第16話 宏樹の悩み
未来人の光太郎と過去にやって来た僕(桜井 隆之介)は,親友の坂本 宏樹が屋上から飛び降りようとしているところを何とか説得し,止めることができた。そして,僕たちはこの状況の原因の一つになった剣道部を告発するための作戦を立て,実行した。無事に宏樹を救うことができたため,光太郎は未来へ帰ろうとしていた。
光太郎を未来に帰すため,僕は彼と一緒に屋上へとやって来た。真昼の時から今日だけで何度も来ている場所だったが,現在は陽が暮れかけているため前に来た時よりも,大分過ごしやすい場所になっていた。
「俺は今日だけでここに何回来たことか。時間移動も含めたらもう五回も来てるよ。」
光太郎は屋上へのドアを開けるなりそう言った。
「大変だったな。急に僕たちの都合に付き合わせることになって。」
「でも,来れて良かったよ。隆之介たちは未来で俺が思っていたよりも,ずっとすごい人だった。確かに時間の流れは変えられなかったかもしれないけど,隆之介たちはこの時代で人の気持ちの流れを変えた。それって過去を変えるのと同じくらいすごいことなんじゃないかって思ったよ。」
そんな風にまっすぐ光太郎に褒められて,普段褒められ慣れていない僕はどんな反応をしていいか分からなかった。
「よせよ。僕はそんなすごい人間じゃない。親友の悩みもちゃんと分からない様な雑な人間だよ。」
僕がそう言うと光太郎は楽しそうにニヤリとし始めて言った。
「そっか。隆之介は宏樹さんの悩みについてまだ分かってなかったのかぁ。」
彼があまりにも楽しそうにそう言ったので,僕は彼に聞いた。
「もしかして,光太郎は宏樹の本当の悩みについて知ってるのか?」
彼は僕が気付いてないことを知っていることに優越感を感じているようで,相変わらず楽しそうに返事をした。
「もちろん。俺は未来の宏樹さんのことを知ってるから。それがこの時代の宏樹さんの悩みと絶対に一致するとは言い切れないけど,舞さんが考えてるものとは多分一致してる。」
「じゃあ,教えろよ。」
「教えるわけないだろ!宏樹さんがまだ隆之介たちに言ってないのに。」
僕の言葉を聞くとすぐに彼は断った。彼の言うことは当然なのだが,僕はどうしても気になるため,しつこいと自分で思いながらも,彼に聞き続けた。
「じゃあ,ヒントだけ。タイムトラベルの仕組みについて,僕は光太郎に教えてあげただろ?」
あまりに僕がしつこく聞いたからなのか,光太郎は困ったような表情でしぶしぶ答えてくれた。
「そうだな。俺からは何も言えないけれど,ヒントを言うとしたら舞さんの言葉かな。」
僕は彼が出したそのヒントに全然ピンと来ていなかったので,彼に聞いた。
「舞の言葉?」
「うん。俺がこの時間に来てからだけでも,舞さんは宏樹さんの悩みについて隆之介に教えようとしてたよ。だからきっとこれまでも舞さんは隆之介にヒントを出してたんだと思う。」
「それって,『根本的な悩み』ってやつか。」
「それもだけど,他にもいろいろ言ってたよ。それを思い出して考えてみたら分かると思う。多分俺が今日初めて舞さんに会ったときに舞さんが隆之介にキレたのは,ヒントを出し続けても隆之介が宏樹さんの悩みに全然気づく気配がなかったからだよ。」
「なるほど。そんなキレられること言ったかなと思ってたんだ。光太郎が来てからの舞はキレてばっかりだったけど普段はそんな人じゃないんだよ。でも,宏樹の悩みについては正直思いつかないや。」
「まぁ,分からないままでもいいと思うよ。そのうち宏樹さんから言ってくれるんだろうから,俺からはこれ以上何も言わないよ。未来のことなんて分からない方が人生きっと楽しいしね。」
「そうだな。今日も予想外なことばかりだったけど,だからこそ一生忘れられないような一日になったと思う。」
「でしょ?じゃあ,隆之介にとって今日がいい思い出になったところで,名残惜しいけどそろそろ帰ろうかな。」
そう言って光太郎は,彼の腕についていた腕時計のようなタイムマシンを操作し始めた。前に見た時と同じように,僕にはすることがないのでしばらく何もせず待っていると,彼は操作を終わらせて言った。
「よし,何か言い忘れたことは無い?俺が帰ったら,次に今日のこと話せるのは二十五年後だよ。」
彼に言われた僕は,僕が少し前から考えていたことを彼に言うかどうか迷った。それを聞いても光太郎は多分答えくれないだろうと思っていたから言わなかったのだが,今言わなかったら,違和感と後悔が二十五年間ずっと残るような気がしたので,意を決して言うことにした。
「光太郎,最後に聞きたいことがある。」
「何?」
僕の覚悟を決めた言葉に,彼は普通に答えた。そして僕は言った。
「今日初めて光太郎に会ったとき,その時の状況とかから,光太郎はきっと未来の舞と宏樹の子供なんじゃないかって僕は勝手に思った。でも今はそうじゃないんじゃないかって思ってる。」
「うん。」
光太郎は僕の言いたいことが分かっているかのように,ニヤニヤしながら返事をした。そんな彼に僕は話を続けた。
「光太郎,お前実は,未来の僕の子供なんじゃないか?」
僕が心を決めて,今まで言えなかったことを彼に言ったのだが,言われた当人はまだニヤニヤしたまま僕に聞いてきた。
「何でそう思ったの?」
そう思った理由はいくつかあったのだが,僕は一つずつ彼に説明することにした。
つづく
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