Climate 3 英晴と雪乃ドキドキ人生初デート?

いよいよやって来た土曜日の朝、九時半頃。西風宅玄関先。

「雪乃ちゃんの今日の服装、とってもかわいいわね」

「めっちゃ似合っとるよ」

「ありがとうございます、おば様、智晴ちゃん」

 雪乃は鶯色の夏用ワンピースを身に着けて、英晴を呼びに来ていた。

「英晴お兄さん、雪乃お姉さんとのデート、思いっ切り楽しんで来ぃよ。うちは今日は友達と先輩とポンバシ巡り楽しんで来るから」

「智晴、デートじゃないって」

 英晴は迷惑顔で照れくさそうに否定する。彼はデニムのジーパンに、グレーと白の縞柄夏用セーターという格好だった。

「じゃあ行こう、英晴くん」

「うっ、うん。今日は晴れてよかったね。暑くなりそうだけど」

 それほど派手な服装ではないそんな二人は最寄りの私鉄駅へと向かって歩いていき、

「ここに英晴くんと二人きりで来るのは初めてだね」

「確かに、そうなるね。今までは俺の母さんか雪乃ちゃんの母さんに連れられてたから」

電車とバスを乗り継いで、近場にある大型ショッピングセンターまでやって来た。

 館内に入ると、

「それじゃまずは、レディースファッションコーナーに行くよ」

「分かった」

 英晴は雪乃に言われるままに、エスカレーター利用で三階レディースファッションコーナーの一角へ連れて行かれる。

「伸びて来てるのが多くなったから、パンツ買わなきゃ」

「あの、俺、本屋さんで待ってるから」

 英晴は商品棚から眼を背けていた。ここは男には非常に居辛い下着類の売り場なのだ。

「英晴くん、すぐに選び終わるからここで待ってて。レッサーパンダさんのパンツ、かわいい! 小学生向けっぽいけど、サイズ合いそうだからこれ買っちゃおっと♪」

 雪乃は他にもリス、ウサギ、コアラといった動物柄や、いちご、キウイ、ミカンといった果物柄のショーツも物色する。

早く、別の所へ行きたい。

英晴は大変居た堪れない気分になっていた。

同じ頃、英晴の自室では、

「英晴君、雪乃ちゃんのペースに飲まれてるって感じね」

「Mas・ヒデハル、せっかくMbak・ユキノが手を繋いでくれようとしてくれたのに、勿体ないなぁ」

「なんか恋人同士というより、姉弟か女友達同士みたいです」

「ワタシもヒデハルくんといっしょにショッピングしたいなぁ」

「あたしもーっ。オリーブとかお米とかぶどうとかオレンジとか買いたぁーっい」

 気候擬人化キャラ達がモニター越しに二人の様子を見守っていた。

「Oh,ヒデハルくん、またも男の子一人では入り辛いエリアに」

 英晴と雪乃の居場所が変わり、カナートは興奮する。室温もちょっぴり上昇した。

早く、選んで。雪乃ちゃん。

 英晴は今度はブラジャー売り場に連れて行かれ、先ほどよりも居辛く感じていた。

「英晴くん、どの色がいいと思う?」

雪乃は英晴をからかおうと言う気は全く無く、至って真剣な様子だった。白の他、紫や黒といった派手でアダルティーな色のブラジャーも見せつけて相談してくる。

「白かピンクでいいよ。雪乃ちゃんに、そんな派手なのは似合わないから」

 英晴がブラジャーから目を逸らしながら即答すると、

「じゃあ私、これにするよ。選んでくれてありがとう」

 雪乃は雪のように真っ白なブラジャーを籠に詰めた。

「それじゃ、早く、ここから出よう」

「英晴くんのパンツも買ってあげるよ。トランクスかブリーフ、どっちがいい?」

「べつに、いらないよ」

 英晴はちょっぴり照れくさそうに答えたが、

「いいから、いいから。この間のお礼がしたいし」

 半ば強引に同じフロアにあるメンズファッションコーナーへと連れて行かれてしまった。

「英晴さん、振り回されてなまら大変そうですね」

 その様子を眺めていたフィヨルドは同情する。

「ヒデハルくんの態度は正しいよ。ここはユキノちゃんの希望に合わせてあげるのがジェントルマンだね」

 カナートは英晴の振る舞いを称賛していた。

「雪乃ちゃん、俺、これで」

 英晴は迷うことなく自ら柄を選んだ。雪乃に自分用のトランクスを選んでもらうのは非常に恥ずかしいと感じたようだ。

「英晴くん、このズボンも穿いてみて」

 雪乃は青色の半ズボンを差し出した。

「やめとくよ。半ズボンって、小学生みたいだし」

「まあまあ、そう言わずに。試着室あそこにあるよ」

「じゃっ、じゃあ、着てくるね」

 英晴は半ズボンを受け取ると気まずそうに試着室へ入り、シャッとカーテンを閉めた。

 それから三〇秒ほどのち、英晴は再び雪乃の前に姿を現す。

