まいご

山田ヒゲ

まいご

「うう……」

 少女の目の前には一匹のケモノがいた。

 大きくはないが、目の前のヒトに警戒して唸り声を挙げていた。

 辺りには枯れた草むらが延々と続き、対峙する少女とケモノ以外に人影はなかった。

「た、食べないで」

 緊張に耐えきれず、少女が逃げようと背を向けると、それに刺激されてケモノは飛びかかろうとする。

「食べちゃダメだよ!」

 突然割り込まれた声に、ケモノは驚いて素早く逃げていった。

 木の上から何かが飛び降りる。

「大丈夫? あの娘はまだフレンズになってないから、ヒトが恐いんだよ」

 新たに現れた少女は不思議な格好をしていた。

 ヒトのように見えるが、ケモノの耳も持っている。ヒョウ柄のスカートに、尻尾も付いている。

「お姉さん、誰?」

「私? 私はサーバル。サーバルキャットのフレンズだよ。君は……パークのお客さん、だよね」

「う、うん」

「お父さんとお母さんはどうしたのかな?」

「わかんない……」

 うーんと腕を組むサーバル。

「君は迷子のお客さんなんだね。ちょっと待っててね」

 サーバルが大きくジャンプし、近くの木の上に立つ。そして何かを見つけると手を口に当てた。

「おーい、ボスー、こっちに来てー! 迷子のお客さんだよー!」



「初メマシテ。僕ハラッキービーストダヨ」

 サーバルがボスと呼ぶのは、青色の小型ロボットだった。マスコットのようにかわいらしいデザインをしている。

「ボス、この娘迷子みたい」

「……非常事態ニツキ、ふれんずトノ接触ヲ許可。せんたート連絡ヲ取ルネ……さーばる、ぱーくがいどト代ワルヨ」

 ボスの目が虹色に光り、機械音でない女性の声が流れた。

『サーバル、事情はラッキービーストから聞いたわ。迷子を保護してくれてありがとう』

「私はガイド見習いだからね」

『ご両親から連絡があったわ。近くのジャパリバスを呼んだから、それに乗ってその娘を日ノ出港まで連れてきてほしいの』

「わかったよ!」

 やがて別のボスが運転するジャパリバスがやって来た。

 ボスとボスが交代し、ジャパリバスが動き出す。しばらくの間揺れたが、舗装された道路に出ると揺れはなくなった。

「日ノ出港までは一時間ぐらいかな」

 バスの後部座席で少女とサーバルは向き合う形で座っていた。

 少女のお腹からかわいらしい音が漏れる。

「お腹が空いたんだね。はい、これあげる」

 サーバルが服の中から丸い包みを取り出し少女に差し出す。

「これ、なあに?」

「ジャパリまんだよ! とっても美味しいんだよ。あ、ヒトも食べれるようになってるから君が食べても大丈夫だよ」

「サーバルさんの分は?」

「私はお腹いっぱいだから大丈夫……あ」

 その時、サーバルのお腹の音も盛大に鳴った。

 少女はジャパリまんを二つに割った。

「はんぶんこ」

「ありがとう」

 二人は仲良くジャパリまんを口にした。

「あ、おいしい」

「ね!」



 会話の途中で突然サーバルが黙る。そして耳がぴくぴくと動く。

 少女がその耳に思わず手を伸ばそうとすると、サーバルはやにわに立ち上がった。

「あ、ごめんなさ……」

「セルリアンだ!」

「え!?」

 ジャパリバスは順調に移動し続け、エリアとエリアの境目にたどり着こうとしていた。

 境目は空堀になっており、ジャパリバスも通れるほどの大きな橋がかかっている。橋の先にはアーチ状のゲートがあった。

 そのアーチの真ん中に青い物体がぶら下がっていた。物体はゆらゆらと時計の振り子のように、左右に揺れている。そして、振り子の先端には一つ目が付いていた。

「あれが、セルリアン……」

 少女はセルリアンのことを知っていた。ヒトやフレンズを襲う恐い存在。

「うーん、あの大きさだと私の爪でやっつけるのは難しいよ。ボス、振り切れる?」

「マカセテ」

 振り子のセルリアンは左右に大きく揺れている。タイミングをうまく合わせれば、バスの速度なら通り抜けられそうだった。

 そのようなタイミングを演算するのは、ボス、ラッキービーストの得意とするところだった。

 ゆっくりと橋の中央までジャパリバスを進め、セルリアンの動きを待つ。

 突然バスは猛スピードで走り出した。

 順調だったのはそこまでだった。ゲート近くに転がっていた小枝は、ラッキービーストの計算に入っていなかった。

 タイヤが小枝にひっかかり、速度が少し落ちる。バスとセルリアンは真正面で向かい合ってしまった。

「ボ、ボス!?」

「アワワワワ」

 そこへセルリアンが体当りしてきた。

 バスが横転し、サーバルが少女とラッキービーストを抱え込みジャンプする。

「うわー、こっちを見てるよ」

 先ほどまでとは変わり、セルリアンは動きを止めていた。大きな目玉がサーバルたちをじっと見つめている。

「ど、どうしよう」

 サーバルが立ち尽くしていると、ゲートの向こう側から何かがやって来た

 新手のバスだった。先頭車両からレオタード姿のフレンズが身を乗り出していた。手に長い棒を突き出している。

「伏せてください!」

 声に反応してセルリアンが後ろを振り向こうとするが遅かった。バスとフレンズがセルリアンに突っ込み、セルリアンは爆発四散した。

「オ客様ノ安全ノタメ、はんたーヲ呼ンデオイタンダヨ」

「そういうことは早く言ってよ!」



 日ノ出港には少女の両親が心配そうな顔をして待っていた。

 少女が駆け出すと、三人で抱きしめあった。

 そこへパークガイドがやって来る。

「サーバル、お手柄だったわね。ごほうびのジャパリコインよ」

「わーい、嬉しい!」

 やがて、船が出港する時間がやって来た。

 少女は離れがたいのか、目に涙を浮かべている。

「サーバルさん、ありがとう」

「また遊びに来てね! その時は、サーバルちゃんって呼んでね」

 港から船が出港する。

 デッキの後部で少女はいつまでも手を振り続けていた。


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まいご 山田ヒゲ @higexe

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