第10話 自分に出来ること。






冬休み明けに妙な再会を果たしてから数週間が経った。

あいつとは顔を合わせることもそんな多くなかったし、学校にいれば街田とばっかり一緒にいるようにも見える。


そして俺はそんな二人を見守るばかり。

これじゃあ小学生の時と何も変わっちゃいない。

否、あいつは見た目も中身もすっごい変わってるし、傍にいるのは植村愛じゃなく街田奏だ。


変わってないのは俺だけだ。


あの時から何も変わらない。

なんとなく生きて、なんとなくで人の心配をしてる。


最近だってそうだ。

中学に入学してからこれまで勉強を頑張ってきたのは『一位』の正体を探る為だった。

でも、それが解決してしまった今はなぜ勉強を頑張る必要があるのか分からない。

そんな俺には行きたい高校なんてものも無かったし、行く理由も見つけられなかった。

だから適当に選んで適当に模擬試験を受けてみれば結果はC判定。


正直もうどうでも良くなっていた。



結果を持って家に帰れば父に怒られた。


「今まで満点を取っていたはずなのに何故こんな判定が出るのか。

やる気が足りないのではないか。」と。


やる気ね…


確かにやる気は足りないと思う。

というかやる理由が分からない。


久々にアニメでも見ようかな。


そう思ってパソコンの電源を入れ、画面を立ち上げる。

本棚の奥からDVDボックスを取り出し、パソコンに挿入した。


昔好きだった作品だ。

原作小説だって買ったし、Webに投稿されていた小説も全部読んだ。

アニメだって大好きだったからDVDボックスも全巻揃えた。


だからこそ中学にあいつが来た時には心底驚いた。あいつはその作品のヒロインのように綺麗な容姿で学校に現れたのだから。

もちろんそれだけでは無かった。

まさかまた会うことになると思ってなかったし、今後の人生を放棄したように暗い顔をして罵倒されても「慣れてるから」と返してきたあの時のあいつとはまるで別人だったのだから。




アニメを見ている内にご飯の時間が来たらしい。給仕が呼びに来た。

父はいつも仕事からの帰りが遅く、一緒にご飯を食べることは滅多にない。ほとんどが給仕と共に摂る食事だ。


だが、給仕と共に一階へ下りると珍しく父がいた。

緊張しつつ父の前の席にに座った。


「まだお前には話してなかったかも知れんが、来月にはお前の姉の命日だ。今年は同時に楓への挨拶も済ませる予定だからその時に良い報告が出来るようにしっかりやれよ」


そう、俺には姉がいるらしい。

といっても俺が産まれる前に死んでしまったらしい姉が。


姉は3月27日の生まれで、俺はその2日後に生まれた。

俺が生まれた時、俺の母も一緒に死んでしまったらしい。


墓参りの日に良い挨拶が出来るように…か…。


どうすればいいだろうか。

適当に目標を繕って勉強に身を入れるか。でも多分、このままいけば良い結果なんて報告できない。


悩みながら夕食を終え、その日は早めに床についた。




次の日の昼休みのことだ。

俺は周りの席の男子と駄弁ってた。本当に他愛のない。ただの気休めだが、それでも何もしないよりは気が楽だった。

その時だ。

「やあ、本ご…、大和くん!

ちょっと二人で話したいことがあるんだけどいいかな!

