Climate 7 スーパー銭湯に全員集合。気候性の違いで乱闘騒ぎのち大惨事!?
翌日。夜七時ちょっと前、西風宅。
「英晴、智晴。給湯器が壊れたみたいなの。英晴が幼稚園に入った頃からずっと使ってるからとうとう寿命が来たみたいね。明日修理屋さんに来てもらうから、今日は二人とも銭湯行ったら? 母さんは今日一日くらいいいから」
母は、晩御飯を食べにダイニングへ来た英晴と智晴に、こんなことを伝えて来た。
「まあ俺はべつにそれでいいけど」
「たまには銭湯もいいわね。雪乃お姉さんも誘おっか?」
智晴はさっそく雪乃宛のラインにその旨を送信。約一分後、【もちろん同行します。気候擬人化の皆さんもいっしょに連れて来て下さい。銭湯代は私が払うので。】と返信が来た。
ってなわけで英晴、智晴、雪乃、気候擬人化キャラ達。計八人で西風宅からは徒歩15分程度の所にある露天風呂付きスーパー銭湯、蛍ノ湯へ行くことに。
ちなみに気候擬人化キャラ達は西風宅から外へ出てから人間化した。
「蒸し暑い夜だけど、フィヨルドちゃんの側にいると寒いくらいね。うちの考えた設定通りになってるね」
「さすが冷帯・寒帯気候さんだね。天然のクーラーにもなるよ」
智晴と雪乃はほんわか顔で褒める。
「Kiitos!」
フィヨルドは照れてお顔をしもやけになったかのようにほんのり赤くさせた。
「日本の真夏は赤道直下と変わらないぜ。特に大阪はな」
「でも昼間の気温は砂漠気候には勝ち目ないよね」
カナートはどや顔で呟く。そのあともみんなで楽しく会話を弾ませながら歩き進んでいき、夜七時四五分頃に蛍ノ湯に辿り着くと、
「ここは俺、初めて来たよ」
「英晴お兄さんもいっしょに女湯入る?」
「入るわけないだろ」
ロビーの受付にて英晴が代表して、みんなの分の入湯料と、持参してない気候擬人化キャラ達の分のバスタオル代を支払った。
当然のように英晴は男湯、他のみんなは女湯の暖簾を潜る。
女湯脱衣室。
「この子もいっしょに入れてあげようっと」
テラロッサがある生き物を召喚して自分の手のひらに乗っけると、
「きゃっ、きゃぁぁぁっ!!」
雪乃は甲高い悲鳴を上げて思わず仰け反った。そして側にいたフィヨルドに抱きつく。
「テラロッサちゃぁん、カエルさんを出しちゃダメだよぉ」
さらに涙目で注意した。恐怖心と、フィヨルドの体の冷たさからくる寒さも相まってガタガタ震えてしまう。
「テラロッサさん、銭湯に人間以外の生き物を入れるのはманеры(マニェール)違反ですよ」
フィヨルドはやんわりと注意した。
「このカエルさんは、国土の大部分がCfb、西岸海洋性気候なフランス料理にもよく使われててすごく美味しいみたいだよ」
テラロッサは楽しそうに解説する。体長十センチほどのヨーロッパトノサマガエルだった。
「温帯のカエルは地味だなぁ。熱帯にはこんなカエルもいるんだぜ」
セルバは自慢げに伝えコバルトブルー、赤、黄などカラフルな体色をした数種類のヤドクガエルを召喚させた。そいつらは自由気ままに脱衣室の床をぴょんぴょん飛び跳ね回る。
「テラロッサちゃぁ~ん、セルバちゃぁ~ん、お願いだからすぐに片付けて。おウチで遊んでね」
「はーい」
「ミンタマーフMbak・ユキノ」
雪乃に涙目で注意されると、テラロッサとセルバは素直に捕まえて消滅させたのだった。
「雪乃お姉さんの虫嫌いは相変わらずね」
智晴はふふっと微笑んだ。
「虫さんはどう頑張っても一生克服出来ないよ。フィヨルドちゃん、腕と足以外のお肌も白くてきれいだね」
「うちのデザイン通りね。人間化してより一層美しさが引き立ってるわ」
「スパシーバ」
雪乃と智晴に全裸姿を見つめられ、フィヨルドは照れ笑いを浮かべる。
「カナートお姉さんのあそこも、うちのデザイン通りつるつるになってるね」
「砂漠にも少しは植物生えてるし、ワタシのアンダーヘアも薄っすらとは生やして欲しかったな。ヒデハルくんにあんなこと言った手前、絶対見られたくないよ」
