第11話 中学生の終わり。






先月の終わりには剛さんの家に行った。

初めて会った大翔さんに大切に抱かれれながらたくさん話を聞いた。

教師時代のお母さんの話。私が生まれる前のお母さんの話。生まれたあとの大翔さんや剛さんの話。

由紀菜さんや清香さんから話は聞いていたけどなんだかその時以上に考えさせられるものがあった。

話の最後に生みの親でもある本郷楓さんの墓参りに行くという話になった。

だが、誰も墓の場所を知らなかったらしい。

大和くんなら知っているだろうか…



次の日、私は楓さんの墓のことも兼ねて大和くんとたくさん話をした。

途中から記憶がなくて少し怖かった。

でも目覚めた時にはちゃんと大和くんが目の前にいたし、なんだか話す前より明るい表情をしていたから安心できた。


しかも彼は最後、私の夢を応援しそばで見守る立場でいるために私の専属絵師になるとまで言ってくれた。

とても申し訳なかった。

そんなことで彼の人生を縛ってしまうのはダメだと思った。だけどそれを聞いてしまって嬉しかったのも本当だ。



彼は私と同じ高校を受けてA判定を取って見せた。

「これで文句ないだろ」とでも言いたげにだ。


文句おおありだよ…


大和くんは本当にそれでいいのだろうか。こんな私のために生涯を決めてしまっていいのだろうか。

ううん、いい訳が無い。

明日会ったら彼にちゃんと言おう。「私なんかに絆されて進路を決めてもいいことなんてない。ちゃんと考えて進路を決めて」って。


そして次の日、大和は一枚の絵を持ってきて見せてくれた。

綺麗な背景に溶け込むように描かれていた二人の男女の絵だった。


その絵の二人はどちらも私だ。


直感的にそう思った。

男の背景は真っ暗だった。まるでなにもない場所を歩くかのような絶望の中で生きていく男。

それとは対照的に女の背景は綺麗だった。明るい色には女の自由さや輝かしさが表現されていて希望という希望に満ち溢れている中を歩き進む女。


これは大和くんの思う過去と今の私なのか。それとも「過去を受け入れ、希望に満ち溢れた輝かしい今を生きてくれ」という願いなのだろうか……。


ああ、こんなの渡されちゃったら断れないじゃん…


「あの、大丈夫か。もしかして勝手に描いてきたのだめだったか……?」

なんでそんなことを聞くのだろうか。そう思ってすぐに気づいた。


私の頬を涙が伝っていた。

なんで泣いてしまっているんだろうか。何が悲しいのか自分でもわからないのに涙が止まらない。


なんだか周りがざわざわしだした気がする。チラッと見るとみんなが私の方を心配そうな顔で見ていた。


やめて欲しい。

みんなが心配してる。

迷惑かけちゃう…


目を擦りながら一旦絵を大和くんに返す。

「ちょっとごめん…」


そう言って教室から飛び出してトイレに駆け込んだ。


個室に入った途端目から滝のように涙がこぼれてくる。


なんで……

なんで涙が止まらないの。

なんでこんなに泣いてるの私。


もう自分で自分が分からなかった。

一向に止まらない涙。次第に嗚咽まで出てきてしまう。


泣いていると個室の扉がトントンと音を鳴らした。

「彼方さん、大丈夫?」

奏だ。

やっぱり心配させてしまっていた。


いつもならここで取り繕ったりしちゃうのにそんな余裕もなかった


どこからかまた声がした。

「どうして泣いているの?」

「分からないよ…。なんでこんなに涙が出るのか分からない。なにが悲しくて泣いてるのか分からないよ…」

口からボロボロとこぼれ出たそれは頬を流れる涙への疑問。そんな疑問が頭を埋め尽くしている時だ。

理解できない涙とめどなく溢れる。

混乱し、思考を失った自分の頭の中に必死に問いかける。

「何故涙を流すのか」と。

当然答えなど返ってくるはずはないと思った時。

「きっとそれは今まであなたが溜め込んできた涙よ」

そう疑問に答えてくれたのは一人の少女の声だった。

「悲しいのはもちろん嬉しい涙も一緒に溢れてるんだよ。

昨日今日とたくさんの事、たくさんの気持ちを知った。そして知った上であなたの事を応援してくれるって言ってくれた人がいる。

あなたはそれが嬉しいのよ。

ただ、自覚がないだけで心はとても喜んでいるの」


蓄積された哀しみと喜びの涙。

今私の目から溢れてくるこの滝のような涙の理由がそれなのか。