「英晴くん、よく似合ってるよ」

「どっ、どうも」

「この服も英晴くんにも似合いそうだから、二つ買っておくね」

 雪乃はティーンズファッションコーナーにあった、可愛らしいひまわりのお花の刺繍がなされた夏用セーターも手に取って、英晴の目の前にかざして来た。

「雪乃ちゃん、それ、女の子向きでしょ。俺が着るのは絶対変だよ」

「英晴くん、ジェンダーの固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、現代社会の授業で先生が言ってたでしょ。それに、この柄だと男の子が着ても変じゃないと思うなあ」

英晴は嫌がるも、雪乃はその商品をレジへ持っていってしまった。

俺は、そんなの絶対着ないからね。

 その間に、英晴は試着したズボンから今日着て来た長ズボンに履き替え、試着した半ズボンを商品棚に戻しておいた。

女の子のお買い物に付き合うと、本当にくたびれるよ。

 英晴の今の心境だ。

ここをあとにした二人が次に向かった先は、二階の大型書店。英晴は絵本・児童書の売り場へと誘導された。

「この絵本も買おうっと」

 雪乃はとても楽しそうに新刊コーナーを物色する。小中高ずっと図書部に入部したほど本が大好きなのだ。

「雪乃ちゃんは、こういう本が今でも好きなんだね」

 周りに三、四歳くらいの子が何人かいたこともあってか、英晴は居辛そうにしていた。

「うん、私、ちっちゃい子ども向けの本、今でも新作が出たらいっぱい買い集めてるの。私将来は図書館司書さんか絵本作家さんか童話作家さんか、保育士さんか幼稚園教諭さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書をいっぱい読んで、子どもの気持ちを深く理解出来るようにしなくちゃって思って」

 雪乃は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。

「昔話してた時より選択肢増えたね。どの道を選ぶにしても、雪乃ちゃんならきっとなれるよ」

 英晴は優しく励ましてあげた。

「ありがとう。英晴くんの今の将来の夢は何かな?」

「うーん……今は特にないなぁ」

「そっか。昔は宇宙飛行士とか学者とかって言ってたよね」

「うん、でも今はそうは全然思わなくなったよ。なるの難し過ぎるし」

「英晴くんは理科の先生とかも似合いそう」

「そうかな?」

「うん、絶対似合うよ」

 雪乃はにこやかな表情で見つめてくる。

「そういえば、もう、十一時半過ぎてるんだね。そろそろお昼ごはんにしない?」

 気まずくなった英晴は視線を逸らし、館内の時計を眺めながら提案した。 

「そうだね。正午過ぎになると込んでくるし、私、お腹空いて来ちゃった。このファミレスで食べよう」

 雪乃は店内パンフレットの案内図を指差す。

「もちろんいいよ」

 英晴は快くオーケイした。

  

「二名様ですね。こちらへどうぞ」

お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに二人掛けテーブル席へと案内された。

向かい合って座ると、雪乃がメニュー表を手に取ってテーブル上に広げる。

「英晴くん、何でも好きなのを頼んでいいよ」

「じゃあ俺は、天ざる蕎麦で」

「英晴くん渋いねえ、私は……あのね、私、お子様ランチが、食べたいなぁって思って」

 雪乃は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小さな声でぽつりと呟いた。

「雪乃ちゃん、今でもお子様ランチ食べたがるなんてかわいいね」

英晴はにっこり微笑みかける。

「さすがに高校生ともなると、恥ずかしいから、ロコモコにするよ」

 雪乃はますます照れくさくなったのか、メニューを変更。

「雪乃ちゃん、本当は食べたいんでしょ? 今食べないときっと後悔するよ。ここでは年齢制限ないみたいだし」

英晴がこうアドバイスすると、

「じゃあ私、これに決めたっ!」

雪乃は顔をクイッと上げて、意志を固めた。すぐさまコードレスチャイムを押してウェイトレスを呼び、メニューを注文する。

 それから五分ほどして、

「お待たせしました。お子様ランチでございます。はいボク。ではごゆっくりどうぞ」

 雪乃の分が先にご到着。イルカさんの形をしたお皿に、日本の国旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のものがたくさん盛られている。さらにはおまけにシャボン玉セットも付いて来た。