男同士、友情を分かち会おうぜ!」

男子の井戸端に顔を引きつらせながら植村彼方が割り込んできた。

謎の決めゼリフと共に…。


「おっ、植村さんじゃん」

「今日も可愛いねえ」

「男同士って、植村さん女の子じゃん笑」

植村彼方は男子にはとても人気だった。

そりゃそうだろう。見た目がこれだけ綺麗で可愛いんだから人気も出るだろう。


本当のことを知っている俺としては同意半分否定半分で複雑な気持ちだが。

「あはは、どもども〜。じゃあ大和くん借りていくね〜」

「あんまり学校内でイチャイチャすんなよ!」

「目立たねえようにな!」


「もう、そんなんじゃないってば〜!」

彼方に手を引かれ、教室から出ると俺はこいつの手を振りほどき中庭に連れてこられた。

中庭に着いた途端、ため息をしながら体を動かす彼方。


なんなんだよ…。


「はあ…疲れた…。

何このクラスの美少女アイドル人気系女子…。めっちゃ疲れたあ…」

「じゃあもっと普通に話しかけろよ。回りくどいな」

「ただでさえ人に囲まれるの苦手なのに普通に話しかけたんじゃ、また本郷くんとの関係を疑われて女子に囲まれるじゃん。嫌だよ…」

「だからって男子を煽るのも違うと思うぞ」

「別に煽ってなんか…」

「煽ってんだよ」

「えぇ〜」


思えば向こうから話しかけてきたのは初めではないだろうか。

それに初めてまともに会話した気がする。


少し嬉しくはあったものの、何を話されるかわからないようなままうずうずするのは俄然めんどくさい。

だから本題に入ろう。


「んで、話ってなんだよ」

「うん。切り替えは大事だね。」


同じことを思っていたのだろうか。一言いった後で真面目な顔に変わった。

一体どんな話をするのだろうか。


「来月さ、本郷楓さんのお墓にご挨拶に行こうと思ってるんだけどね」

「なんでお前が母さんのこと知ってんだよ。」


こいつの口から母の名前が出たことに驚いた。なんでこいつが…

母さんとこいつは何か繋がりがあったのだろうか。


「……、親同士が知り合いだったらしいんだよ。おか…、由紀菜さんが行こうって誘ってくれたから行くことになったの。」

「親同士が知り合い…」

由紀菜さんというのは確か愛の母親だったはずだ。つまりこいつは今その人の養娘ということなのだろうか。だから苗字が『植村』なのか。

養母である人が知っていたのならあの菜穂香さんも母のことを知っていたのだろうか…



「うん。それでね、場所を教えてほしいんだ。お墓の場所を…」

「…今度、来月の27日に行くことになってる。都合が合うんならその日に一緒に来ればいい」

場所を知らないのは仕方のないことだ。元々父が親戚にしか教えていなかったのだから。

知らないなら一緒に行けばいいと思って提案し、その返事を待っていると、彼方は考え込むように手に頭を置いた。

「27日か…」

「何かあんのか?」

「いや、何があるわけでもないんだけどさ。その日、私の誕生日なんだよね」

「………!!!」

ちょっとした偶然に驚いてしまう。

その日は死んだとされる姉の誕生日なのだ。

「どうしたの?」

「い、いや…」

よくよく考えれば誕生日が偶然同じなんてよくあることじゃないか。なんでそんなに驚くことがあるのか。


ふと彼方の顔を見てみた。

なぜだかこいつは悲痛の表情を浮かべていた。自分が生まれた日。延いては母の死んだ日になにか思い入れがあるような…。


もしかしたらこいつ自身、母さんの死んだ時のことを何か聞いているんじゃないだろうか。

そう思ってしまった時だ。

「お前、もしかして母さんが死んだ理由について何か知ってるんじゃないか」と、意図せず口から出た言葉だったが、それは一言一句、本音から出た言葉でもあった。


「うん。みんなに聞いたから知ってるよ、全部。

私が生まれた時の話、大和くんが生まれた時の話。

楓さんが亡くなった時の話。

全部聞いたから知ってる。」


「なら…」

教えてくれたっていいじゃないか。なぜ教えてくれないのか。そう思って口にしようとした途端。

「でもごめん。今はまだ話せない。

今だと時間も無いし、それに今教えてもし大和くんがダメになっちゃったら困るもん」

気になるところまで言っておいてその先は言えない。

そんな風に言う意味も理由も分からなくて問い質す。俺がダメになるとはなんなのだろうか。

勉強が出来なくなる?

既にもう手につかない状態だ。

人間関係か?

もう既にダメだよ。周りとは軽口叩きあってるだけだ。


なら何が…


「はあ?ここまで言われて聞くなって言うのか。

無理だよ。どの道上手くいってねえのに気になってさらにダメになんだろ。」

「私が言った『ダメになる』ってのは最悪の場合精神的におかしくなるってことだよ。私のお母さんもお婆ちゃんもそうだった。」


「だからなんだって…」

聞いたら精神的におかしくなる?