「Mbak・チハル、アタシのあそこはジャングルにして欲しかったぜ」
「セルバちゃんのあそこをつるつる設定にしたのは、エメラルドグリーンに煌く海をイメージしてるからよ」
「そうなのか。初耳だな」
「ちなみにテラロッサちゃんのつるつる設定は、まだ子どもだからってもあるけどゴールドコーストの白い砂浜もイメージしとるんよ」
「そうなんだ。智晴お姉ちゃん常夏のイメージがあるゴールドコーストはじつは温帯気候ってことちゃんと知ってたんだね」
「あの、智晴さん、ミナの下の毛はけっこう生えているのですが、生え方のイメージは、タイガですよね?」
「あったり♪ 初期設定では氷床のようにつるつるだったけどね」
「無毛のつるつるもこの歳になると嫌ですね。ツンドラ地帯のコケ植物のように薄っすらと生えさせて欲しかったな」
「わたくしのは、程よい生え方だけどイメージは高山植物群かしら?」
「クスコお姉さんのはチチカカ湖に自生するトトラをイメージしたよ」
「そうでしたか」
そんな会話が否応なく耳に飛び込んで来て、
下品な話だけど、例え方は上品だね。
雪乃は思わず苦笑いを浮かべたのだった。
☆
女の子達はみんなすっぽんぽんで浴室へ。
「ちょうど先客が出て行って誰もいなくなったな。まるで貸切状態だな」
「思う存分爆弾低気圧のように暴れ回れるね」
「セルバちゃん、テラロッサちゃん、いくら他のお客さんおらんくても銭湯で暴れちゃダメよー」
「はーい」
「分かりましたのだMbak・チハル」
「あっ! 緑茶の香りのシャンプーとボディーソープがあるぅ。あたしこれ使おう!」
「アタシはパイナップルの香りの使うぜ。Si・テラロッサ、髪の毛洗ってあげるぜ」
「ありがとうセルバお姉ちゃん、あたしはお背中流すよ」
セルバ、テラロッサ、クスコ、智晴、雪乃、カナート、フィヨルドの並びで洗い場シャワー手前の風呂イスに腰掛け、髪の毛と体を洗い流していく。
「ねえユキノちゃん、リアル彼氏のヒデハルくんの特に惹かれる部分はどこかな?」
カナートから唐突にされた質問に対し、
「優しくて、背があまり高くなくて女の子みたいな顔つきと体つきで、話し方も穏やかで威圧感がないところ。からかうと面白いとこ、かな」
雪乃は悩むことなくにっこり笑顔できっぱりと伝えた。
「雪乃お姉さんも、やっぱうちと同じような一面に惹かれてるんだね」
智晴はふふっと笑った。
「おう! 男らしさがあまり無い方がチハルちゃんやユキノちゃんは好きなんだね」
「そうだよ。大柄で筋肉質な子とか、厳つい顔の男の子は襲われそうで怖いなって感じちゃうよ。ところでカナートちゃん、私、英晴くんのこと大好きだけど、彼氏って言われるのはなんか照れくさいな。私にとって英晴くんは、家族同然のお友達だよ。彼氏彼女っていうのは、ある程度大人になってから、思春期以降、中学生や高校生になってから初めて知り合った男の子と女の子が、お互いのことを好きになって付き合い始めた場合に初めて言えるんじゃないかな? 私と英晴くんは、赤ちゃんの頃からいっしょに写ってる写真もあるくらいの筋金入りの幼馴染同士だから」
「いやいや、デートも経験したんだからヒデハルくんとユキノちゃんは立派な彼氏彼女の関係、恋人同士だよ」
「うちもそう思うよ」
カナートと智晴は両サイドからにやりと微笑みかける。
「あれはデートじゃなくて、交友だよ」
雪乃はてへっと笑った。
「ミナは、雪乃さんと英晴さんはなまらお似合いのカップルだと思いますよ」
フィヨルドから爽やかな笑顔でこう言われ、
「そうかなぁ?」
雪乃は照れ笑いを浮かべつつ、俯き加減になりいちごの香りのシャンプーで髪の毛を洗い流していく。
「雪乃ちゃん困ってるし、その話はこの辺にしといてあげましょう」
クスコは微笑み顔で注意してあげた。
その直後、みんなの頭上からドバァァァァァァァァーッ! と滝のような雨が。