「……俺のじゃ、ないんだけど」

 英晴の前に置かれてしまった。英晴は苦笑する。

「英晴くんが頼んだように思われちゃったんだね」

 雪乃はにこにこ微笑みながら、お子様ランチのお皿を自分の前に引っ張った。

……今でも中学生に間違われることはよくあるけどさぁ。

 英晴は内心ちょっぴり落ち込んでしまう。

さらに一分ほどのち、英晴の分も運ばれて来た。

こうして二人のランチタイムが始まる。

「エビフライは、私の大好物なの」

 雪乃はしっぽの部分を手でつまんで持ち、豪快にパクリとかじりついた。

「美味しい♪」

 その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。

雪乃ちゃん、幼稚園児みたいだな。

 英晴は天ざる蕎麦の麺をすすりながら、微笑ましく眺める。 

 その頃、英晴のお部屋では、

「お子様ランチ、あたしも食べたぁーい。さくらんぼさんと生クリームの乗ったプリン、すごく美味しそう♪」

 テラロッサがモニター画面を食い入るように見つめていた。

「テラロッサちゃん、食いしん坊だね」

「カナートお姉ちゃんには言われたくないな」

「アタシはお子様ランチより、Mbak・ユキノが最初に注文しようとしたハワイ料理のロコモコの方が好きだな」

「わたくし達も、そろそろお昼にしましょう。リビングからピザ○ットとケン○ッキーとマ○ドとミ○ドの広告取って来たわよ。どれでも好きなのを選んでね」

「さすがクスコちゃん、気が利くね。ワタシ、ポテートとフィレカツバーガーとコーラ、全部Lサイズね。それと、アップルパイと、チキンナゲットと、チョコドーナッツも」

「カナートさん、それはちょっと食べ過ぎですよ」

 フィヨルドは困惑顔で、 

「カナートちゃんったら、ラマダン明けじゃないんだから」

「カナートお姉ちゃんの方がずっと食いしん坊だね」

「Mbak・カナート、さすがアメリカ人の気質も入ってるだけはあるな」

 クスコ、テラロッサ、セルバはにこにこ笑いながら指摘する。

「そんなに多いかな? じゃあ、Sにするよ」

 カナートは照れくさそうにしながらも、不満そうにメニューを変更した。

 英晴と雪乃のいるレストラン。

「英晴くん、天ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。私のも少しあげる。はい、あーん」

 雪乃はハンバーグステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は英晴の口元へ近づけた。

「いや、いいよ」

 英晴は左手を振りかざし、拒否した。英晴はお顔をケチャップソースのように赤くさせ、照れ隠しをするように麺を勢いよくすすった。

「英晴くん、かわいい♪ あの、英晴くん、このあとは映画見に行こう」

「映画かぁ……べつに、いいけど」

 これってもろにデートコースだよな? 雪乃ちゃんはそんなつもりじゃないんだろうけど。

 雪乃からの突然の提案に、英晴はちょっぴり戸惑いつつも引き受けた。

それからしばらくのち、この二人が昼食を取り終えレストランから出てすぐに、

「私、おトイレ行ってくるから、この荷物持っててね。ここから動いちゃダメだよ」

 雪乃は休憩用ベンチの前でこう伝えて、最寄り女子トイレへと向かっていった。

 英晴は紙袋を受け取ると、ベンチに腰掛け紙袋を横に置いた。

早く、戻ってこないかなぁ。

 気まずい面持ちで雪乃の帰りを待つ。紙袋の中には動物&果物柄ショーツと、ブラジャーという男が持っていたら変質者扱いされかねないグッズが詰められてあったからだ。

同時刻、英晴のお部屋では、

「Mbak・ユキノ、おトイレ行くみたいだな。カメラ、Mbak・ユキノ追って」

「あーん、ワタシ、ヒデハルくんが待ってる間、どんな流動をするのかが見たいのにぃ」

「アタシ、Mbak・ユキノがおしっこという名の降水をもたらしてるところ、観察したぁーい」

「ヒデハルくんの流動ぉ」

 セルバとカナートはリモコンを引っ張り合い、映写位置争いを繰り広げていた。

「セルバさん、そんな恥ずかしい行為を覗いちゃダメって英晴君とフィヨルドちゃんに注意されたでしょ」

