まいご
山田ヒゲ
まいご
「うう……」
少女の目の前には一匹のケモノがいた。
大きくはないが、目の前のヒトに警戒して唸り声を挙げていた。
辺りには枯れた草むらが延々と続き、対峙する少女とケモノ以外に人影はなかった。
「た、食べないで」
緊張に耐えきれず、少女が逃げようと背を向けると、それに刺激されてケモノは飛びかかろうとする。
「食べちゃダメだよ!」
突然割り込まれた声に、ケモノは驚いて素早く逃げていった。
木の上から何かが飛び降りる。
「大丈夫? あの娘はまだフレンズになってないから、ヒトが恐いんだよ」
新たに現れた少女は不思議な格好をしていた。
ヒトのように見えるが、ケモノの耳も持っている。ヒョウ柄のスカートに、尻尾も付いている。
「お姉さん、誰?」
「私? 私はサーバル。サーバルキャットのフレンズだよ。君は……パークのお客さん、だよね」
「う、うん」
「お父さんとお母さんはどうしたのかな?」
「わかんない……」
うーんと腕を組むサーバル。
「君は迷子のお客さんなんだね。ちょっと待っててね」
サーバルが大きくジャンプし、近くの木の上に立つ。そして何かを見つけると手を口に当てた。
「おーい、ボスー、こっちに来てー! 迷子のお客さんだよー!」
*
「初メマシテ。僕ハラッキービーストダヨ」
サーバルがボスと呼ぶのは、青色の小型ロボットだった。マスコットのようにかわいらしいデザインをしている。
「ボス、この娘迷子みたい」
「……非常事態ニツキ、ふれんずトノ接触ヲ許可。せんたート連絡ヲ取ルネ……さーばる、ぱーくがいどト代ワルヨ」
ボスの目が虹色に光り、機械音でない女性の声が流れた。
『サーバル、事情はラッキービーストから聞いたわ。迷子を保護してくれてありがとう』
「私はガイド見習いだからね」
『ご両親から連絡があったわ。近くのジャパリバスを呼んだから、それに乗ってその娘を日ノ出港まで連れてきてほしいの』
「わかったよ!」
やがて別のボスが運転するジャパリバスがやって来た。
ボスとボスが交代し、ジャパリバスが動き出す。しばらくの間揺れたが、舗装された道路に出ると揺れはなくなった。
「日ノ出港までは一時間ぐらいかな」
バスの後部座席で少女とサーバルは向き合う形で座っていた。
少女のお腹からかわいらしい音が漏れる。
「お腹が空いたんだね。はい、これあげる」
サーバルが服の中から丸い包みを取り出し少女に差し出す。
「これ、なあに?」
「ジャパリまんだよ! とっても美味しいんだよ。あ、ヒトも食べれるようになってるから君が食べても大丈夫だよ」
「サーバルさんの分は?」
「私はお腹いっぱいだから大丈夫……あ」
その時、サーバルのお腹の音も盛大に鳴った。
少女はジャパリまんを二つに割った。
「はんぶんこ」
「ありがとう」
二人は仲良くジャパリまんを口にした。
「あ、おいしい」
「ね!」
*
会話の途中で突然サーバルが黙る。そして耳がぴくぴくと動く。
少女がその耳に思わず手を伸ばそうとすると、サーバルはやにわに立ち上がった。
「あ、ごめんなさ……」
「セルリアンだ!」
「え!?」
ジャパリバスは順調に移動し続け、エリアとエリアの境目にたどり着こうとしていた。
境目は空堀になっており、ジャパリバスも通れるほどの大きな橋がかかっている。橋の先にはアーチ状のゲートがあった。
そのアーチの真ん中に青い物体がぶら下がっていた。物体はゆらゆらと時計の振り子のように、左右に揺れている。そして、振り子の先端には一つ目が付いていた。
「あれが、セルリアン……」
少女はセルリアンのことを知っていた。ヒトやフレンズを襲う恐い存在。
「うーん、あの大きさだと私の爪でやっつけるのは難しいよ。ボス、振り切れる?」
「マカセテ」
振り子のセルリアンは左右に大きく揺れている。タイミングをうまく合わせれば、バスの速度なら通り抜けられそうだった。
そのようなタイミングを演算するのは、ボス、ラッキービーストの得意とするところだった。
ゆっくりと橋の中央までジャパリバスを進め、セルリアンの動きを待つ。
突然バスは猛スピードで走り出した。
順調だったのはそこまでだった。ゲート近くに転がっていた小枝は、ラッキービーストの計算に入っていなかった。
タイヤが小枝にひっかかり、速度が少し落ちる。バスとセルリアンは真正面で向かい合ってしまった。
「ボ、ボス!?」
「アワワワワ」
そこへセルリアンが体当りしてきた。
バスが横転し、サーバルが少女とラッキービーストを抱え込みジャンプする。
「うわー、こっちを見てるよ」
先ほどまでとは変わり、セルリアンは動きを止めていた。大きな目玉がサーバルたちをじっと見つめている。
「ど、どうしよう」
サーバルが立ち尽くしていると、ゲートの向こう側から何かがやって来た
新手のバスだった。先頭車両からレオタード姿のフレンズが身を乗り出していた。手に長い棒を突き出している。
「伏せてください!」
声に反応してセルリアンが後ろを振り向こうとするが遅かった。バスとフレンズがセルリアンに突っ込み、セルリアンは爆発四散した。
「オ客様ノ安全ノタメ、はんたーヲ呼ンデオイタンダヨ」
「そういうことは早く言ってよ!」
*
日ノ出港には少女の両親が心配そうな顔をして待っていた。
少女が駆け出すと、三人で抱きしめあった。
そこへパークガイドがやって来る。
「サーバル、お手柄だったわね。ごほうびのジャパリコインよ」
「わーい、嬉しい!」
やがて、船が出港する時間がやって来た。
少女は離れがたいのか、目に涙を浮かべている。
「サーバルさん、ありがとう」
「また遊びに来てね! その時は、サーバルちゃんって呼んでね」
港から船が出港する。
デッキの後部で少女はいつまでも手を振り続けていた。
了
まいご 山田ヒゲ @higexe
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