ゴロゴロゴロッ! と雷鳴も鳴り響く。突風も起こった。
「アタシのスコールでシャワー代わりになるぜ」
セルバのしわざだった。黒い雲が豪雨と雷鳴をもたらしながら天井付近をゆらゆら漂っていた。
「これすごく楽しいでしょう? よかったらあたしの夕立現象も合体させるよ」
テラロッサはとっても嬉しがっていたものの、
「セルバちゃん、危ないよ。それに私まだ体洗い終えてないよ」
「恵みの雨だけど、これはちょっとやり過ぎだね」
「セルバさん、蒸し暑くてべたついてなまら肌触り悪いです。今すぐやめなさい。公共の場でふざけて危険な気象現象を起こすのはマナー違反ですよ」
雪乃、カナート、フィヨルドには大不評だ。
「分かりましたのだMbak・フィヨルド」
セルバはしぶしぶスコール現象をやめてあげた。
「うちはけっこう楽しめたけどね。熱帯の気象現象がこの場で体験出来たんだし」
「プチノアの方舟気分ね」
智晴とクスコは満足顔で伝える。
「ワタシにはかなり堪えたよ」
カナート達が引き続き体を洗っていく中、
「Si・テラロッサ、南赤道海流攻撃だぜ」
「きゃんっ! やったなセルバお姉ちゃん、仕返しぃ。くらえ黒潮っ!」
「同格かぁ。打ち消されて流れ止まったぜ。これならどうだ! ポロロッカ攻撃」
「きゃぁん♪ すごい流れぇ~。あたしも負けないよーっ! 銭塘江の海嘯」
「ブハァッ! これも同格かな?」
セルバとテラロッサは浴室内の泡の出る岩風呂へドボォォンと勢いよく飛び込み、仲睦まじくはしゃぎ回る。
「いっちばん♪」
カナートは髪と体を洗い終えると、浴室内の岩風呂はスルーして真っ先に露天風呂に向かい、湯船に静かに飛び込んだ。その瞬間に湯気がより一層モクモク上がる。
「ぃえーっぃ!」
続いてやって来たセルバは足から飛び込んだ瞬間、
「あっつうううう! 熱過ぎるぜMbak・カナート。五〇℃以上はあるだろ」
反射的に飛び出す。そのあとはゆっくりと浸かった。お湯の温度は徐々に下がって四五℃くらいに。
「まだちょっと熱ぅい。フィヨルドお姉ちゃん早くぅ」
次にテラロッサが入ると、四三℃くらいまで下がった。
「すぐ行きますね」
フィヨルドはゆっくりと湯船に歩み寄り、静かに行儀よく浸かった。
「あらま、凍ってしまいました」
たちまち一部が氷結する。
「つめてぇぇぇーっ!」
「一気に水風呂だね」
セルバとテラロッサはカタカタ震える。
「フィヨルドちゃんの低温要素強過ぎだよ。この温度じゃ長風呂出来ないね」
カナートは苦笑いを浮かべた。砂漠気候の特徴ゆえか、急激な温度変化と寒さに対する耐性はけっこう強いのだ。
「わたくしが入っても若干上がった程度ね。お部屋の中だとわたくし達五人揃えば程よい温度になるけど、お湯だとそうはいかないみたいね」
「私は浸かれそうにないなぁ」
「うちも無理」
雪乃と智晴は足先だけを一瞬浸けて判断した。
「ねえフィヨルドちゃん、ちょっと出てくれないかな?」
「Mbak・フィヨルドだけ出てくれたらちょうど良い温度になると思うんだ」
「ミナはお風呂は凍るくらいの温度が心地よく感じますから。異常に高い温度を出すカナートさんが出るべきだと思います」
フィヨルドはほんわか顔で主張する。
「嫌だよ」
カナートはむすっとなった。
「ミナも嫌です。カナートさん、室内の岩風呂に浸かればよろしいのでは」
「ワタシはオアシスの環境に近い露天風呂に一番入りたいのっ!」
「ミナも、開放的な露天風呂が一番好きなんです。出来れば独りで満喫したいです」
フィヨルドはほんわか顔で主張する。
「フィヨルドちゃん自己中だよ。あ~、ムカついたぁ。ガラガラヘビ召喚しちゃえっ!」
カナートによって空中に召喚された全長七〇センチほどのヨコバイガラガラヘビ数匹は、重力に逆らえず湯船の中へ。
「きゃっ! カナートさん、危ないじゃないですか」
フィヨルドは慌てて湯船から外へ出た。
