紡ぐ想いとその彼方。

大和環奈

一、 『僕』が『私』になるまで。

第1話 プロローグ。

 

ある街のとある一つの家。

周囲の家と何ら見た目の変わらぬ一軒家。

そこには一つの幸せな家族が住んでいた。


その家族は母親一人、父親一人、娘一人で構成されていた。


母親である女はこれまでたくさんの苦境を乗り越え、そして今を生きている。

父親である男はただひたすらに女を愛し、支え続けた末に今を生きている。

そんな二人に育まれながら、愛されながら生きる娘は幸せそうに生きている。




 これはこの家族がたくさんのものに支えられ、たくさんのものに愛され、数多の障害を乗り越えて幸せを手に入れる物語。



 ☆



 不知火誠と不知火菜穂香の間に生まれた男の子・彼方はとある田舎で生まれ育った。海の幸にも山の幸にも恵まれた町。そこに住む親戚や周囲の人々に甲斐甲斐しく育てられたおかげで元気で笑顔が素敵な少年へと成長する。

中でも菜穂香の姉である齊藤清香の娘で、彼方の従姉妹にあたる綾香は特に気にかけ、まるで実の弟のように彼方を可愛がった。


彼方は綾香のことが大好きだった。

男女のそれとは違う憧れ、羨望。そういった類の好意。

だからこそ彼方は幼い頃から綾香のようになりたいと希望を抱いた。


家を空けることが多い両親を持った彼方は時折、清香や清香と菜穂香の共通の知り合いでもある植村由紀菜にお世話になっていた。

だから由紀菜の娘である愛とは姉弟同然のように育った。

一緒に保育園に通い、由紀菜に一緒に連れ帰ってもらう日々。

そんな日々もあっという間に過ぎる。





何の問題もない様に見える彼方の一番の問題。

 それは彼方自身が自分を女だと認識しているということだった。この事について父・誠は「成長していくうちに分かるはずだから放っておけ」と言って流して真剣には聞こうともしなかったし、菜穂香は彼方のためにと忙しく、あまり傍にはいなかった。

叔母に当たる清香はもしかしたら「何かあるんじゃないか」と頭を悩ませていた。

由紀菜は精神科医としての病院勤めが長いため、早い段階で彼方が性同一性障害なのではないか、という旨を清香に伝えていた。


だからこそ男として生まれたはずの彼方は「綾香のようになりたい」と羨望することになんの疑問も抱かない。



そんな彼方がすくすくと成長し、小学校へ通う歳になった。

彼方の通う小学校はあまり大きくないが、中学校が一緒に併設されている様な学校だった。併設されている中学校には綾香が通っていて、小学校には同い年の愛も入学するため、そんなに緊張はしなかった。


入学式を迎え、一年生で同じクラスになった愛と彼方。


小学生になるまで自分の性別についてなんの違和感も抱かずに成長してきた彼方は当たり前のように普段着は女の子の服を着ていたし、女子トイレに入る。体育の着替えも女子と行ったりしていた。周囲も特に何も言わず、女の子としての日々を過ごしていた。


二年生に上がるまでは学校でも帰る時でも、いつでも一緒にいるような二人だった。


そんな二人が二年生になった頃のことだ。彼方と愛はクラスが別になり、学校内でも一緒にいる時間が減った。

時折、愛がクラスの男子と話しながら帰ることが増え、彼方は一人で帰る事や一人でいる事の方が増えていった。偶然帰り道に二人を見かけても、子どもながらに分かったような顔をしながら「邪魔をしちゃ悪いよね?」なんて言って帰路につく。


