アンド・アントイーター

白神白紙

また明日

「アリいいよね……」

「いい……」



「……あれは何をしているのだ?」

 キングコブラが困惑した様子で声をかける。

 ジャングルちほーのフレンズたちの元を訪ねて回り、小川を通りがかった時、しゃがみ込んでじっと地面を見つめている二人のフレンズが目に入ったのだ。

「なんかアリがいっぱいいるんだってさ」

「ほう……」

 河原を掘り返しながら――特に意味はないようで、たぶん無意識にやっているのだろう――アクシスジカが答える。

 このあたりで彼女を見かけるのは珍しくないが、しゃがんだまま微動だにしない二人のうち、片方はジャングルちほーに住むフレンズではなかった。


 アードウルフ。

 ネコ目ハイエナ科に属する動物だが、外見がイヌ科に似ていたことからウルフの名がついた。

 その主食は他のハイエナと違い『シロアリ』である。

 そしてもう一人、ミナミコアリクイの主食は言うまでもない。


「あ、おっきいのがいたよぉ。おいしいのかなぁ」

「どうでしょう……あ、ああ……隠れちゃった……」

「まぁまた出てくるよねぇ」


「……あれは楽しんでいるのか?」

 キングコブラが困惑した様子で再び声をかける。

 二人とも笑顔ではあるのだが、何しろ見ているものがものなので何がいいのかさっぱりわからない。

「楽しいみたいだよ? あの子が素直に笑うとこなんて滅多に見られないしね」

「ふむ……奥が深いのだな。おっと、そうだった。アクシスジカよ」

「んー?」




 各ちほーでフレンズたちがお昼のジャパリまんを持ち出し始めたころ。

 (さすがに腰が痛くなってきて立ち上がった)二人はまだお喋りを続けていた。


「この辺はねぇ、水場が多いから花や木の実が多いんだぁ。落ちた実や虫を目当てにアリが集まってくるんだよぉ」

「へぇ〜。ミナミコアリクイさんはいろんなことを知ってるんですね」

「そ、そうかなぁ? えへへぇ……」


「飽きないな、あの二人は」

「よっぽど気が合うんだろうね」

「私はこれからフォッサに頼まれた倒木の片付けに行く。さらばだ」

「あ、私も手伝うよ。どうせヒマだしね」


「あっ、そ、そこの木の幹にもアリがいますよっ」

「わ、ホントだぁ。これは気付かなかったよぉ。さすがだねぇ」

「そ、そんなこと……え、えへへ……」


 キングコブラたちがその場を離れても、アリ好きたちはまったく周りが目に入っておらず、二人とアリだけの世界に浸っているのだった。




 太陽が傾き、ジャングルの影が伸び始めたころ。二人が小川へ戻ってきた。


「すまんな。助かった」

「いいっていいって。あんな重いの、キミとフォッサだけじゃ日が暮れても運べなかったよ?」


「ふぎゃああああああ!!」

「ひ、ひえぇぇぇぇ!?」


「……で、あれ何だと思う?」

 二人の視線の先では、茶色くなったミナミコアリクイと茶色くなったアードウルフが転げ回っていた。

「そうだな……『長話の疲れと陽気に誘われついアリの通り道で居眠りしてしまい、気がついたら全身アリまみれになっていて地べたを七転八倒して泥まみれ』といったところか」