 クスコは照焼きチキンピザを齧りながら困惑顔で注意する。

「セルバお姉ちゃん、おトイレ覗いたらフィヨルドお姉ちゃんがトロールになっちゃうよ」

 テラロッサがフライドチキンを齧りながら怯え顔でそう言うと、

「そっ、そうだった。危ねぇー」

 セルバはすぐさま大人しくなった。

「ほらっ、ワタシの選択の方がベターでしょ」

 カナートは得意顔になる。

「Mbak・カナートも一昨日まであんなに楽しんでたくせに」

セルバはぷくぅっとふくれた。

「あのう、ミナのことを、あまり怖がらないで下さいね。あの能力は滅多に現れないので」

 フィヨルドはチョコレートシェイクをストローで吸いつつ、照れくさそうに伝える。 

英晴と雪乃のいるショッピングセンターでは、

「お待たせーっ。英晴くんは、おトイレいいの?」

あれから三分ほどのち、雪乃が戻って来た。

「大丈夫だよ」

「じゃあ英晴くん、映画見に行こう」

「うん」

このあとも引き続き、仲睦まじいカップルのように手を繋ぎ合ったり肩を組み合ったりすることはなく、雪乃が前を歩き英晴が後ろをついていく形で併設するシネコンへと向かっていったのだった。

         *

「雪乃ちゃんは、どの映画が見たいのかな?」

「これだよ」

 英晴に尋ねられると、雪乃はいくつかあるポスターのうち対象のものに近寄る。

「えっ! これを見るの?」

 英晴は動揺した。

「英晴くん、かわいい女の子がいっぱい出て来るアニメ好きでしょ?」

「確かに好きだけど、こういう、子ども向けのじゃなくて……」

「私も大好きなの。私が今日、英晴くんを遊びに誘った理由は、いっしょにこれが見たかったからなんだ。さすがに高校生にもなってこれ観に行くのは気が引けるから悩んでたんだけど、観に行かないと絶対後悔すると思って」

 雪乃は満面の笑みを浮かべ、弾んだ気分で打ち明ける。それはゴールデンウィークに公開され、次の金曜で上映終了となる女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。チケット売り場にて入場料金を支払うと、受付の人がチケットと共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。

「雪乃ちゃん、これあげるね」

「ありがとう♪」

 英晴は速攻雪乃に手渡した。雪乃が受け取ったものとは種類違いだった。

二人はお目当ての映画がまもなく上映される4番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。

「雪乃ちゃん、なんか周り、幼い子ばっかりだから、やっぱりやめた方が……」

「まあまあ英晴くん、気にしなくてもいいじゃない。さっき私と英晴くんより年上の大学生っぽいカップルも入っていったことだし。たまには童心に帰ろう」

 英晴は雪乃に右手をぐいぐい引っ張られていく。前から五列目の席で、英晴は雪乃と隣り合って座った。座席指定なのでそうなってしまった。

視線を感じるような……。

 英晴はかなり落ち着かない様子だった。他に四十名ほどいた客の、七割くらいは就学前だろう女の子とその保護者だったからだ。

この上映は、気候擬人化キャラ達も英晴の自室からモニター越しに眺めていた。

「このアニメ、キッズ向けと謳いつつ、ブルーレイディスクの販売収益を上げるためなのかさりげなく大きなお友達も対象にしてるわね」

「確かにキャラデザがそんな感じだね。声優も大友に受けそうなラインナップだし。でも中東地域に輸出しても規制無くそのまま放送出来そうな健全さだね」

「映画をタダで視聴するのは、なまら良くないと思うのですが、このアニメ映画はなまら面白いですね。大人も嵌ると思います」

「この映画館は4DX対応してねえんだな。アタシ達がモニター越しに演出してあげようぜ。雨とか風とか、今映ってる果物やチョコレートの香りとか」

「いいねえセルバお姉ちゃん」

 セルバの企みに、テラロッサは乗り気で賛同する。

「セルバさん、テラロッサさん、非対応の映画館でそのような演出をすると、照明器具やスピーカーが故障する恐れがありますし、後始末も大変ですし、なにより大半の観客には喜ばれるどころかなまら迷惑がられると思いますので、やめましょうね」

