ぎょいこう

朝星青大

第1話


ほうずきさん企画・第三十一回・三題噺参加作品




短篇小説【ぎょいこう】





新年度を迎えて恒例の行事と言えば、花見と歓迎会だ。




「矢板くん。雪森さんと一緒に、お花見の場所取りをお願いね」


三日前に獅子女の異名を轟かせる宍戸課長から、花見の場所取りと買い出し担当を命じられた。


獅子女とはスフィンクスの意味で、誰が名付けたのかは定かではない。宍戸という名前と強い女性管理職のイメージから名付けられたのだろう。そう言えば、課長の目ばりはスフィンクスと似ているかも知れない。宍戸課長はシングルを貫いて我が社のスフィンクスとなった。そう言えなくもない。巧く名付けたものだ。


場所取りと買い出しの主任は雪森で、僕はサブだ。早い話が僕は彼女の手下なのだ。


雪森はメガネ女子だ。メガネ女子だが秋田美人だ。彼女は同期の女子社員で、仕事をこなす能力は僕よりも高い。2年経って、それがよく分かった。雪森は英検準1級で英語教師も出来る実力がある。第二外国語はドイツ語で、簡単な日常会話程度なら、それも出来るという。彼女が商談で宍戸課長に随行する理由はそれだ。雪森は、いずれ宍戸課長のように女性管理職として活躍するのだろう。


朝のミーティングで雪森が伝えていた。


「本日のお花見会は16時から開始です。15時20分には仕事を切り上げて、現地へ集合して下さい。場所はメールでお伝えしてある通りで、変更はありません。お花見の後、二次会の幹事は西原さんです。よろしくお願いします」


簡潔で無駄がない。溌剌として自信に満ち、爽やかに語るその姿は、僕が密かに憧れるほどだ。





「矢板くん。午後いちでA倉庫からブルーシートと台車を出して営業車に積んで置いてくれない ? 」


11時に雪森から連絡があった。


「うん。いいけど」


「それが終わったら連絡して」


「買い出しは?」


「だから、Yマートに来てるのよ。ビールと焼酎と烏龍茶を押さえて、取り置きして貰ったところ。紙コップとタオルとポケットティッシュは近くの百均で買うとして、オツマミを10人分、見つくろって買っておくわ」


「ふーん。手回しがいいな。じゃあ僕はブルーシートと台車を積んでYマートへ向かえばいいんだね ?」


「そうよ。お昼を済ませてからでいいわよ。あたしは、ここのイートインコーナーで食べるから。それと動きやすいように私服に着替えて来てね」


「オーケー、分かった」


彼女の指示には抜けがない。畏れ入りました。







公園の駐車場からお花見広場までは300mほどの距離があって、缶ビールを積んだ台車を押して歩くと10分かかった。雪森はジーンズの私服に着替えていた。


「お花見の場所は、道沿いで分かりやすく、トイレが近くに有るかがポイントなのよ」と彼女は言う。


そこまで配慮しているとは……僕は、なるほどと頷くばかりだ。


ブルーシートを張り終わって、僕はもう一度、車へ向かう。烏龍茶と缶チューハイを運ぶ為だ。雪森はウエットシートでブルーシートを拭いている。








あれは ?!


雪森が誰かと対峙している。


場所取りで揉め事になったのだろうか ?


台車を停めて急ぎ近づいてみると、見覚えのある老人だった。


ひょうたん横丁の入口で占いをやっている王先生だ。作務衣と頭巾に特徴がある。


「王先生 ! どうしたんですか ? 」


「おう ! 健太郎くんか」


「矢板くん……」


「先生も、お花見ですか。何があったんです ? 」


「なに、この……こ生意気な小娘に口の利き方を教えてやっているところだ」


「まあっ ! 小生意気な小娘だなんて……」


「そうでしたか。すみません。彼女は僕の同期で雪森あけみと言います」


「ほおっ ! そうだったか」


「一体、何があったのですか ? 」


「うむ。あそこで遊んでいる子供達の蹴ったボールが、このブルーシートの上に飛び込んだ。この女は、子供を捕まえて、他へ行けなどと偉そうに」


「まあっ ! 偉そうにだなんて。私が、いつ、偉そうにしたんですか ! もう少し向こうで遊んでねと話しただけじゃないですか ! おじいさんこそ話を盛らないで下さい ! そもそも関係ない人が、どうして、あたしに絡むんですか。酔っ払いのくせに」


