言霊使い(E+)
朝霧
『美少女』と『美少年』
その日、電話がかかってきた。
その電話は非通知で、その時邪神の生贄にされかけていた友人を助けるために奔走していた私は、相手が友人、もしくは彼女を生贄にしようと企てている犯人に連なる何者かと考えその電話をとった。
しかし聞こえてきたのは3年前に自分を捨てた元自分の主で、これ以上関わるなという声にあまりにもムカついたから、思わずこう言って乱暴に通話を切ったのだ。
「てめーにはもう関係ない」
別にそのことに対して何の後悔もしていないし、気分が良いとも思っていなかった。
むしろその後の展開がクソかつ修羅っていたので、私はその一大事件についてあろう事かすっかり忘れ去っていたのだった。
ちなみに友人に関する一連の事件はいきつけのラーメン屋の店主の兄のすごい陰陽師が全部解決してくれた。
私がこの屋敷に強制的に滞在させられてもう一週間になり、貴重な夏休みをこの監禁生活で一週間も潰された事に気付いた瞬間、私は思わず天井を仰いだ。
夏休み中であったのはせめてもの救いだが、貴重な夏休みをこんな監禁生活で潰したくない。
「……あんのクソ野郎共」
思わず呟いていた、クソ野郎共がもしいれば人によっては怒って何をされるかわからないが、今は真夜中であるためいない。
仕事が夜勤だからだろう、完全に昼夜逆転した生活をする奴らの相手をさせられるのは朝から昼にかけて、時折完全に日が落ちるまで付き合わされたが、お前らの体力どうなってんの?
私はほぼ連日あいつらの夜、というか昼の相手をさせられてクタクタだ。
いっしゅうかんまえまではたしかにしょじょだったのに、わたしなんでこんなことになってんの?
という疑問を最中に何度抱いた事か、実は悪夢なんじゃなかろうか、という現実逃避ももちろん何度もしていたが奴らからもたらされる痛みによってそんな淡い期待は何度も崩れ去った。
特にここに連れてこられた直後、『主人格』にやられた時はすごく痛かった、絶対に泣いてたまるかと思っていたのにあまりにも痛くて悔しかったせいでボロボロと泣いてしまった。
だってあいつ容赦なかったんだ、あれはもう完全に強姦だった。
訴えたいけど多分無駄だ、だって金持ちだもんあいつ。
昨日は『淑女』だったから痛みはなかったけど、濃厚すぎるプレイを強要されて
いっそ発狂した方が楽なんじゃね、とは思う。
でも発狂するのはごめんだ。
だから……
重い体を何とか起こして、ベッドから抜け出す。
部屋のドアに近寄って、静かにノブを掴む。
掴んだそれをゆっくり捻って、内側に引いて――
動かない。
「っ!!?」
もう一度強く引く、それでも動かない、ならばと押してみてもビクともしない、当然だ。
「あんのクソ野郎……っ」
とうとう鍵掛けやがった!
昨日までは不都合があったら困るだろうというわけで鍵は開けっぱなしだった、だからこそ私は毎日逃亡を企て、失敗し続けていたのだが……
これじゃ逃げようがない。
何度も逃亡を企てたせいであちらも痺れを切らしたのかもしれない。
いや今更すぎやしないだろうか?
気まぐれか?
窓からの脱出は何度か考えてみた事はあるが、この窓は開かないようにできているし、ここは3階だ、もし窓を割ったとしても伝って降りられるような突っ掛かりはないし、ロープの類もない。
普通に詰みだ。
「ちくしょう……」
ドアを一度だけ強く拳で叩いた、そんな事をしてもただ手が痛くなるだけだったけど。
そのことでさらに苛立ちが増したけど、もう本当にどうしようもないので、足を引きずってベッドに潜り込んで薄い毛布の中で丸まった。
要するにふて寝だった。
声が聞こえてきた、自分の事を呼ぶ声が。
起きなさい、と言っていたけど無視した。
無視を続けていると薄い毛布の上から丸めた背中をバシバシと叩かれる。
なんか無性に苛立ったので、とことん無視を続ける事にした。
その後もバシバシと背中を叩かれる、痛いが最近のアレに比べるとマシだ。
そのまましばらく粘っていたけど、とうとう毛布をひっぺがされる。
抵抗はしたものの毛布が破れそうな勢いでひっぺがされると流石にかなわない。
ひっぺがされたあと、無理矢理体を反転させられ、仰向けにされる。
目に映ったのは白い天井、ではなくジト目のあいつだった。
腰辺りに重みを感じるので、どうやら馬乗りにされているらしい。
重いからどけやこのクソ野郎共。
「やっと目が覚めたようねお愚図ちゃん」
目に映ったのは、ここ数日で見慣れてしまった姿だった。
かつて私を気まぐれに拾い、自分勝手な理由で捨てた元主の
かつては長かった髪を肩までの長さで切り揃えている以外は、3年前とさほど変わっていない。
その顔だけではさすがに判別がつかなかっただろうけど、その尊大な声と口調で奴が今誰であるのか私はすぐに察した。
何も言わずに睨みつける。
「何よあんた」
パチン、と左の頬を手の平で打たれる。
大した力ではないから別に平気だけど。不愉快きわまりない。
ので、ただ無言で睨みつける。
私の態度に奴は尊大で余裕ぶったお綺麗な顔を思い切り歪ませて突如激昂した。
「何よ!!」
パチリ、今度は右の頬を打たれる。
「久しぶりだってのに!!」