水温が一気に上がり、浮かんでいた氷はあっという間に融けていく。
「危な過ぎるよっ!」
「これはシャレにならないわね」
雪乃と智晴は急いで浴室内に逃げた。その場所から成り行きを眺める。
「カナートさん、お仕置きです」
フィヨルドはカナート目掛けてふぅーっと吐息を吹きかけた。
「ひゃんっ! 寒いよフィヨルドちゃん」
雪まじりの突風を食らわされたカナートはブルルッと震える。
「さっみぃぃぃぃぃ~。やったなMbak・フィヨルド。アタシはピラニアとイリエワニとテナガザルとアナコンダとジャガー召喚で対抗するぜ。熱帯は危険動物の宝庫だぜ」
セルバも巻き添えを食らってしまった。
「あたしは日本固有種のムササビさん召喚しようかなぁ」
「ワタシ、サソリとコヨーテも召喚しちゃうよ」
「そんな高温の環境下でしか生きられないへたれな危険動物さんを召喚したところで、ミナのブリザード攻撃でいちころですよ」
フィヨルドは余裕綽々だ。夜空に一瞬、エメラルドグリーンに輝くアーク型のオーロラも見えた。
「ちょっと皆さん、智晴ちゃんや雪乃ちゃんや、他のお客様達の大迷惑になるでしょ。すみやかに消しましょうね」
カナートとセルバによって露天風呂内に危険動物をたくさん召喚され、クスコは隅っこに逃げて困惑顔で注意する。
「露天風呂、動物園状態になってるやん。きゃっ! サル襲って来たし。動き速っ!」
「ゃぁん。やっ、やめておサルさん」
智晴と雪乃は浴室に移動して来た数頭のテナガザルにしがみ付かれ、胸やお尻を揉まれてしまう。
「このお猿さん、智晴お姉ちゃんと雪乃お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」
テラロッサはすぐ側で楽しそうに眺めていた。
「ミンタマーフMbak・チハル、Mbak・ユキノ。すぐに消滅させるから」
フォァッ、フォァァァッ、フォァッ、フォァァァッ!
「あんっ、んっ♪ あっ♪ 吸い付きよ過ぎ。めっちゃ気持ちええわ~」
智晴は恍惚の笑みを浮かべる。
「おサルさん、私にも懐いちゃってるみたいだよ。怖い、怖い。離れて、離れて」
雪乃は恐怖心を感じるも、気持ち良ささも感じていた。
「熱帯のお猿さんなので、寒さになまら弱そうですね。ミナのブリザード攻撃で瞬殺出来そうですが、それ使うと智晴さん雪乃さんも巻き添えになってしまいますね。ミナは湯船のピラニアさん達を片付けます」
フィヨルドはおっかなびっくり湯船に飛び込む。すると一瞬でフィヨルドのいる周囲数十センチ以外のお湯が全面凍結し、泳いでいたピラニアも凍結したちまち消滅した。
「お猿さん、いい加減離れなさい」
クスコは雪乃を襲う一匹を攻撃しようと試みたが、
フォァァァッ!
かわされ風呂椅子上へ飛び移られた。
「いたっ、足引っ掻かれたわ」
「クスコさん、大丈夫ですか?」
「うん、平気よフィヨルドちゃん」
「少し血が出ています。手当てしますね」
「Sulpayki.んっ♪ 冷たいけど気持ちいいわ」
「Пожалуйста.」
傷口をフィヨルドの手のひらから出る氷で冷やしてもらい、クスコは恍惚の表情を浮かべた。
「Si・テナガザル、これに耐えられるかな?」
セルバは自分に襲い掛かって来た二匹のテナガザルに、中心付近の最大瞬間風速七〇メートル以上の台風攻撃を食らわす。
フォァッ! フォフォァ!
見事命中し、二匹とも暴風雨に煽られ瞬く間に消滅。
「お猿さん、これでもくらえっ!」
テラロッサはその台風を受け取ると猛烈発達温帯低気圧に変えて、雪乃とクスコを襲ったテナガザルに直撃させた。
フォァフォァファッ!
そのテナガザルは暴風雨と雷に煽られ、五秒足らずで消滅。
「やったぁ! 大成功♪」
テラロッサは満面の笑みを浮かべてガッツポーズ。
「ユキノちゃん、チハルちゃん、ちょっと熱いけど我慢してね。ハムシン攻撃で」
カナートが熱風を食らわすと、
フォァッ、フォァァァァッ!