これからは朝も一人で学校に通った方がいいかもしれない。


そう思い始め、次の日から一人で学校に行くようになる。


学校でも愛は昨日の男の子と一緒にいたので敢えて近づかずに休み時間には机に本を広げて読書をして過ごしていた。


 今日の帰りには愛が一緒だった。


「彼方、昨日は一緒に帰れなくてごめんね」

「ううん、平気だよ〜!」


そう、元気に答える彼方。

愛はその返答を聞きながらも少し不安を感じていた。


「最近、私がいない時に嫌なこととか無かった?大丈夫?」

「ん?大丈夫だよ?」

不安そうに彼方を心配し、質問する愛。

だが、そんな愛の意図がわからないようなきょとんとした不思議そうな顔で彼方は返答をした。その反応に心底安堵する。

「そっか、なら良かったよ…。」

「うん?何が良かったの?」

「……なんでもない」

「?????」


 そんな風に会話を交わしながら帰る。




段々愛と一緒に帰れない日が多くなり、綾香と帰ることが多くなった。


綾香は今年で中学校を卒業する中学三年生。そんな綾香と一緒に帰り始めて聞いた話だが、卒業後は隣町の高校に通うことを決めていて、少し遠くに引っ越すらしい。


彼方は綾香との残りの少ない時間を大切に過ごそうと思い始め、彼方は毎日のように三年生の教室に行って綾香と帰るようになった。




そんな日々がしばらく続いて二学期も終わりに近づき始め、気温も段々と寒くなってきた頃の事だった。


 愛が学校に来なくなった…。



これまで全くと言っていいほどに学校を休むことのなかった愛。そんな彼女が突然に学校に来なくなったのだ。

その事には彼方も綾香も、愛が仲良くしていた他クラスの男の子も心配を隠せない様子だった。


心配になった彼方と綾香は放課後に植村家を訪ねた。



出迎えてくれたのは憔悴しきった顔の由紀菜だった。


彼方が由紀菜に愛の事を尋ねる。

すると、由紀菜は彼方を抱き、泣き崩れた。

涙の意味が分からない。


「ねえ、愛ちゃんは?

大丈夫なの?

ねえ、ねえ!」


彼方は泣き止む気配のない由紀菜に質問をぶつけ続ける。

ついには泣き止むことの無かった由紀菜は嗚咽を漏らしながらも教えてくれた。



 数週間前、愛は交通事故に遭い、命を落とした。



赤信号に気づかずに横断歩道を渡る老いた女性を庇って車に轢かれたという話だった。

愛を轢いた運転手も脇見運転をしていて横断歩道を渡る女性に気づかずに車を走らせてしまったらしい。



この時の彼方には事故の詳細なんてのは頭に残らなかった。

ただ一つ、彼方に大きな衝撃を与えたのは『もう愛とは話をすることも笑い合うことも喧嘩することも怒り怒られることも出来ないのだ』という事実だけだった。

それを自覚した途端、彼方の頭の中はぐちゃぐちゃになった。

そして泣き叫び始める。

留まることの知らない涙。


愛のことを妹の様に可愛がっていた綾香もあまりの事に呆然とするばかりで何も言わずに涙を堪えていた。



綾香は泣き喚く彼方を連れ、由紀菜に「今日は連れ帰ります。」と一言告げると植村家を後にする。


その帰路だった。

綾香の腕の中で泣き喚く彼方を抱き、街道を歩いていると、もう我慢の限界だと言わんばかりに綾香の中にあった堪えきれない哀しみが溢れ出す。嗚咽をこぼし、胸の中で喚く彼方を抱きしめながら泣き叫んでいた。


妹の様に可愛がってきた。

優しい女の子でいっつも誰かを気遣っていた。

小学校に上がってからは何かある事に「彼方が」「彼方が」ととても彼方を心配してくれた。

綾香も彼方も愛のことが本当に大好きだった。

そんな彼女を思い出し、止めどなく涙がこぼれる。



しばらくして少し落ち着いてから泣き疲れて眠ってしまった彼方を連れ不知火家に着き、眠る彼方を布団に寝かすと、菜穂香に愛に起こったことを伝える。

愛が事故で亡くなったこと。それを知った彼方が泣き叫び始めた時、憔悴した由紀菜さんが辛そうにしていたこと。彼女を慮って彼方を抱えて植村家を出てここに来たことなどだ。

それを聞いた菜穂香は驚愕に口を抑え、頭を抱えながら涙を零した。


綾香は愛を失った彼方について今後の事を菜穂香と話すことになった。


だが、この日は何一つ話が進まなかった…。





次の日、彼方は綾香に連れられて学校に行く。愛がいない学校は彼方にとって地獄の様な日々だった。

それは朝、教室に入ったところから始まる。

 何気なく教室の黒板を見るとそこには「不知火彼方は男子のくせに女子トイレに入ってるへんたい!」「じょそうしゅみちょーキモイ!」「お姉さんにべったりなシスコンくん」「気持ち悪い」「彼方ちゃん付き合って〜爆笑」など、彼方への悪意がチョークでびっしりと書き綴られていた。それは黒板だけではなく彼方の机や椅子にもびっしりと書かれていた。