もう既に精神的には崩れかかってるんだよ。それに何かを上乗せしたところでどうなるというのだろうか。


「聞かせろよ…」

「仕方ないな……。なら一つだけ教えておく。

私と大和くんのお姉さんが同じ日に生まれたのは偶然なんかじゃない。

今日はこれしか言えない。」



ここで彼方の雰囲気が変わったことに大和は気づかない、きづけない。



それってまさか…


いや、でもこいつは昔『男』だったはずだ。だから俺の『お姉さん』なはずはない。

それ以外に何がある…


大体、こいつのお母さんを俺は知ってる。本当にこいつの事を想って、考えて。最後には愛の想いと一緒に俺にこいつを…


菜穂香さんの事を思い出したあと、彼方の顔を見た。

そっくりだ…。


でも昔は全く似てなかったはずだ。

だからこそ初めて菜穂香さんにあったあの日、パッと見で彼方の母親だって判断出来なかったのだ。


じゃあ、あの顔は誰に似てるかを考えた時、嫌な想像が頭をよぎった。

不思議なことに昔のこいつの顔は写真でしか見たことのない俺の母親にそっくりだった気がする。


「お前が死んだとされてた俺の『お姉さん』なのか…」

「正確には『お兄さん』だったんだよ。『お姉さん』は双子の姉の結以だから。

私達はお母さんのお腹の中で生まれて、楓さんのお腹の中に宿された一卵性双生児だった。」


『体外受精』。

その単語を思い出した。

妊娠が行えない母体の代わりに別の母体を用いて受精、出産を行う手法だ。


つまり、一卵性双生児の彼方と俺の『お姉さん』の結以ってのはお母さんの胎内で俺と一緒に育ち産まれた。

そして母は無理をして胎内に三人の胎児を抱え込んでいたために極限まで弱っていたらしい。


だから俺を生んだ後に死んだ。


「なら、母さんが死んだのは俺の…俺達のせいなのか。」

「うん、そうだよ。」


それからも彼方は話を続けた。

母が亡くなったあと、俺を引き取ったのは父だった。


あと、彼方の性同一性障害のことも。

どうやら彼方は胎児として成長している途中で死んだ結以の人格と統合してしまい、それが原因による性同一性障害とのことだった。

珍しい症例らしい。


そこまで聞いて授業が始まる時間をすぎていることに気がついた。

でも、今行ったところでまともに授業なんて受けれないだろう。

それどころか日々の生活さえまともに送られるか不安だった。

そのくらいにこの話は重かった。


でも、狂ってしまいそうなのにそうはならないのはこいつがいてくれるからだろうか…







しばらくして同じように授業が始まったことに気がついただろう彼方が顔を繕ってこちらを見る。


「初めて欠課しちゃったじゃん…」

「それを後悔するなら昼休みなんかに話そうとするなよ。

お陰で一部しか聞けなかったじゃん。罰として放課後もっと詳しい話を聞かせてくれ」

「別にいいけど…」


まだ頭の中を整理できたわけじゃない。未だに色々とこんがらがることはある。

でもこいつと…彼方と喋っているとなんだか不思議と落ち着くのだ。


そのまま午後の授業の時間は二人で話をしていた。

結局、放課後と言わずに今話し始めたのだ。

菜穂香さんの一生やそれに影響されたたくさんの人たちのこと。


俺の本当の両親が誰なのか。

今になっては分からない。



俺が知らない彼方の7年間のことも全部話してくれた。


話の最後にされた質問があった。

「ところでさ、模試の結果どうだったの?」

「C判定だったよ」

彼方はとても驚いていた。

「なんで?いつももっと取れてたじゃん?」

「なんでって…。

あー、あれだ。お前と張り合う必要が無くなってからは何のために勉強をすればいいのか分かんなくなったんだよ。んで、そんな調子で模試受けたらこのざまだ。親父にも呆れられた。」