折り合いのつかない悲しい過去や私のためを思って生きてくれていたたくさんの人たちの想い。

それを聞いてしまって嬉しいはずなのにどうしても思ってしまう申し訳なさと悲しさ。

そしてその涙。


夢の話をした時、喜んでくれて褒めてくれて応援してくれて一緒に夢を追いかけようとまで言ってくれたあの人たちへの感謝とそこに感じた喜びや嬉しさ。

そしてその涙。


私はやっと自覚した。

自分の涙の訳と悲しみや嬉しさの意味を。


自覚してしまったらもっと涙が堪えられなくなった。


「泣きたい時には泣けばいいのよ。あなたは今までそれをサボってきたから今こんな風になってしまってるのだと思う。もっと自分の気持ちに素直にならなきゃ」


今まで堪えてきた。

自分の気持ちを相手に見せたくなかったのかもしれない。

それに弱いことを知られたくなかった。必死に自分を繕おうとした。心の悲しみを悟られたくなかった。


なにより泣いて人に心配されたり、人に迷惑をかけてしまうのが嫌だった。


「あなたのその涙はこれまでのあなた我慢してきた証。今までよく我慢してきたわね。」

頭を撫でてくれる少女。

優しい手の感触だ。


少女に頭を撫でて貰うと不思議と気持ちが楽になっていた。

溢れるように流れていた涙も段々と落ち着いた。


「でももう我慢なんてしないで。あなたにはわたしがついているんだから大丈夫よ。もっと自分の気持ちに素直になってね」

少女は最後にそう告げると遠くへ行ってしまった。


そんな時また扉が音を立てた。

「彼方さん、本当に大丈夫……!?」

「うん、大丈夫。少し泣いたら落ち着いたよ」

「少しなんてもんじゃない気もしたけど…。辛い時には辛いって言うのよ?」

「そうだね。でももう本当に大丈夫だから」

心の底からの笑顔で言えたと思う。

安心したように私の手を握ってくれた奏と一緒に教室へと戻っていく。


教室に戻って大和くんに謝った。


それに彼が昨日言ってくれた事や彼が一生懸命に私のために描いてくれた絵。

私は想いのこもった絵と共に彼の気持ちを受け取った。


その日の帰り道の事だ。


せっかく気持ちを切り替える機会を与えてもらったのだから景気づけにやってみようかな。


そう思って私は近くの美容室に行った。

優しそうな女の人が出迎えてくれたので注文をした。

女性は「こんな綺麗な髪なのに勿体ない」と言いながら洗髪台の前へと案内してくれた。

そう、まず銀色の髪を脱色してもらうのだ。

銀髪から基の黒い髪へ。

椅子に座り顔にタオルを被せられてから簡単に髪を洗ってもらう。

その後は何やら気持ちのいい脱色液を髪に浸し数分間寝たままの姿勢で待つ。

泣き疲れたせいだろうか。その数分の間に寝てしまっていたようだ。脱色が終わったという美容師さんからの声で目が覚め、鏡を見た。

鏡には少し色の薄い黒髪の私が写ってた。私の黒い髪はお母さんから貰った色だ。これからは絶対に大事にしようと思う。

ついでに長かった髪も切ってもらおうと思う。

渡された雑誌の中からボブカットというらしい清楚な髪型を選んでみた。

しばらくはお気に入りのハーフアップだんごちゃんとはお別れだ。


美容室で髪を整えてもらい店から出ると外はもう暗くなっていて急いで帰らないと夕ご飯に間に合わなくなしそうだった。

私は少し走りながら帰路についた。


「ただいま!」

元気な声で挨拶して家に上がる。

「おかえ…どどどどどうしたんですかその髪!」

とても驚いた様子で由紀菜さんが出迎えてくれた。

私は笑いながら今日あった事やそこで気づいてたことを踏まえて、気持ちを切り替えるために髪を弄ったのだと説明した。


あまりに驚いて腰を抜かしてしまったらしい由紀菜さんと一緒に今に上がると清香さんや綾姉も驚いたような顔でこちらを見た。


今日あった事を話しながらみんなで一緒にご飯を食べ、布団に入る。

泣き疲れが残っていたのだろうか。布団に入ってすぐに寝た。


次の日に学校に行って驚かれるまでは予想通り。女子にも男子にもせがまれるのも予想通り。


でも予想外のことだってあった。

まず受験票用証明写真の取り直しだ。

受験票を確認した時に顔は本人でも髪の色が違うだけで判定から弾かれることもあるらしい。

しかも松川先生は「彼方さんの場合は特殊な事情で髪を染めてあるから」と高校の方に連絡をして許可まで貰ってくれていたらしくそれが無駄になってしまったそうでとても申し訳ない気持ちになった。