テナガザル達はびくっと反応して雪乃と智晴の体から離れてくれた。
その一秒後には消滅。これにてテナガザルは全て消えた。
「ええ体験出来たわ~。カナートちゃんのハムシンもサウナに入ったみたいでけっこう気持ち良かったで。ちょっと濡れちゃったよ♪」
智晴は大満足げ、
「お猿さんはかわいかったけど、怖かったぁ~」
雪乃はくたびれた様子でホッと一息ついた。
「そういえば、ワタシが召喚したガラガラヘビは、どこへ行ったのかな? フィヨルドちゃんもう消した?」
カナートは周囲をぐるりと見渡してみる。
「いえ、ミナがピラニアさんを消そうとした時にはすでに姿は見えませんでしたので、おそらくは……」
フィヨルドのお顔はみるみるうちに蒼ざめて来た。
「ガラガラヘビもコヨーテも、アタシが召喚したイリエワニもアナコンダもジャガーも、柵を飛び越えて外に出て行っちまったみたいぜ。アタシ達がテナガザルと戦ってる間に」
セルバは苦笑いで伝えた。
「早急に捕まえに行かなきゃ、ご近所中がなまら大変なことに。Простите.ミナもピラニアさんやテナガザルさんやサソリさん退治に気をとられていて、うっかり見逃してしまいました」
フィヨルドは恐怖心と罪悪感からかカタカタ震えながら言う。
「Mbak・フィヨルド、またトロールに変身して楽勝だな」
セルバはにこっと微笑みかける。
「もうあの姿にはなりたくないです」
フィヨルドはしょんぼりした表情で主張した。
「フィヨルドちゃん、今は緊急事態よ」
クスコは肩をポンッと叩いてお願いする。
「フィヨルドちゃん、頼むよ。ワタシ、フィヨルドちゃんを信じてる」
「そう言われましても……」
「アタシが行ってくるよ。召喚物はMbak・クスコが取り出したやつやリアルのよりは弱いから勝てそうだし」
「ワタシも、協力するね。怖いけど、そもそもの原因作ったのはワタシだし」
セルバとカナートは急いで脱衣室へ。
「それならば、ミナも協力しますね。もうあの姿には絶対なりませんが」
フィヨルドもあとに続く。
「うちも協力してあげたいけど、あの子達だけでもなんとかなるよね?」
智晴は苦笑い。危険動物でも召喚出来る設定を作ってしまったことに関し、罪悪感に駆られていた。
「わたくしは、外に出た動物さん達が万が一戻って来た時に備えてここに留まっておくわ」
クスコはにっこり笑顔できっぱりと伝える。本音は戦うのが怖いのだ。
「クスコちゃん、頼もしいよ。英晴くんにこのこと知らせなきゃ。もう上がってるかな?」
そんなクスコの心境を察せれなかった雪乃も脱衣室に戻り、全裸のままスマホをマイポーチから取り出し英晴の電話番号に連絡する。
発信してから十秒足らずで出てくれた。
「雪乃ちゃん、何か用?」
「あのね、カナートちゃん達が湯船のお湯の温度のことで気候性の違いでケンカしちゃって、セルバちゃん達が召喚したイリエワニさんやアナコンダさんとかの危険動物が、お外に出て行っちゃったの」
「それ、かなりやばいだろ」
すでに風呂から上がり、脱衣室で服を着ている途中だった英晴の表情は若干引き攣る。
「セルバちゃん達が今から消しに行ってくれるけど、心配だから英晴くんもお風呂から上がったらいっしょに協力してあげて」
「俺にはどうにも出来ないって」
「頼んだよ。期待してるよ」
「あの、雪乃ちゃん、こういうのは警察に……切られたか」
セルバとカナートとフィヨルドが着て来た服に着込み終え、ロビーを通り抜け外へ出てからほどなく、英晴もロビーへ。
ここは俺も行かないと、男として情けないよなぁ……なんか力士っぽい人がいるし。あの人に協力してもらうか。
「あのう、すみません」
マッサージチェアに腰掛け、週刊少年漫画雑誌を読んでくつろいでいた力士っぽいお方に、英晴は恐る恐る声を掛けた。
「ほへ?」
力士っぽい人はくるっと振り向く。
「なんか、この辺りに、ワニとかアナコンダとか、危険動物が逃げ出してしまったようなので、退治に、協力していただけないでしょうか?」
英晴が苦笑いを浮かべてお願いすると、
「和邇って、海にいるもんだべ。鯨ほどでっかくはねえんだが人を食い殺すおっそろしい生類で、べらぼうに強えし、海ん中じゃ天狗みてえな顔したペリーが連れて来た異国のレスラーとボクサー相手に赤子の手を捻ったこちとらみてえな力自慢の男共十人くれえでかかっても敵わねえけどよぉ、陸に上がっちまったんならこちとら一人でも楽勝だべ」
力士っぽい人はきょとんとなったのち、目をきらきら輝かせ興奮気味に自信満々な様子で話を続ける。
「その、ワニザメじゃなくて、爬虫類の方でして」
英晴が困惑気味に伝えると、
「穴子も海のもんだろ。あれ天ぷらや寿司や白焼きにして食うとべらぼうに美味えよな」
力士っぽい人は満面の笑みを浮かべながらこう呟いた。
「穴子じゃなくて、アナコンダです」
「ほへ? よく分からねえけど、こちとら、困ってる人がいたら放っておけない性(さが)なんで、任せてくんろ」
「ありがとうございます」
「お安い御用でげす」
よかった♪ ちょっと天然ボケなとこもあるけど、見た目通り頼りがいありそうだ。今名古屋場所中だし、本物の力士じゃなさそうだけど。売れない無名のお笑い芸人かな?
