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拳を上げ殴るフリをしてくる悠太の手を大仰に驚きながら避け、二人は公園の脇を通り抜けた。最後に一度だけ、見事だと言う桜の木を見上げる。
志紀が以前言っていた桜は、この桜のことだろうか。あとで彼に聞いてみよう。
そんなことを、ふと考えた。
公園を過ぎると、後はなだらかな下り坂だった。道路の両脇には公民館らしき建物など大き目の建物が目立つ。住宅らしきものもいくつかあるが、数はさほど多くなかった。
「住宅地は、商店街の向こう側っす。ここいらはエウロパの滑走で煩いっすから、あんまり住人がこないんっすよ」
「そうなんですか」
なるほど、道理だ。通り過ぎた建物を見たら、『区役所』と書かれていた。こんなところでは小学校も作りづらいのだろうけれど、滑走路近くで勤務する人たちもそれはそれで大変だろうな、と思った。戦争というものがどういうものか、知識はあれど実感のない司には、ここがどれだけ大変なところなのか分からない。そこで生きる人がどれだけつらいのか分からない。
自分にあるのは、知識だけではないか。
そう思えば、滑稽で笑えてしまった。
司の内心を悟ったわけではないだろうが、話を切り替えるように悠太が前方を指さす。
「見えてきたっす。あそこが、俺らが良く行く商店街っすよ」
言われた方に目を向けると、数メートル先にガラスのアーケードが見えてきた。入り口には古ぼけた『青山商店街』という看板がある。そこそこの長さがある商店街を、入り口から覗き込んだ。店は全部で何件だろうか。入り口からはよく見えない。店先には、悠太と同じ制服を着た少年たちが何人か談笑していた。
「まずは服っすね」
何の気負いもなく歩き出す悠太を慌てて追う。彼が歩くと、道行く人が皆一様に表情を明るくした。それで、悠太はアルゴノーツだけでなく商店街でも人気者だということが分かった。
「やまちゃんじゃん」
談笑していた少年の内の一人が、悠太に気付いて声をかける。少年の声につられて、他の少年たちも悠太の方を向いた。彼らに、悠太は手を振る。
「寺島じゃないっすか。今日スクランブルじゃなんっすか?」
「今日は非番~」
「お? 一緒にいんの誰?」
「やまちゃんのことだから、女子じゃねぇの?」
急に話を振られ、司は思わず悠太の影に隠れた。好奇の視線が、肌に痛かった。
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