「まあまあ……雪森さんも感情的にならないで。ここは僕に任せて」


「なにい ! 酔っ払いだとお ? わしのどこが酔っ払いなんだ ! 酔っ払うのは、これからだ。いい加減な事を抜かすな ! この……たこ……たこ焼き女が ! 」


「王先生 ! どうか ! どうか、ここは抑えて下さい。彼女には僕から言って聞かせますから」


「健太郎くん。おまいさんも大変だな。こんな、たこ焼き女と一緒に仕事をさせられるとは。いくら仕事とは言え、気の毒に……」


「いえ、雪森は我が社でも有能で有望な社員です。王先生から見れば、まだまだかも知れませんが」


「ああ、まだまだだな ! 」


「なにが、まだまだなんですか ! 酔っ払いじじいが偉そうに」


「雪森 ! 口が過ぎるぞ ! 」


僕は、思わず強い口調で彼女をたしなめた。


「王先生と少し散歩して来るから、後を頼むよ」


箱から缶ビールを2本取り出して、彼女に了解を求めた。


「ええ、いいわ。でも、なるべく早く戻ってね」







「王先生、一杯やりましょう」


池のほとりにあるベンチを見つけて腰を降ろした。


「おう、かたじけない」


「いい陽気になりました。春爛漫とは、この事ですね」


公園内の桜は殆ど満開で、春の陽射しが暖かい。見上げると薄緑色の桜が咲いていた。


「王先生、この薄緑色の桜はソメイヨシノとは違う種類なんですよね ? 」


「もちろん違う。こいつは御衣黄だ。貴婦人桜とも言う」


「ギョイコウ……どういう字を書くのですか ? 」


「御意の御、衣、黄色と書いて御衣黄だ。花の色が高貴な貴族の衣裳の萌黄色もえぎいろに似ているからだそうだが……実は、この桜は黄緑からだんだんにピンクへと変わっていくのだ」


「これから色が変わるんですか。不思議だなあ」


「それにしても……健太郎くん、見直したぞ。あの一喝で、たこ焼き女を黙らせたな」


「はあ、つい、声を荒げてしまいました」


「しかし、大丈夫か ? この先、仕事でやりづらくならんか ? 」


「なあに、大丈夫です。彼女は頭のいい女性です。自分が言い過ぎた事に気づいている筈です」


「そうか。それならいいんだが。儂も大人げなかった。弾みでつい……な」


「このたこ焼き女が ! あははは……あれには吹き出しそうになりました。彼女には意味が分からなかったと思います。先生、実を言えば彼女はドイツのクオーターなんです」


「クオーター ? 」


「ええ。彼女の祖父がドイツ人なんです。瞳の色が少しだけ緑がかって。だから、それをメガネで隠している訳です」


「ほう ! そうか。あの人種は頑固だからな。だから、あの女は減らず口なのか」


「王先生 ! 」


「いや、すまん。冗談だ」









1時間ほどで戻ると、雪森が駆け寄って来て訊いた。


「矢板くん、どうだった ? 」


「うん。誰も悪くないんだ。王先生も大人げなかったと言ってた」


「ほんとに ? 」


「ああ、本当さ。王先生は、ひょうたん横丁じゃ有名人なんだ。占いの先生」


「そうなの。あたしも勢いで、つい、酔っ払いじじい ! なんて言っちゃって。だって、たこ焼き女なんて訳分かんないこと言うんだもの」


「あはははっ……やっぱり……そうだろうと思った」


僕等はブルーシートの真ん中で足を投げ出して座った。


「やっぱりって ? 」


「ひょうたん横丁に、たこ焼きの店があるんだ。そこのおかみさんが、いい人なんだけど口やかましい人でね。メガネをかけてる。王先生は怖いもの無しなんだけど、たこ焼きのおかみさんには敵わない。メガネをかけた風貌が雪森に少し似ている。だから、うぷぷぷっ ! 」


「なによ、思い出し笑い ? 」


「いや、だって……王先生も言うに事欠いて……この、たこ焼き女 ! ……あははは……ごめん」


「ねえ、今度、その、ひょうたん横丁に連れて行ってくれない ? 」


「どうして ? たこ焼き女の顔を見てみたい ? 」


「ええ。だって気になるじゃないの。あたしを見て、その人を連想したんでしょ ? 」


「そうだろうね。オーケー。来週の月曜日に行こうか。それにしても王先生の言葉は影響力あるなあ。雪森をそこまで動かすとは。感心しちゃうよ」


僕は、そう言いながら、さっき眼にしたばかりの御衣黄を思い出していた。


雪森あけみ……君はね。君は気がついてないかも知れないけど、僕にとっては御衣黄なんだ。不思議な魅力がある。


「雪森さーん……」


部署の仲間が手を振りながら駆け寄って来る。雪森は立って手を振り返している。




ー了ー





お題【新年度】【横丁】【獅子】






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