快く引き受けてくれ、英晴はホッとした気分で感謝する。
こうしてこの二人も外へ。五〇メートルほど歩き進んだ所で、
「うっそやろ」「そんなんあり得へんわ~」「マジマジ、ワニが橋んとこから川に飛び込んだん見てんってっ!」「それ絶対亀かトカゲの見間違いやで」「いやほんまやねんって」「見てみてぇ~」「おまえ酔っとるやろ?」「酔ってへんわ~」
大学生らしき男女集団が笑いながらそんな会話をしているのを目撃した。
すでに目撃者が出てるみたいだな。
英晴は心の中で突っ込んでおいて引き続き捜索。
そこからさらに百メートルほど歩き進むと、
「あっ、いましたね。あそこに」
街灯で照らされた歩道上に、イリエワニの姿を発見してしまった。遠くから確認する。
「ほげえええええっ! あんな化け物、倒せるわけないでげす。食わないでけろーっ!」
力士っぽいお方は途端に顔を青ざめさせ、横を走っていた車に匹敵するくらいの猛スピードで、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら逃げ去ってしまった。
「案外、頼りなかったな」
英晴は呆れ顔だ。
イリエワニは英晴に気付いたようで口をガバッと大きく広げ牙を向けて近寄って来た。
俺も逃げなきゃな。カナートちゃん達に早く居場所知らせないと。いや待て。あの子達、携帯持ってないよな?
英晴も一目散にその場から逃げ出す。
同じ頃、フィヨルドは児童公園内でコヨーテ三頭と格闘中。
「コヨーテさん、До свидания.」
トロールには変身せず、五メートルほど離れた場所からブリザード攻撃を食らわし、あっさり消滅させた。
カナートの方は住宅地の一角で、街路樹から突如襲い掛かって来たオオアナコンダと格闘中。
「意外と楽勝だったね」
自身の周りの気温を五〇℃以上まで上昇させる灼熱と、ハムシン砂嵐のダブル攻撃によりノーダメージで勝利を収めた。
「危うく噛まれるところだったぜ」
セルバは河川敷で、最大瞬間風速八〇メートル以上の台風攻撃を食らわしヨコバイガラガラヘビ二匹に勝利。
そんな中、
「すごく快適だよ♪ 気持ち良い♪」
「星もきれいに見えるし、高原リゾートの露天風呂にいる気分ね。最高や♪」
「わたくし達の周りだけ、標高一五〇〇メートルくらいの環境になってるわよ」
「あたしがここから離れたら雪乃お姉ちゃんと智晴お姉ちゃん、高山病になっちゃうね」
雪乃、智晴、クスコ、テラロッサは程よい温度になった露天風呂を満喫していた。
「あら、今日はいつもより空気が澄んでる感じがするわ~」
「ほんまやねぇ。極楽やわ~♪」
ほどなく入って来た他のおばちゃんなお客さん達にとっても、この環境は快適だったようだ。
「カナートちゃん達、上手くやってくれてるかなぁ?」
星空を見上げている時そんな心配がよぎった雪乃に、
「きっと大丈夫だよ。あたしとクスコお姉ちゃんより自然環境過酷だもん」
テラロッサが自ら発生させた海流的流れに乗って水中をぷかぷか漂いながら、自信を持ってこう主張したのと同じ頃。
やばい、やばい。絶対追いつかれるっ!
英晴は引き続きイリエワニから逃げ惑っていた。
けれども容赦なく牙を剥かれ、一気に詰め寄られてしまう。
こうなったら……
英晴は運良く側に捨てられてあったコーヒーのスチール空き缶を拾い、五メートルほど先にいるイリエワニ目掛けて投げつけた。
グァッ! 見事命中し、イリエワニ、怯む。
効いたか?