パチリ、また左。
「何なのよその態度!!」
パチリ、右。
「あんたはあたし達の下僕でしょうが!!」
また左。
たいして痛くはないけど、一つだけ放っておけない言葉が出たので奴が手を振り上げた直後に口を開く。
「捨てたのはあんたらだろうが」
自分で聞いていても冷たい声だと思った。
それでも足りないくらいだけど。
「……っ!?」
振り上げた手をそのままに、奴は目を見開いて私の顔を凝視する。
「私を勝手に拾ったのもてめーら、私を勝手に捨てたのもてめーら。捨てたくせにわざわざ自己中な理由で無理矢理連れ戻したのもてめーらだ。自分勝手なお前らに振り回されてるこっちの身にもなってみやがれこのクソ野郎共」
そう言い切った直後、顔の中心、鼻っ面に衝撃。
逆上した奴が振り上げた手の平を握りしめて私の顔面に思い切り振り下ろしたらしい。
鼻がつんとして、何かが流れていくような感覚がする。
多分鼻血が出てるんだろう。
「相変わらず、自分に不都合な事を言われると暴力に走る癖は変わらないんだな、『美少女』」
そう口元を歪めて笑うと、『美少女』はさらに顔を赤くさせる。
「だって、だってだってだって!! あんたが悪いのよ!! あんたが、あたし達を否定するから!! あんたのせいであたし達は……!」
「否定されるような事をしでかしたてめーらが悪い」
淡々と事実を告げる。
日に油を注ぐ行為だとはわかっていた、それでも黙ったら負けだ。
こうなったらとことん罵倒してやる。
「うるさい!! 黙れ黙れだま……!!?」
「落ち着きなよ君、確かにムカつくけど、そんなに怒らないの」
ヒステリックに叫ぶ『美少女』の言葉を落ち着いた声が遮った。
「『美少年』か。てめーも『美少女』同様ぶち切れてると思ってたけど、随分と余裕じゃないか」
「ふふふ、怒ってはいるよ? 心がドロドロに煮え滾ってるみたいにね。でも、キザクラが何と言おうが、どうせ僕らの手の内だ。なら言いたいことは言いたいだけ言わせておけばいいし、きゃんきゃん喚くキザクラを手篭めにするのも……ゾクゾクするだろう? ねえ、君」
うっそりと『美少年』が『美少女』に笑うと、『美少女』がいやらしく卑下が笑みを顔面に貼り付けた。
「そおねえ……いくら言っても無駄だもの……久々にあんまりにも無礼な事を言われたからついカッとなっちゃったわ、あたしったら、はしたない」
「大丈夫だよ、君。多分僕だって直接言われていたら君みたいに怒っていた」
「そしたらあたしが君を止めていたのかしら?」
「多分ね」
「うふふ」
「くすくす」
『美少女』と『美少年』は互いに小さく笑い声を立てる。
昔から奴らの中でもこいつらが……この『双子』のあり方が特殊であることは知っていたが……また改めて目にすると、この一人二役な会話はやはり不気味だ。
特に怒り狂っていた『美少女』が『美少年』に切り替わって彼女を窘めた時は、あまりの変容っぷりにかつては慣れっこだったその光景に恐怖を抱いた。
……というかいくら美しく中性的ではあるとはいえ、二十歳の男の美少女はやっぱり辛いものがあるんじゃなかろうかと思う。
そんな事を考えているうちに腰にかかっていた重みがさらに増す。
思考を止めて自分にのしかかる青年を見ると、『美少女』なのか『美少年』なのかよくわからない傘峯が、自分を見てうっそりと微笑んでいた。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
咄嗟に逃げようと身体をよじるが、ビクともしない。
「あはははは、惨めねキザクラ。あんなに大口を叩いていたのに顔を青くさせて、そんなに怖いんだ?」
「うるさい……黙れ……この変態共……!」
そう悪態を吐く声が嫌という程震えているのを自覚した。
「強がっちゃってかーわいー、世界で3番目、あたし達の次にに可愛いわ……愛しているよ、キザクラ」
「思ってもない事を……!」
何が愛している、だ。
愛してるんなら最初から捨てるな。
結局私はてめーらの欲望の処理のためにいいように扱われてるだけじゃないか。
「嘘じゃないわよ……信じないのは勝手だけど、やっぱり不愉快だなあ……」
傘峯の表情が一瞬だけ消えたが、すぐに『美少女』及び『美少年』と自称するにふさわしい満面の笑みを浮かべる。
「それじゃあ、君、はじめましょうか」
くすくすと笑いながら『美少女』がゆっくりと私の頬に触れる。
「そうだね君。やっと順番が回ってきたんだから」
ふふふ、と笑いながら『美少年』が私が着ている、というか昨日無理矢理『淑女』着せられた趣味の悪いデザインのネグリジェに手をかける。
「お愚図でおバカな奴隷にたっぷりお仕置きしてあげましょう?」
「愚かな僕らの奴隷を辱め尽くして遊ぼうか」
その宣言の直後、私は逃げようと右拳で奴の顔面を殴ろうとしたがあっさり受け止められる。
奴らは容赦なく私をひん剥いて、無遠慮にベタベタと体に触りはじめた。
とても楽しそうに笑いながら、はしゃぎながら。
私はとても惨めな気分になって、現実を放棄した。
ああ、おうち帰りたい。
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