赤の忠誠
柴見流一郎
プロローグ
固い金属同士が弾き合う音が耳朶を打ち、冷えた王室の大理石の床へと衝撃の重さを伝える振動が唸り、ひび割れを起こした。
「何故だ……」
「何故だ!」
上段の一撃は、ただ掲げられた花びらの盾に触れただけで大きく弾き返される。
「盾が剣を凌駕するなど……防御が攻撃を陵駕するなど!」
歯を食いしばり、柄を両手で締め付けると、横薙ぎに降った。体幹を崩さず、軸足をそのままに体を回転させたフルスイング。まともに当たれば、相手の胴体は綺麗に輪切りされるだろう。
しかし。
「何故……ッ!」
そ……と添えられた花びらは、やはり剣の衝撃も斬れ味も全て反射し、赤い火花を生んで刀身を外へと押しやった。
振り込んだだけの勢いを押しも押し戻され、剣は派手に暴れて手の中から振り解かれて、大理石の地面を滑り、跳ね、そして突き刺さった。
ただ手から落ちただけで大理石を切り裂くまでの切れ味を持ったそれを弾き返した花の盾を、忌々しくにらみつける。
「基本的にはあんたの方が強いに決まってる」
盾を下ろし、弾んだ息を整えながら、
「俺は『カタワラ』としても駆け出しで、あんたはそれらを従える組織の頂点だ。敵うわけがない」
「……珍しいな、お前から謙虚な言葉が出るとは。だが今は侮辱にしか聞こえない」
青比呂は、刻鉄のその言葉を聞くと、眉間に皺を寄せ、苛立ちをあらわにする。
「そうやってあんたが女々しいことやってっから、足元すくわれたりするんだよ!」
青比呂が強く一歩前に踏み込んだ。ダン、と大理石を踏んだ靴底からは、淡い輪郭を持った花びらが舞い上がり、緑の線が迸り、つぼみが、胞子が、花々が波紋のように広がった。
「っく!」
刻鉄は迫り来る花畑の津波から身を投げ出し、大理石の上を転がり剣の元へと滑り込んだ。すぐさま剣を構え、だが、花の盾を前に突進する青比呂に対し、どうすればいいか、思考が真っ白になった。
「パニック、だと……俺が!? 俺が押されている……心で押されているとでもいうのか!?」
「うおおおお!!」
花の戦士と孤高の王。
この二人を引き寄せたのは、偶然でもなければ奇跡でもなかった。
ただ平和で、ありふれた、どこにでもある風景だった。
仲の良い兄妹と、少し年上の幼なじみ。この三人がつないだ手を離すことはなかった。帰り道、常に笑いのたえない空間が当たり前だった。
つないだ手が、途切れるまでは。
「……お兄ちゃんは、反対しない……? 私が、『カタワラ』になって、戦うこと」
「決してお前の……いや、俺たちの妹を傷つけさせはしない。『カタワラ』を指揮する『ウタカタ』としての、それ以上の約束だ」
奇跡は起きなかった。
絶望だけが取り残された。
奇跡はなかった。
そして訪れた現実の果てに、過去から咲いた決別の花が、彼を未来へと、今へと突き進ませた。
「このまま砕く!! その剣ごと、あんたを砕く!!」
もうここにはいない。だから、もう立ち止まらない。
「『王の力』……ここで諦めるわけには、潰えるわけには、いかんのだ!!」
かつての栄光を夢見た。故に、もう戻れない。
同じだからこそ違えた。笑っていたかったから、涙はぬぐわなかった。
最初からこの結末は決まっていて。
最初から歩いていた道も決まっていて。
最後にたどり着いた場所も決まっていた。
だからきっと。
だから。
きっと。
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