「ついでに茂みに突っ込んで葉っぱまみれでもあるね」

「うわあああああん!!」

「ご、ごめっなさいっ! ごめっへぶっ!?」

「何に謝ってるんだろうねぇ。ま、とりあえず助けよっか」

「いいだろう」


 錯乱する二人をじっくりゆっくりなだめて落ち着かせると、水量の多い水場で体を洗い流す。

 苦労して泥やらアリやらをあらかた落としたころには、二人は全身ズブ濡れになっていた。

「へちっ」

「へぶっ」

「これじゃ風邪をひいてしまうね。日と風に当たって乾かしてきなよ」

「川まで出たほうがよいのではないか?」

 ジャングルの中は生い茂った樹木のため日の光が遮られている。風も入りにくいため湿度が高く、毛皮を乾かすのには適していない。

「ここからだとけっこう歩くからなあ……あ、そうだ。木の上で乾かしたら?」

「あぁ、そうだねぇ。てっぺんまで登ればあったかいもんねぇ」

「で、でも私、木登りはあんまり……」

「私は得意だから教えてあげるよぉ。手伝うからゆっくり行こぉ」

「あっ……は、はい! お願いします!」




「あ、あの、やっぱりこれはわ、悪いです……」

「気にするな。一息に登ればいい」

「本人もこう言ってるんだし、グイッといっちゃいなよ」

「頑張れぇ、アードウルフぅ」

「は……、はいっ……!」

 (本人なりに)気合いを入れると、身をかがめているキングコブラの頭の上に足を乗せた。

「うわ、む、むぎゅって感じ……」

「よし。いくぞ」

 フードを踏みしめる足も、頭にのしかかる体重も意に介さず、そのままキングコブラが立ち上がる。

「んんっ、えいっ!」

 アードウルフは瞳を輝かせると、大きく跳躍した。枝の上で待機していたミナミコアリクイがその腕を掴み、一気に引っ張り上げる。

「やったぁ!」

「ふうう……あ、ありがとうございます……」

「よくやった」

「ほら、風邪ひく前にてっぺんまで行ってきなよー」


 せっかくだからとアードウルフをジャングルちほーで一番高い木まで連れてきた一行。しかし木登りに慣れていない彼女は、一番低い枝まで登ることもできなかった。そこでキングコブラが自ら足場になり、ジャンプして跳び上がることを提案したのだ。

 成功した後は簡単だった。ミナミコアリクイが手伝いつつ、頂上まで辿り着いた。

「うわぁ……す、凄いですねぇ!」

「でしょお? お気に入りなんだぁ」

 そこからはジャングルちほーが一望できた。鳥系のフレンズでもない限り、これほどの高さからパークを見下ろすことはまずない。木登りが得意なフレンズの特権とも言えた。

「ここなら日も当たるし、乾くまでのんびりできるよぉ」

「いいところですね……し、下を見るとちょっと怖いけど」

「大丈夫だよぉ。枝があるから地面までは落ちないし、その前に助けてあげるからねぇ」

「そ、それなら安心ですね。怖くないですっ」

「えへへぇ……」



 とっぷりと日が暮れて。一同はサバンナちほーとの境界近くまで見送りに来ていた。

「き、今日はありがとうございました。楽しかったですっ」

「こっちこそ面白……楽しかったよ」

「何よりだ。何かあればまた呼べ」

「楽しかったよぉ。また来てねぇ?」

「はいっ!」

 ミナミコアリクイが笑顔で手を振る。アードウルフも何度も振り返りながら帰っていった。


 一行も来た道を戻りねぐらに帰ろうとする。と、不意にキングコブラが声を上げた。

「……む、しまった。私としたことが」

「どうしたのぉ?」

「お前にはまだ伝えていなかったな。博士から全フレンズへの通達だ。


 『明日にもサンドスターの噴火が起こるのです。新しく生まれたフレンズを見かけたら助けてやるのです』


 ……とのことだ」

「あ、もうそんな季節なんだねぇ」

「私はこれをフレンズたちに伝えて回っていたのだが……アードウルフにも知らせるべきだったな」

「ま、サバンナちほーにも連絡は行ってるだろうし、いいんじゃない?」

「大丈夫だよぉ。アードウルフはしっかりしてるもん」

「なら良いのだがな」



 ほどなく解散し、それぞれナワバリに戻る。

 ミナミコアリクイも木のウロに作った寝床に潜り込んだ。

(今日は楽しかったなぁ……。アードウルフ、明日もまた来てくれるかなぁ)

 一日中話したり転げ回ったりしていたので、睡魔はすぐに襲ってきた。重くなるまぶたに逆らわず身をゆだねる。

(楽しみだなぁ……まだまだお話ししたいこと、いっぱいあるんだぁ……)

 二人で浴びた太陽の匂いを感じながら、深い眠りについていった。


(また明日ねぇ)

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