 けれどもフィヨルドから微笑み顔でやんわりと注意されると、

「はーい。しません」

「確かにMbak・フィヨルドの言う通りだな」

 あの姿に変身されることを恐れて素直に控えたのだった。

        ※

「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもすごくかわいかったね。とっても面白かった。英晴くんもそう思うでしょ?」

上映時間一時間ちょっとの映画を見終えて、雪乃は大満足な様子で劇場内から出て来た。

「まあ、思ったよりは……俺の好きな声優さんも出てたし。子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」

「英晴くんも昔はあんな感じだったよ」

「そうだったかな? 覚えてないなぁ」

「子ども向けアニメって、高校生になった今観ても面白く感じれるよ。あのっ、英晴くん、次はいっしょにプリクラ取ろう」 

「いいけど。プリクラかぁ……」

ますますデートコースじゃないか。

 英晴は動揺する。嬉しさ七割照れくささ二割気まずさ一割といった心境だった。     

二人は隣接するアミューズメントコーナーのプリクラ専用機内に足を踏み入れると隣り合って並ぶ。

「一回五百円か」

英晴が気前よくお金を出してあげた。

「私、このパンダさんと写れるやつがいいな」

雪乃に好きなフレームを選ばせてあげる。

モニターには専用機内部までは映らず、

「中でエッチなことしてるのかな?」

 カナートはにやけ顔でこんな妄想をふくらませたのだった。

   *

撮影&落書き完了後。

「きれいに撮れてるよ」

 取出口から出て来たプリクラをじっと眺め感心する雪乃。自分が見たあと英晴にも見せてあげた。

「雪乃ちゃん、俺の顔に落書きし過ぎだよ」

 英晴は苦笑いだ。けれどもちょっぴり嬉しくも思った。

「ごめんね英晴くん、ついつい遊びたくなって。あの、私、次はこれがやりたいな」

 雪乃はてへっと笑い、プリクラ専用機向かいの筐体に近寄る。

「雪乃ちゃん、動物のぬいぐるみが欲しいんだね」

「うん!」

 英晴からの問いかけに、雪乃は弾んだ気分で答える。雪乃がやりたがっていたのはクレーンゲームだ。

「あっ、あのナマケモノさんのぬいぐるみとってもかわいい! お部屋に飾りたいなぁ♪」

 お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手のひらを張り付けて叫ぶ。

「雪乃ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるから、難易度は相当高いよ」

「大丈夫!」

 英晴のアドバイスに対し、雪乃はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。

「雪乃ちゃん、頑張って! 落ち着いてやれば、きっと取れるよ」

 英晴はすぐ後ろ側で応援する。

「私、絶対取るよーっ!」

雪乃は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった。もう一度」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。

「もう一回やるっ!」

 雪乃はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。雪乃は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。けれども回を得るごとに、

「全然取れなぁい……なんで?」

 徐々に泣き出しそうな表情へ変わって来た。

「俺も、あれはちょっと無理かな」

 英晴が困った表情で呟いた直後、

「英晴くん、取って。お願い!」

「……わっ、分かった」

 雪乃にうるうるした瞳で見つめられ、英晴のやる気が少し高まった。

「ありがとう、英晴くん」

 するとたちまち雪乃のお顔に、笑みがこぼれた。

「英晴お兄ちゃん、心も温帯気候だね」

「ヒデハルくん、very kind!」

「英晴さんは、なまら良きお人です」

「英晴君、心優しい男の子ね」

「Mbak・ユキノもよく健闘してたぜ」

その様子を、テラロッサ達もモニターを通じて楽しそうに眺めていた。

まずい、全く取れる気がしないよ。

 英晴の一回目、雪乃お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「英晴くんなら、絶対取れるはずだよ」

