猛獣の箱

攻撃色@S二十三号

第1話 猛獣の箱

「許してはおけないのです。あのネコを制裁せねばなるまい!ないのです」

「かしこいわれわれがあのような脳筋の肉食獣に舐められては、この島の秩序を崩す遠因にもなります。パークの危機なのです。だから……わかりますね、ヒグマ」


 その、小さな二人の前で……アフリカオオコノハズクの博士、ワシミミズクの助手、並び立って同じ方向に小首をかしげている猛禽の前で。

 最近、セルリアン撃退のハンターの仕事よりも、この図書館でおさんどんさせられていることのほうが多くなった猛獣、ヒグマは。


「……それで、そのネコ、って。まさかサーバル……」


 ヒグマは言ってから……サーバルがもうこの島にはいないことに、彼女はかばん、そして仲間とともに海の向こう、ごこくエリアに旅立ってしまったのを思い出す。


「じゃあ。そのネコって。誰のことなんだ?」

「ジャガーです。あいつは、先日のかばんの旅立ちのあと。ゆうえんち集合から皆が戻るとき、ジャングルちほーの川をみんなが渡る手伝いをしていました」

「ああ、覚えている。物好きで、世話焼きのジャガーらしい。……で、それが?」

「そのとき……! あの、ジャガーがひく渡し船に! 博士と私が真っ先にそれに乗ろうとしたとき、ジャガーはなんと言ったと思うのです?」

「……さあ? と言うか飛べばいいのに……」

「順番で渡すから、待っていろ。と言って、ジャガーはわれわれより先に狐やキリンを乗せたのですよ? 博士に、われわれに対する敬意というものが欠けています」

「ちょ、ちょ。ちょっと、それ悪いの博士たちなんじゃあ……」

「何か言いましたかヒグマ」

「今のは風の音ということにしておきます。ヒグマ」


 ……なるほど。それで、ジャガーを逆恨みしたわけか。

 それで……?と。半分あきらめモードのヒグマは、博士たちに聞く。


「ジャガーに制裁と言っても、どうやって。もしあいつに本気を出されたら、私でも危ない。そんな相手に……いったい?」

「屈辱を与えるのです。もはや猛獣として再起できない、屈辱を」


 そう言った博士が目で合図をすると。

 並ぶ本棚の奥に行った助手が、何か大きな物を持って戻ってきた。


 それは……あきらかに……かばんたち、ヒトの遺物だとわかる物体。

 それは……四角く、そしてヒグマの身体がすっぽり収まるほどの。

 それは……四角い箱、だった。


「これは図書館に眠っていたヒトの遺物……ダンボールばこ、なのです」

「貴重な古書が収められていた禁断の箱なのですよ。……今回は、その箱を使ってあの不遜なネコに生き恥を与えるのです」

「……その。話が見えないんだが」


 頭の上に、クシャクシャとした線を出したヒグマに博士は、


「われわれはかしこいので。おまえたち猛獣の性質は知り抜いています」

「猛獣と違ってかしこいので。とくにネコ科は、目の前にこの箱があるとはこの魔力からは逃れられない……否が応でもこの箱に入り込んで、そこではしたない痴態を繰り広げる、と……」