「あ、彼方ちゃん今日はスカート履いてないんだ」「なんで学校来たの」「今日から女子トイレ使わないで男子トイレに行きなさいよ、キモイから」そんな罵詈雑言から一日が始まる。



そして体育の授業のための着替えの時間のこと。一人の男子が「なあ、彼方ちゃんが本当に女子かどうか調べてみようぜ」と言い出し、それに賛同した男子たちは彼方を羽交い締めにすると皆に見せるようにして教室の壇上で彼方の服をひん剥いた。

それを見た男子は「ちんちんついてる〜笑笑」とはやし立て、女子は「信じられない」「キモイ」と彼方を侮蔑した。


彼方は唖然とするばかりで何も反応出来なかった。


反応が無いことにイラついたらしい男子生徒の一人が手を出そうとした時だ。

そこに担任の滝沢がやって来た。体育の授業に誰一人表れない事を叱りに来たらしい。


全裸のまま晒しものにされている彼方とそれをしている男子、それを面白おかしく見ていた生徒達を一瞥し、顔を真っ青にして「あなた達は何をしているの!!」と怒鳴りあげた。


「あ、やべ」「チャイムなってたのか」「あ、私まだ着替えてない…」「私もだ…」

 そうやって慌てて教室から散ろうとする生徒達。


滝沢は「待ってみんな、今日の体育はやめて学級会をします。全員席について。」

と授業の変更について簡単に述べた。


学級会の前に彼方を着替えさせ、菜穂香に迎えを頼んで彼方を帰らせた。


その後学級会が行われたが、生徒達の意見をまとめると「彼方が嘘つきだからそれを問い正しただけ」「男なのに女だなんて気持ちが悪かったから」との事だった。





家に帰り、ご飯を食べたあと菜穂香から早めに寝るように言われた彼方はそれに従って布団に入った。


今まで彼方がすることに何も言わなかったクラスメイト。それが突然に彼方を謗った。今までと今日の違いは何か…と考えたところで気づいた。


ああ、愛がいなくなったからだ。

愛がいてくれていたから今まで何もされていなかったんだ。


愛が彼方のそばから離れないようにしてくれていたのは純粋に仲良しというだけではなかったのだ。

そうすることで周囲の人から何か言われるであろう彼方を守るためにしてくれていたのだ。


男子生徒と仲良くしていたのもきっと……。


それを思った瞬間、愛への感謝や悔しい気持ち。どうしてもっと早くに気づいて感謝を伝えたれなかったのか。

そんな後悔が募りに募って布団の中で蹲り泣き喚く。


「あいちゃん…愛ちゃん…ごめんなさい…」


彼方の自戒は数時間続いた。




少し経って落ち着いた頃。

喉が渇いたからと一階へ降りた時だった。


どこか外から帰ってきたばかりの母と居間でお酒を呑んでいた父の怒鳴り声が聞こえてきた。




「無駄だって言ってんだろ。あいつが何て言っていようがあいつは男なんだ。」

「でもあの子はそれを望んでないでしょう!?あの子の気持ちを汲んであげないと可哀想じゃない!」

「煩ぇよ!お前がそうやって甘やかすからあいつが変なことを言い出すんだよ!」

「……違う。あの子は物心ついた時からこうだった。だから…」

「なら、最初から女に産めばよかっただろうが。女に産んでりゃわけ分かんことにもなんなかったし、女だと成長した後で体を貸すように言えば金だって簡単に手に入れられただろうによ」

「……! あの子をあなたの道具みたいに言わないで!!確かにあの子が生まれた時から女の子だったら色々違ったかもしれない。けど…」

「元々、あいつは産まれる予定が無かったんだ。それをお前らが勝手によお……。あれは俺にとっては道具以外の何物でもない。あいつが産まれなきゃもっと色んなことに金を使えただろうにな…」