「私と張り合うためだけに勉強してたの…」

呆れたような表情でこちらを見てくる。

おい、あまりげんなりして見せるなよ…。自分が情けなくなるじゃん…。


「良いだろ、別に…」

「悪いなんて言ってないよ。私はそれに支えられていたのかも知れないしね。

私、タイにいた時は満点取らなきゃって頑張って勉強ばっかりしてたんだよ。昨年、先生から手紙を貰って大和くんのことを聞いた時は『負けられない』って思った。だからこそ今の私があるのかもなんて思う。」

これは慰めてくれてるのだろうか。

いや、素だろう。

だからこそ嬉しくはあるのだが…。


「お前、俺と同じ高校の模試受けたんだろ、じゃあもう進路とか決めてんの?」

「ええ、もちろん。」

威張るようにしてそう言った彼方。

もうから自分の夢が決まってるなんて凄いと思った。

「何を目指してんの?」


「ふふん、私の夢は作家だよ」


「は?作家…?」

ちょっと驚いてしまった。菜穂香さんは教師をして夢半ばに潰えたって聞いたからそれを継ぐか由紀菜さんのように精神科医になって自分と同じ経験を持っていたり、精神的に病んでいる人のサポートをしたりするんだと思った。

正直、作家よりもそっちの方が似合う気がする。


「そ、作家。私は『想いを伝えられる作家』になりたいんだ。」


彼方はまだ続ける。

「色んな人、たくさんの人の『好きなもの』『嫌いなもの』こんな小さな『想い』でも『こんな風になりたい』『あの人が好きだ』『色んな生き方をしてみたい』っていう大きな『想い』でも。

色んな『想い』を伝えられる、伝えることが出来る作家になりたい。これが今の私の夢です。」

それが志した理由なのだろう。

それを言う彼方はとても輝いていて見えた。



それと同時になんだか「この夢を一緒に追いかけたい」ってそう思った。

それだけじゃない。

支えてあげたいと思えたのだ。

何故そう思ったのかは分からない。過去の話を聞いたからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。菜穂香さんと同じ顔の彼方に何かを感じたのかもしれない。


愛や菜穂香さんに託された想いを叶えるチャンスでもある。

なら、そのために俺もできそうな事はやらないといけない。

『自分に出来ること』なんて数少ないけど、それでも何かをしたいと思った。



「じゃあ、俺はお前が書いた小説に絵を付けてやる。」

今度は俺が威張るように言ってやった。

少しにやけながら彼方を見ると、彼女はとても驚いていた。

「……は!?」

「実は俺、絵描くの好きなんだよ。

デジタルもたまにしか当たらないけど少しなら書けるし高校の間で勉強してみるのもありだよな」

「ちょっと待って。そんなの勝手に私が大和くんの未来を奪ってしまうようなこと出来ないよ。もっとちゃんと…」

「良いんだよこれで。俺は知心剣勉強をして

お前と同じ高校に行って、お前の夢をサポートしてやる。

これはもう決定事項だから。」

もう決めたのだ。簡単には覆してやらない。

「えええ…。」

「じゃあ、そういうことだから。これからもよろしくな姉さん。」

「ちょっ…、最後の何?

姉さん…!?あ、ちょっと待ってよ!」


じたばたと不思議な言動をする彼方を放って教室へと向かう。

授業担当の先生に頭を下げ、後で入ってきた彼方と一緒に席に着く。


隣の友人から手紙が回ってきた。

「ねえ、昼休みから帰ってこなかったけど中庭で何してたの?笑」

横を睨み、手紙には「話してただけだよ。あと、授業に集中するから邪魔するな」と返信。


そう、目指すは県内にある芸術文芸高校だ。

そこは偏差値も高く、今の成績では受からないだろう。

だから少しでも集中して勉強しなければ…。

絶対に受かってやるからな。

友人もそれを察したのだろう。以降はちょっかいを出すことなく、見守ってくれていた気がする。


授業が終わったあとは彼方と二人でサボった罰として出された課題を取りに職員室へ向かった。

課題を受け取ると、ついでに松川先生の机のそばに行き、二人揃って進路の話をした。


先生は笑顔で応援してくれた。





一週間後の模試。

本郷大和は見事、A判定を獲得した。

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