 背後から雪乃に、期待の眼差しで見つめられる。

よぉし、やってやるぞ。

 それを糧に英晴は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。

 しかしまた失敗してしまった。アームには触れたものの。

けれども英晴はめげない。

「英晴くん、頑張って。さっきよりは惜しいところまでいったよ」

 雪乃からエールが送られ、

「任せて。次こそは取るから」

英晴はさらにやる気が上がった。

 三度目の挑戦後。

「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。

英晴は、雪乃お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。

「やったぁ!」

 雪乃は満面の笑みを浮かべて大喜びし、バンザーイのポーズを取った。

「たまたま取れただけだよ。先に雪乃ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、雪乃ちゃん」

 英晴は照れくさそうに語り、雪乃に手渡す。

「ありがとう、英晴くん。ナマちゃん、こんにちは」

 雪乃はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

「ヒデハルくん、マブルーク! Third time lucky.だね」

「Selamat! Mas・ヒデハル」

「英晴お兄ちゃん、すごーい。あたしもあのかわいいぬいぐるみさん欲しいな」

「わたくし、英晴君はやれば出来る子だと思ってたわよ」

「英晴さん、Поздравляю! Всё хорошо, что хорошо кончается.ですね」

 モニター越しに眺めていたカナート達も大きく拍手した。

ショッピングセンター内の二人は、

「英晴くん、今度は新しく出来た観覧車に乗ろう」

「あっ、うっ、うん。分かった」

 百パーデートだよ、これ。雪乃ちゃんはその気じゃ全然ないんだろうけど。

 気まずい心境の英晴は、雪乃のペースに飲まされ乗り場へと連れて行かれる。

最高地点では地上からの高さが約三〇メートルまで達する、このショッピングセンター一番の目玉アトラクションだ。

「英晴くん、せっかくだし、二人だけだし、あっちの方に乗ろっか?」

「……うん、いいよ」

 シースルーの方かぁ。あれは平気だけど、もろにカップル向けだよな?

 英晴は今からそれに乗ろうとしていた大学生らしき男女カップルにちらっと視線を向ける。もう一方のゴンドラは四人乗りのファミリー向けノーマルタイプだ。

英晴と雪乃は二〇分ほど待って四人乗りのシースルーゴンドラに乗り込むと、向かい合って座った。係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していくと、

「ちょっと怖いけど、いい眺めだね。夕日もきれーい」

 雪乃は幸せそうな笑みを浮かべて下を見下ろす。

「そっ、そうだね」

早く、一周してくれないかな。

 英晴は気まずさと若干の恐怖心が相まって、高いドキドキ感と居心地の悪さを感じていた。目のやり場にも困っていた。

二人っきりで観覧車に乗ったのは、お互い今回が初体験だ。

「この状況ならきっと砂漠のように熱いキスをするね」

「わたくしはしないと思うなぁ。英晴君にそんな勇気はないわ」

カナートとクスコはわくわくしながら、観覧車内の二人の様子を観察する。

 セルバとテラロッサは二人の観察に飽きたのか、ベッドにうつ伏せで並んで寝転がり英晴の所有するマンガを読み漁っていた。フィヨルドは学習机備えの椅子に腰掛けて、英晴が学校で使っている国語便覧を熟読する。

 それから五分ほどのち、

「あーん、結局キスなしかぁ。いまどき小学生でもキスくらいはするのに。つまんなーい」

「ほらね」 

クスコは勝ち誇ったような表情で、がっかりするカナートを眺める。

英晴と雪乃は普通に取り留めのない会話を交わしただけで、観覧車は一周し終えたのだ。

 その後も手を繋ぐとか抱き合うとかキスするとか、恋人同士らしいことはせず、二人はショッピングセンターをあとにしたのだった。

       ☆

「おかえり英晴お兄さん、雪乃お姉さんとキスはしたかな?」

 英晴は帰宅後、廊下にてさっそく智晴からにやけ顔で質問された。

「やるわけないって」

「やっぱり。英晴お兄さんと雪乃お姉さんとの仲、昔から全然進展しないわね」

 苦笑いで迷惑そうに答え、ちょっぴり残念がる智晴の横を通り過ぎ、洗面所へ。

手洗い、うがいを済ませて自室に向かうと、

「ヒデハルくん、今日のデートは楽しかった?」

 今度はカナートから質問された。

「うん。けっこう、楽しかったよ。デートじゃないけど」

「英晴さん、なまら幸せそうですね」

 フィヨルドは英晴の満足げな表情を見て、にっこり微笑んだ。

「みんなに、お土産買って来たよ。雪乃ちゃんには朋也と修平に渡すって言って怪しまれないようにした」

 英晴は苦笑いしながら手提げ鞄の中から、チョコレートやクッキー、キャンディーなどが詰められた菓子箱を取り出した。

「わぁーっい! 英晴お兄ちゃん大好きーっ♪」「テリマカシMas・ヒデハル、気が利くね」「さすが英晴君、アルパカ系男子ね」「シュクラン、ヒデハルくん。食べ過ぎには気をつけるね」「スパシーバ英晴さん、なまら嬉しいです」

 気候擬人化キャラ達みんなから大いに感謝され、

「どういたしまして」

 英晴は照れ隠しするように頭を掻いた。

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