「やめて!」

 そこまで言った時だった。

「ガタン」という物音に気づいた菜穂香が慌てて扉を開けると、そこには膝をついて何事か呟く彼方の姿が…。


「彼方、今日は早く寝なさいって言ったでしょ?どうして…」

 今の言い合いを聞かれたのでは…、と彼方を寝室のある二回へ促そうとした時だ。

「ごめんなさい」

 突然彼方が謝罪の言葉を口にした。

「え?」

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい…」

 これはなんの謝罪なのか。その意を込めた疑問だったのだが、それに触れるでもなく彼方は謝り続ける。


「彼方…?どうして謝るの…?」

 恐る恐るそう訪ねた菜穂香。

 その答えを聞いたあとで菜穂香は文字通り、死ぬほど後悔をする。



「女の子の体で産まれてこなくてごめんなさい。お母さんやお父さんの望むような子どもになれなくてごめんなさい。」


 そして…


「産まれてきちゃって、ごめんなさい。」



それは母親として絶対に子どもに言わせてはならない一言だった。

菜穂香はそんな彼方を抱きしめ、「ごめんね、ごめんね彼方…」と謝る。

謝りながら彼方を二階へ連れていき、布団に寝かしつけた。

溜め息を吐き、一階へ降りる。




翌朝、彼方は目覚めると恐る恐る一階へと降りた。

そこで彼方は目にした。



……菜穂香が部屋の一室で首を吊っていた。




彼方は菜穂香の姉が住む齊藤家に引き取られることが決まった。綾香の進学と共に引っ越すことらしい。それまでは誠との二人暮らし。清香と綾香は毎日彼方を心配して顔を出していた。

そしてその日から彼方は学校に行かなくなった。



引っ越すまでの間は誠と共に暮らす予定だったが、教育と称した暴力が絶えず、それに何も言わなかった彼方。

誠は自分のことを女だと主張する彼方が気に食わないらしく、男であることを強いたのだ。

言うことを聞かない時には手を出し、足を出して聞かせる。



菜穂香が死んで一週間が経った頃には彼方は自分のことを《僕》と呼ぶようになっていた。


毎日様子を見に来ていた綾香は日を追うごとに違うところにアザや傷を作っていく彼方を見て、「引っ越すまでと言わずに明日から家に連れてきてあげよう?もう見ていられないよ…」と清香に提案し、清香もそれに同意。