英晴は安心することなくすぐに逃げ、イリエワニから少し距離を広げることが出来た。
だが、瞬く間にさっき以上に詰め寄られてしまう。
やばいっ! より一層怒ってらっしゃる。
英晴、万事休す。あと三メートルくらいまで迫って来た。
しかしその時、
「英晴さん、もう大丈夫ですよ」
「待たせたなMas・ヒデハル」
フィヨルドとセルバが助けに来てくれた。英晴とイリエワニとの間に入ってくれる。
「おう、またこの前のライオンに襲われた時みたいにギリギリで参上かぁ」
英晴の表情はほころんだ。
「いやぁ、今回は二分前にはMas・ヒデハルの事態に気付いてたんだけど、絶体絶命のピンチになってから助けた方がドラマ性があるかなって思って待機してたのだ」
「おいおい、そこはそういう演出いらないから」
セルバから満面の笑みでされた発言に、英晴は苦笑いでやや呆れる。
「イリエワニさん、До свидания.」
フィヨルドは爽やかな笑顔を浮かべながら、イリエワニにブリザード攻撃を食らわす。
イリエワニはみるみるうちに完全凍結し、その一秒後には消滅した。
「フィヨルドちゃん強過ぎ」
「Mbak・フィヨルドのブリザード攻撃はチートだな」
英晴とセルバは深く感心する。寒さに震えながらも。
「いえいえ、それほどでも。アムールトラさんやホッキョクグマさんにはほとんど効かないですよ」
フィヨルドは謙遜気味に微笑む。
「おーい、みんな。ジャガーは倒した? ワタシは姿見てないんだけど」
ちょうどカナートも英晴達のもとへやって来た。
「いや、まだだぜ」
セルバが即答する。
「ミナも、まだ姿を見てないです」
「ってことはまだこの辺うろついてるってことか。やばいな」
英晴は全身から冷や汗が流れ出た。
「英晴さん、ご安心下さい。ジャガーさんでもミナのブリザード攻撃で瞬殺出来ますので」
フィヨルドは自信満々に伝える。
こうして英晴達は引き続き辺りを捜索することに。
四人で固まって五分ほど歩き回っていると、
「うわっ! 出たぁっ! フィヨルドちゃん、早く攻撃してっ!」
英晴が最初に大通りの街灯に照らされたジャガーの姿を発見した。反射的にフィヨルドの背後に回り、声を震わせながらお願いする。
そんななんとも臆病で情けない彼とは対照的に、
「あら、なまら弱っているような」
フィヨルドは姿をよく確認して冷静に判断した。ジャガーはよろけながらゆっくりと、今にも倒れ込みそうな感じで歩道を歩いていたのだ。
「拳や蹴りを食らったような傷がいっぱいついてるぜ」
セルバが伝える。彼女は夜行性動物の性質も一部備えられていて、暗闇でも辺りの様子がよく見えているのだ。
「この猛獣に、素手で挑んであそこまで弱らせることが出来た奴がいるのかよ。凄過ぎ」
英晴は深く感心していた。
「リアルなジャガーよりは弱いけど、それでも並の人間じゃ太刀打ち出来ねえほど強いぜ。ハワイ出身、曙みたいな感じの奴がムエタイの技でやったのかな?」
セルバはわくわく気分で楽しそうに推測する。
「逸ノ城や照ノ富士みたいな感じの人がやったのかもね。これならワタシでも倒せそう」
カナートはジャガーの二メートルほど手前まで近寄り、ハムシン砂嵐攻撃を食らわした。
ジャガーはあっさりと消滅する。
「よかったぁ~。これで全て解決だよな?」
「ワタシはワニに遭うまでに銭湯出てすぐの所にいたガラガラヘビ三匹と、アナコンダ消したよ」
「アタシは自販機前のごみ箱漁ってたコヨーテ一匹と、ガラガラヘビ二匹消したぜ」
「それならばミナが消した分と合わせて間違いなく全滅ですね。一般の方々に被害が及ぶ前に片付けられてよかったです。万が一残っていたとしても召喚物は三〇分で自然消滅する設定に智晴さんがしてくれていますので、おそらくあと二分ほどで消えるでしょう」
英晴、セルバ、カナート、フィヨルドは安心していっしょにスーパー銭湯へ戻っていく。
ジャガー半殺しにしたのって、あの力士っぽい人かな? ばったり出遭って無我夢中で攻撃したらあの人ならあれくらいやれるような気がするし。俺と背はそんなに変わりなかったけど、体重は百五十キロくらいはありそうな感じだったからなぁ。
英晴がそんなこと考えていると、
シャシャッ! と何かが彼の目の前を横切った。
「うわっをぉ!」
思わず仰け反った英晴はすばやくフィヨルドの背後へ。
ミィー♪
直後にこんな鳴き声が。
「なぁんだ、ネコかぁ。ジャガーかと思ったよ」