「は……?」

「ヒトの残した古書に書いてあったのです。……本当はこんな恐ろしいことはしたくないのですが。しかたがないのです」

「……だったらやめておこうよ。な?」

「行きますよ。ヒグマ。おまえはその箱を担いで、ついてくるのです」



 ジャングルちほーは、夕方のスコールが来る前特有の、刺すような日差しと風の吹きやんだ空気の中で、熱く蒸れていた。


「……博士、川だ。……ジャガーはいないようだが?」

「狙い通りなのです。もはやジャガーはわれわれの罠の中なのです」


 博士に言われた通り、ヒグマは担いでいたダンボールの箱を涼しげな木陰に置いた。


「そこは、ジャガーの通り道なのです。……ふっふっふ」

「フフフフ。その段ボール箱を見つけたネコ科がどれほど威厳を失うか」

「何をしているのですヒグマ。お前もさっさと隠れるのです」

「何をぼうっとしているのです。ジャガーに見つかったら台無しですよ」


 本日、何回目かの後悔に襲われながらも……

 ヒグマは、自分でも何やってんだろ……と思いながら風下側の、完全に隠れられる茂みの中に身を潜めた。

 博士たちは少し離れた大木、その上の方の枝にちょこんと座って……

 合計、六つの瞳があのダンボールの箱を注視していた。


 ……暑い。

 ヒグマが汗を拭い、ちらと上空の博士たちを見る。


 博士も助手も、眩しい日差しとこの熱さの中……あきらかに苦手地形のデバフを喰らいながら、だが執念で箱をじっと見張り続けて……いた。


「……コノハ博士、ミミちゃん。ここは私が見張る、二人は図書館へ……」

「自分で見届けなくては……制裁の意味が……」

「あのネコ科の痴態をこの目で見届けるまで、は…… ……! シッ!」

「……!! きたのです……!」


 上空から飛んできた言葉に、思わずヒグマも身を潜める。

 その目に……

 さすがの、密林迷彩効果だった。

 ビックリするくらいの距離まで、気付かなかった。木立と、生い茂る下草のあいだを……ネコ科特有のしなやかな足音が、


「~~♪」


 そして独特の、美しい斑点模様の毛皮が近づいてきていた。その姿は、川べりに出ると真っ直ぐ、あのヒトの遺産である箱の方へ……


「……かかったのです」

「……さあ。その箱の中で、あさましく身悶えするのです」


 その箱に、ダンボール箱に気づいたネコ科の猛獣は。


「あれえ? なにこれ、なにこれ。みたことなーい、ふっしぎー?」


 その猛獣の、切れ上がった美しい瞳がいっぱいに見開かれ、しなやかな手足が段ボール箱の周りを探りまわる。


「……なんですかあれは」

「……まさかあれは」

「……。ジャガー……じゃ、ない……」


 ネコ目ネコ科オセロット属、オセロット。

 どうやら水浴び帰りらしいその美しい猛獣は、キラキラした瞳と顔を箱の中に入れて匂いをかぎ、そして身体を箱の中へ……


「すっごくふしぎ! あ~、こんなのはじめて~。……にゅー、きもちいい……」


 すっぽり、身体をまるめて箱の中に収まったオセロットの顔。その目と口がただの線に、笑顔になって、そしてすぐ。


「おひるね、しよ……。……すぅ~…………」


 ネコ科特集の神速で、オセロットは段ボール箱の中で丸くなって、寝た。


「……ははは、ジャガーより先に、オセロットが見つけちゃったか」

「……。納得いかないのです。どうなっているんですヒグマ!?」

「……。ヒグマ、そいつを起こして箱から出しなさい」

「ちょ。寝てるネコ科を起こすとか。生命がいくつあっても足らないよ……!」

「おくしたのですか。最強ハンターのおまえが」

「こんなときだけ持ち上げんでください。……それに見てくださいよ、あの顔」


「……すぅ…… ……むー……ふしぎ、すずしくてあったかい…………」


 コロコロ喉を鳴らし、気持ちよさそうに丸めた身体を動かす、猛獣。


「……失敗したのです。……いや、成功です。われわれはかしこいので」

「……ネコ科への、ダンボール箱の特効をこの目で確かめましたね、博士」

「これならジャガーどころかライオンだって、ちょちょいのちょいです」

「ライオンだろうと、ちょろいのちょいですね、博士」

「……はぁ。戻りましょうか、博士」

「そうですね。今日は熱くて疲れて、おなかがすいたのです」

「かしこいとおなかがすくのです。ヒグマ、いつもより早めに支度を頼みますよ」

「はいはい。……あ、でもこっちは走りだから」


 ……博士たちは行ってしまった。


 ヒグマは、ため息ついて……しあわせそのものの顔で眠る猛獣にうらやましそうな目を投げた。

 

                                 おしまい

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