そんな一日を過ごしてしばらくが過ぎた。

今日はとうとう高校の入学試験の日だ。受験票は持ったし鉛筆だって先は尖らせてある。ティッシュだってハンカチだって持ったし、制服だってちゃんと整えてあるはず。


準備に抜かりはない。


そう思って家を出ようとした時だ。

「彼方!髪がクセってる!」

「彼方!履いてるタイツ伝染しちゃってる!」

「彼方!靴!」


三者三様にミスを指摘された。

クセってた髪を治し、タイツを履き替えて今度は学校指定の靴を履いて玄関を出る。


さあ、いよいよだ!


試験会場に着くと係員に案内された教室へ向かう。教室に入り自分の席を見つけて座り、ざわざわとした空気の中で参考書を開く。

抜かりのないように隅から隅までチェックしていっていると監督の先生がやってきた。

皆が席に着き、静かになったところで受験する上での注意が述べられ、試験が始まった。


一問ずつすらすらと解いて行き、全てを埋め終わった頃にはまだ退場可能時間にはなっていなかった。

そのため、見直しを兼ねてもう一度解き始める。

やっとチャイムが鳴り試験時間が終わった。

それを五回ほど繰り返し、ようやく試験日終了だ。


今日一度も会わなかった大和くんは無事に試験を終えることが出来たのだろうか。

少し心配しながら家に帰りつくと過去に解いた問題と試験問題を照らし合わせ自己採点をしていった。


自己採点結果では合格点を上回っていた。

問題は明日の面接試験。


大和くんの進む美術科では絵の試験もあったりするらしいが、私の志望する文芸科は面接試験のみだそうだ。


それでも私は対人が苦手なので面接試験は苦戦しそうなのだ。

由紀菜さんは「やりたいことをハッキリいえば大丈夫」なんて言ってくれたけれどまず言えるだろうか、喋れるだろうか…。


次の日、件の面接試験だ。

緊張しすぎてお腹が痛い。一応、昨日のうちに紙に言いたいはまとめてあるのでそれを見てしっかり復習しておく。

ふと紙の裏を見てみるとそこには昨日までは書いていなかった由紀菜さんからのメッセージが書かれていた。


『この紙を見ているということは不安でいっぱいなんですね。なら、私が緊張しないおまじないを教えてあげます。

手に人を書いて飲み込んでみたり、楽しいことを考えてみたりという一般的なものもいいですが、これはあなたに特に効果のあるおまじないだと信じているものです。


誰かのためだと思って面接試験を受けてみてください。

私や清香さん、綾香ちゃんのためでもいいですし、一緒に未来を約束してくれた大和くんのためでもいいです。

あなたは他人のためならどんなことでも頑張ろうとする菜穂香さんそっくりなところがありますからきっとこうすれば何とかなると信じていますよ。


最後に、あなたの養母として言っておきます。

私はあなたのことが大好きです。だから何があってもあなたの味方だということを忘れないでくださいね。


あなたの母、由紀菜より』


ああ……ずるいなあ……。


そう思った。

手紙を読みながら緊張しない方法を試していたところで最後のメッセージだ。


こんなの書かれたら面接試験前だっていうのに泣きたくなるじゃん…


「植村彼方さん!」

試験官に名前を呼ばれた。

いよいよだ。

私は由紀菜さんからの言葉を思い出す。誰かのために頑張れば上手くいくというそのセリフを噛み締めながら扉へ向かう。

お母さんや清香さん綾姉に由紀菜さん。大翔さんや剛さん、奏や大和くん。それだけじゃない。愛や和人くん、私が出会ってきた全ての人たちに感謝し、その人達から貰ったものを今度は他のたくさんの人たちに伝えていくために私は作家になりたい。

これはその一歩だから。


「由紀菜さん、私も由紀菜さんが大好きだよ」


そう呟きながら臨む。



面接部屋入ると三人の先生が席に腰掛けていた。二人は男性、一人は女性だ。男性はそれぞれ谷原と山岸と名乗り、女性は春川と名乗った。

まずは谷原との面接が始まる。

「まず貴方がこの学校を志望した理由をですね…」

「はい、私は作家になりたいと思っています。絵本作家でも小説家でもいいです。だからその夢を叶えるためにこの学校で文芸に関する知識を学ぼうと思い、志望しました」

試験官が質問し終わる前に喋ってしまった。大丈夫だろうか…。

「なるほど、分かりました」

谷原は机に置かれてある紙になにやら書き込み始めた。

少し不安になったけどまだ諦めない。

書き終えると谷原は山岸の方を見て次を促した。


「はい、では次は私から質問していこうと思います。

話せる範囲で大丈夫ですが、あなたが作家を目指すきっかけとなった事柄を

簡単に教えてください」

「はい、私はこれまでたくさんの人にお世話になって色んな人に色んな気持ちを貰ってここまで来ました。悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと、楽しいこと。