英晴は姿を確認するとやや声を震わせて呟く。大柄な三毛猫だったのだ。
「ヒデハルくん、さっきの反応面白ぉい」
「Mas・ヒデハルは本当に憶病だなぁ」
カナートとセルバにくすくす笑われてしまう。
「いや、あんなことがあったばかりだし、何が現れても普通びびるって。俺一般人だよ」
英晴は表情をやや引き攣らせて言い訳する。
「でもそこが英晴さんの魅力ですね。雪乃さんが惹かれる理由がよく分かります」
フィヨルドはにんまり微笑んでいた。
その後は何事もなくスーパー銭湯に到着し、ロビーで他のみんなと落ち合った。
「みんな無事に戻って来てくれて何よりだよ。セルバちゃんとカナートちゃん、二度と危ない生き物は召喚しないでね」
雪乃からにっこり笑顔でやんわりと注意され、
「分かりましたのだ」
「もう二度とやらないよ。アナアーシファ。ベバフシード」
セルバとカナートは深く反省の色を示したようだ。
「ともあれ一件落着したことだし、みんな何か飲んでくつろごう。どれも二百円で飲み放題だよ。やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレね」
智晴は併設のドリンクバーへ歩み寄っていく。
「私もそれにするよ」
「ミナは十勝牛乳にします」
「アタシはパインジュースにするぜ」
「あたしは緑茶にするぅ」
「わたくしはマテ茶にするわ」
「ワタシはモロヘイヤジュースにするよ」
「俺は烏龍茶で。俺がみんなの分まとめて払うよ」
他のみんなもあとに続き、お目当ての飲料水を紙コップに注ぎ入れた。
気候キャラの子達、うちが好きな飲み物に設定した通りのを選んでくれてるね。
智晴は嬉しそうに微笑む。
このあとみんなは長椅子に腰掛け、お風呂上りの一杯を楽しんでからスーパー銭湯をあとにしたのだった。
☆
光久宅前で雪乃と別れを告げて、気候擬人化キャラ達は西風宅前でひとまずぬいぐるみ化し、午後九時半ちょっと過ぎ。英晴と智晴が帰宅してほどなく、
『今入って来たニュースです。本日午後九時前、大阪府豊中市内でワニを目撃したという情報が複数寄せられました。被害の報告はまだ入っておりませんが、近隣にお住みの方はなるべく外出を控えるようにし、もし目撃された場合は決して近づかないようにじゅうぶんご注意下さい』
リビングのテレビからこんな緊急報道が。
「英晴と智晴は見かけんかったん?」
母から問いかけられ、
「うん、見なかったよ」「うちも全然知らんよ」
最も事態をよく知っている英晴と智晴は知らないふりをしておいたのだった。
☆
午後十一時半頃。
「誰かのいたずらか故障か? わずか数分の間に豊中市のアメダスで最高気温48.1℃、最低気温氷点下26.6℃を観測。これって絶対……」
英晴はスマホでニュースをふと確認すると、こんな項目が目に飛び込んで来た。
「ワタシ達のせいだね。この辺り一帯一時的だけど気候変動しちゃったみたいだね」
「外を出歩く時、ミナ達が単独で行動するのはやめた方が良さそうですね」
「そうね。わたくしも皆さんといっしょにいることで、わたくし単独でいる時の平均気圧が打ち消されて海抜0メートル地点の平均気圧とほとんど変わらなくなるわけだし」
苦笑いで気まずそうにしていたカナート、フィヨルド、クスコに対し、
「アタシは単独でも、今の時期の日本の平野部の大半なら全く影響なさそうだぜ」
「あたしは年中問題ないよ。北海道の一部と、本州以南の日本の大部分の気候、Cfa温暖湿潤気候の性質が含まれてるもん」
セルバとテラロッサは自慢げに呟いた。
「ただ、外を歩いていた人の証言によると、一瞬だけ真夏の炎天下に置いた車に入った時のような異様な暑さと、冷凍庫を開けたような寒さに見舞われたとの情報も複数寄せられたって書かれてるし。記録上はどうなるんだろうな? 間違いなく無効だと思うけど。あと砂嵐が起きたとか、雪が舞っていたとか、オーロラっぽいのが見えたっていう報告もあるみたい」
英晴が微笑み顔でこのニュースの詳細を伝えると、
「それも明らかにワタシとフィヨルドちゃんのせいだね」
「予想以上に広範囲に影響が及んでしまったみたいですね」
カナートとフィヨルドはアハッと笑って決まり悪そうにしたのに対し、
「アタシも台風起こしたけど、怪しまれるほどの影響は出なかったみたいだな」
セルバは得意げに笑う。
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