次の日、清香と綾香は不知火家を訪ねた。彼方が居ないのを見て最悪の想像をしたが、誠が言うには「今ちょうどコンビニに酒とタバコを買わせに行かせてる」とのことだった。

清香は「あんな幼い子に酒やら買わせに行かせるなんて!」と誠の行動を咎めたが、当たり前のように「買えなきゃその分のストレスがあいつに行くだけだ」と吐き捨てた。


あの時と何も変わっちゃいない。

許せない…この男……。






彼方は父に頼まれたとおりにコンビニで酒とタバコを買おうとするも店員に止められた。


「ああ、また父さんから叱られるな。」


そう思いながらコンビニを出て帰路につく。



近所のおばさん達がこっちを見て何やらこそこそと話しているのを見た。

「ああ、また気持ち悪がられているんだろうな」

そんな風に思った時だった。


「あんたら大人として恥ずかしく無いのかよ!」

そう言った一人の男の子。


彼方はこの男の子の事を知っていた。


愛と一緒に帰っているのを何度も見かけた。

確か名前は本郷大和。


あまり彼方と接点の無かった彼が怒鳴ってくれたことに驚きつつ、彼に「いつものことだよ、ありがとね」とその一言だけ言ってその場を後にした。


まだ彼が何か言っているのが聞こえるけど、もうどうでもいいや。


父に怒られることを想像しつつ家に帰りつくと中には清香と綾香がいた。

二人は今日から引っ越すことにしないかと提案。そして父はそれを喜々としてそれを承諾したらしい。



次の日から彼方は齊藤家でお世話になることになった。


二階建てだった元家とは違い、一階建ての一部屋が広い部屋だった。

引越しをした時は元々家が近かったこともあり、あまり変化は感じられなかった。

だが、住んでみればそれは全然違うものだと感じられた。


毎朝六時半頃に起こされ、居間へ行くと三人分の朝ご飯が用意されていた。

清香と綾香と彼方。

その三人分のご飯だ。


父も母も働いていた元家では朝から家族揃ってご飯を食べることはなかったし、そもそも朝ご飯はなかった。


だから家族で食べる朝ご飯というものが新鮮すぎて思わず涙が出た。

泣きながら慌ててご飯を食べる彼方を清香も綾香も心から安堵するような顔で見つめていた。

それ以来、積極的に家の手伝いをするようになっていた。


これが普通の家庭なんだろうか。だとしたらなんかいいな……。



数週間経ったある日のことだ。

いつもの様に綾香が学校に行くための準備をする間、彼方は清香と話をする。


「まず、今日は彼方を病院に連れていこうと思います。病院でしっかりと診てもらって、対処をしていきましょう。」

「病院に行ってなにをするの?」

「それについてだけどね…、あなたにとっては辛いかもしれないけれど、まずは由紀菜さんのところを訪ねてみましょう?愛ちゃんにも挨拶しなくちゃね?」

「……うん。」


問いかける清香の瞳は泣きそうだった。その涙を見て思う。


今まで愛の死から逃げてきた。でも、もう逃げちゃダメだ。向き合わなきゃ。


だから彼方は素直に応じた。




「じゃあ、行ってきます!」

そう言って綾香が家を出る。

「いってらっしゃい」

それに決まりの返事をして綾香を送り出す。


正直彼方にとって学校はいい印象が無いので少し前までは綾香が楽しそうに学校に向かう姿に不信感を抱いてしまっていたのだが、自分が異常なんだと理解してしまっている今では軽く流せる程度にはなった。



清香に連れられ植村家へ行く。

「あら、いらっしゃい。なんだかお久しぶりね」

最後に会ったあの日よりもいくらか元気になったように見える顔で出迎えてくれた由紀菜。


家に上げてもらい、居間で話をする。

「もし病院に行かれるのなら、ここの病院はどうでしょう。扱いとしては精神科に当たりますが、性同一性障害について詳しい診断をしてくれますよ。なんなら私も一緒に行きましょうか?」

「え、いいんですか?」

「ええ、私にとっても彼方さんは子どもみたいなものですから…

 天国に行った愛の分まで可愛がってあげたいんです。」

「……そうですね、本当にありがとうございます。ぜひお願いします」


彼方を本当に思いやってくれた気持ちをありがたく汲み取り、清香と由紀菜と共に病院へ。


病院に行き、診察を受けたところ間違いなく性同一性障害であると診断された。


彼方の意思で性適合手術を受けるのはいい。

ただし、ここで問題となったのは金額だった。

性適合手術には健康保険が適応されないため、手術から入院までの費用を全て患者自身が負担しなければならない。


 その費用が用意出来ない。


あと少しすれば引越しする予定だし、綾香の入学費、学費も確保しなければならなかった。



話を聞き、清香が悩んでいることに気づいた彼方は


「もしダメならいいよ?僕はまだ大丈夫だから、綾姉ちゃんの事を優先してあげて?」

「え、でも…」

「僕は大丈夫だから」


今すぐ受けることは叶わない。そう思いかけた時だった。


「もし良かったら手術の費用は私が負担しますよ?」

それを提案したのは由紀菜だった。



結局その日には答えを出さず、由紀菜とは「後日詳しい話をしましょう」との事で別れた。


数日後のこと。

由紀菜が齊藤家を訪ねてきた。


実を言うと彼方は戸籍上ではまだ不知火誠の息子だった。引き取った日以来、何度も市役所には行っていたが、性別のこともあり、中々戸籍の更新に至らなかった。


由紀菜に家に上がってもらい、居間へと案内する。話をするため、彼方にお茶を用意してもらい、テーブルを囲むようにして座る。


由紀菜の提案は手術費用の負担。手術を機に、彼方の性別登録の変更についてと、戸籍上で彼方の母となること。手術終了後には整形治療を施す必要があるだろうとのことで、手術後に彼方と共にタイへと向かうことも提案する。



由紀菜の話を聞き、清香は彼方の方を向き直る。彼方は少し考えた末、由紀菜の意見に同意した。

清香も「彼方が同意するならば」と由紀菜の提案を認める。



 その次の日、昨日行った病院に再来。



医師に手術を受ける旨を伝え、手術を受けることが決まった。




この日から本格的に彼方がホンモノの女の子になるための活動が始まった。


これは彼方が色んなものを見て、色んなことを知り、沢山の人から愛を受けて女に、そして大人になっていく物語。

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