くないかを確認しておいたほうが良いかもしれませんね」
瀬里花なりのアドバイス。出来るだけキツイ印象にならないようにとにかく柔らかい笑顔で。すると川野が、珍しく瀬里花に目を合わせてくれた。
「あー確かに旅行とかする時に、レンタカー借りたりしてたなあ。あの時の七人乗りは、広くて良かった」
やはり彼は試しているのだ。未菜が小膝を打つように二人の話を理解したようだ。
「では、今回は七人乗りにしてみますー?」
「そうだな、こいつに子供が出来でもしたら、孫をいろんなところに連れていかないといけないからなあ」
そう言って、川野が女子高生役の河出の肩を叩く。セクハラの現行犯だ。もしかしたら、川野はこのためだけに河出を呼んだのかもしれない。
「七人乗れる車だと、三種類ほどありますねー。サイズはどのくらいが良さそうですー?」
「あんまり大きいのは、嫁が運転出来ないから無理だな。かといって小さすぎたら、買い替える意味がない。ああ、それとさっきも言ったが、高いのは無理だからな?同じ形でも、無理に高い方にしなくていい。そういう見栄は俺にはいらない」
「それなら、ヴォクスがピッタリですねー」
車種はうまく絞れた。後はグレードだ。未菜がひと言断りを入れて席を立ち、ヴォクスのカタログを四冊ほど持ってくる。四冊持ってきたのは、研修でお客様の人数分と、自分で見るようの冊数が必要と言われたからだ。
「じゃあ、お客様のご要望だと、Gグレードが良さそうですねー」
未菜がうまく川野の求めているものを聞き出す。
「なるほど、Gか。Gなら良さそうだ」
川野は未菜の胸をガン見している。そっちのGではないと思うのだけれど。まさかGもあるのか?唖然としてしまう瀬里花。戦闘力の違いを思い知らされてしまう。
「じゃあ、後はオプション関係を選びましょう」
流石にまだたどたどしくはあるが、オプションの説明をこなしていく未菜。流石に未菜がまだわからなそうなオプション内容に触れないあたりは、川野の優しさを感じられる。正直瀬里花でさえ、機能や使い方がわからないものが多かった。
「ではお見積りを印刷しますねー」
未菜がニコニコしながら、携帯用のプリンターで見積書を印刷していく。今のところ、大きな問題はない。いや、正直うまく行きすぎて怖いくらいある。こういった時の瀬里花の予感は比較的当たりやすいのだった。
「はい、こちらがヴォクスのお見積りです」
とびっきりの笑顔で、見積書を差し出す未菜。上手く出来たことで、自然と笑みが出たのだろう。
「ありがとう。ちょっと見てみるよ」
川野は食い入るように見積書を見ている。そしてそれを奥様役の美波にも見せる。美波は営業として、見積に間違いがないか確認をしているようだ。そして彼女は大きく頷いた。
「どうやら嫁の許可も出たようだ。しかし、この金額かあ……」
――いける。
瀬里花もそう思った。ロープレとはいえ、ミスらしいミスはなかったはずだ。
「よし、この金額でヴォクスのハイブリッドが買えるなら、今日買って帰るよ」
そう、先制攻撃のせいで、未菜も瀬里花も、何故かガソリン車前提で話をしてしまっていたのだ。そしてそこを川野につけこまれた。
「二人とも、安い買い物をありがとう」
ニッコリ笑みを溢す川野。二人が見落としたのは、きっと彼がしきりに高いのは無理だと言っていたせいだろう。先入観は人をミスに追いやるのである。
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