少し前まで私は私を想ってくれていた人のことを考えられないような馬鹿な子どもでした。

でもたくさんの人が私の事を想ってくれていたって知ってからは私もこういったたくさんの気持ちを色んな人に知ってもらいたいって思ったんです!

それだけじゃない。私はそんな風に誰かの気持ちを色んな人に伝えていける作家になりたいんです!」

途中で何を言ってるのかわからなくなってたかもしれない…

そんな不安が出たけど杞憂だったようだ。

「素晴らしいですね。ありがとうございます」


最後は春川だ。


「これはあまり面接とは関係ないんですが、先日受験票を頂いたときに顔写真を拝見しました。その時には銀髪だったと思います。

担任の先生に確認したところ特殊な事情でそうしているのだと伺いました。

ですが、数日後になっていきなり髪を脱色したと聞いています。

一体どんな理由で髪を染めていたのですか?」

答えに困る質問だった。

いざと言う時には拒否することも出来たと思うけど出来るだけしたくはない。

だからもう包み隠さず話すことにした。

「私は男から女になった性同一性障害者でした!」


勢い余って言っちゃった。

面接官みんなビックリしてるよ。


そこからは応答を繰り返すばかりで面接というよりは面談だ。


話が終わって後日結果を知らせますと言われた。

本当に大丈夫だろうか。


不安なまま家に帰った。

清香さんや綾姉は引っ越す先を見るため都会に出ているらしい。

今日のことを由紀菜さんに話してみたら由紀菜さんは「大丈夫よ。それよりよく素直に自分のことが言えたわね」

見当違いなところで褒められた。


そんな不安なまま数日がすぎて今日は中学校の卒業式だ。

少しの間だけだったけどこのメンバーと共に過ごした日々は楽しかった。


卒業式でみんなで歌って涙して、桜の木の下で写真を撮って。

また楽しい思い出ができたよ。

ありがとう。


なんだか早かった卒業式を迎えた数日後。


合格発表の日だ。

一人で行くとどうしても緊張してしまう上に人が多いところは苦手なので誰かがついていてくれなければ立っていることも出来なそうだった。

だから由紀菜さんを誘ったのだが、今日は仕事らしい。

「大和くんと仲良く結果を見てらっしゃい」と明るく送り出してくれた。


中学校で大和くんと合流してから高校に向かう。


騒々しい受験生の間をくぐって合格者一覧を除く。

私の受験番号を必死で探すもなかなか見つからない。

そこで私は大和くんの受験番号を見つけた。


「大和くん!受験番号あったよ!!」

「…!マジで!やった〜!!」

「おめでとう!」

二人ではしゃいでしまった。

恥ずかしい。


「彼方の受験番号は?」

「まだ見つからない…」

「そんな訳ないだろ。一緒に探してやるからさ」


二人で受験番号を探すも見つからない。

え、嘘だ。


私、落ちた……?


焦りが込み上げてくる。

やばいよ、どうしよう。

やっぱり面接の時にあの話したのがまずかったのかな…


そう思っていた時だった。

慌てて先生方が一覧を見に来て一つの番号を書き換えた。

すると「受験番号○○○の植村彼方さんはいらっしゃいますか!」

と私の名前を呼んだ。


呼ばれた私は先生方の元へ行き話を聞いた。


唯一満点を取っていた私の不正を疑った先生がいたらしい。おかげで私の受験番号はお預けになっていたそうだが今しがた合格と認められたらしい!


満点。

嬉しかった。


周りにいた受験生たちも私のことを賞賛してくれた。


大和くんと二人で喜びながら合格一覧を背景に写真を撮った。

写真を由紀菜さん清香さん綾姉に送って大和くんと二人で喜びを分かち合いながら帰路についた。



こうして私の中学生生活は終わり、次からは高校生生活が始まるのです。






私の中に新しく残った疑問は誰にも話せないまま。


「あの時私を慰めてくれたあの声の主は誰だったのだろうか」

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