第4章 【大人の発達障害】
カナエのケース
1.新人、水嶋です。
――春。
それは出会いと別れの季節です。
みなさま、はじめまして。
私は、
つい先月、大学を卒業したばかりのまだ社会人ほやほやです。
福祉系の大学を出た私は、精神保健福祉士と社会福祉士の国家試験をダブル受験! そしてどちらも合格するというなかなかの実力者です。あ、誰も褒めてくれないので、自分で言いました。
今日はやまざと精神科病院で、念願だった精神保健福祉士として踏み出す記念すべき初出勤日!
第一印象が大事です。
髪の毛は大学時代は明るい茶色でしたが、暗めの色に染めました。
化粧もナチュラルです。
カジュアル過ぎない服装で来るように言われたので、ちゃんと『
何度も言います。第一印象が大事なのです。
ここでコケるわけにはいきません。
なんてったって、患者さんを支える資格を取得したのですから。
よし、挨拶はちゃんとしよう。
かっこよくきめよう。
私はやまざと精神科病院を支える、立派な相談員になるんだから!
・
「み、
はい。
終わりました。
なんという挨拶をかましてしまったんでしょう。
ほら。会議室で週に一回のミーティングをしているという、精神保健福祉士の諸先輩方がくすくす笑っております。
「水嶋さん、めちゃめちゃ緊張しているね」
「リラックス・リラックス―」
ああ。優しい先輩方が声を掛けてくれました。
精神保健福祉士のみなさんって、なぜかすごくいい人たちが多いと実習の時に聞きました。
その通りだと思います。
こんな挨拶から躓いている新人に優しいお声を掛けてくださいます。
ありがたや。
しかし、私……。なんて白衣の似合わない女だろ。恥ずかしい。
「水嶋さんは今日から連携室でしばらく研修を行います。その簡にどこかの部署に勉強を兼ねて行ってもらうこともあると思いますが、その時は各担当者の方、ご指導をお願いします」
私の担当は、相談員の課長を務める金本さんに任されているそうです。
基本的には連携室を中心に動いていくみたいですが、ちゃんとできるか本当に不安です。
「何かあったら誰でもいいので声を掛けてくださいね」
「あ、はい。すみません、金本さんっ」
「すみません? 私は水嶋さんに謝らせるようなこと、何かした?」
「ああっ、いえ! あ、ありがとうございます、金本さん」
「そう。言葉選びは大事だよ」
金本さんは俗にいうかっこいい女性です。
ショートカットがよく似合っていて、すごく頼りがいがあります。
でも、とても厳しい方のようです。
飴と鞭の使い方が上手で、びしばし鍛えられるとか。
ミーティングを終え、金本さんと【地域医療連携室】に戻ります。
金本さんが歩くたびに白衣がなびいてかっこいいです!
よし、私も!
「水嶋さん? 何してるの?」
「あああっ! いえ、な、何でもないんです! 何でも!」
大股でかっこよく歩こうとしたのですが、かなり不格好だったようです。
私のように百五十六センチのちんちくりんの短足が同じことをやってもダメみたいです。
ああ、神様はいじわるです。
「じゃあ今日から一週間、ここで鍛えてあげるからね」
「は、はいっ」
連携室に到着をしました。
そこではすでに業務が始まっていて、数名の職員さんがバタバタと動き回っています。
連携室には、相談員だけではなく、看護師、臨床心理士さんも配属されています。基本的に病棟担当の相談員もここに席があります。デイケアや訪問看護の相談員は、各お部屋に席があるそうです。
「あ、あとね。水嶋さん声がよく通るから、意識して小さくしてもらってもいい? 患者さんがビックリしちゃうし、あなたが話す声が他の人に聴こえたら個人情報が洩れちゃう可能性だってあるでしょ?」
「あ、はい。すみません」
またやらかしてしまったようです。
声のでかさを指摘されてしまいました。
たしかに私はずっと運動部に所属をしていたので、声が良く通るのかもしれません。気を付けなければ。
「でもまぁ、それだけ元気があればいいよ。ぼそぼそ喋るような子を指導するよりは、水嶋さんみたいな子の方がやりがいあるしね」
「あ、ありがとうございますっ。金本さんっ」
「ほら、大きい」
「す、すみません!」
金本さん、厳しいかもしれないけど優しい。褒めてもらえて、素直に嬉しい。
私、ここでやっていくんだ。頑張らなくちゃ。
「さて。早速だけど、水嶋さん。お仕事行くんだけど、同席してみる?」
「お仕事ですか?」
「そう。インテーク」
インテーク。学校の授業で習いました!
初診の患者さんが診察に入る前に話を聞く、アレですね!(※トキオのケース【双極性障害(躁うつ病)】<2.違和感>参照)
やまざとでは、初診の電話もすべて連携室で受けるそうです。
そして、診察のための先生の枠だけじゃなくて、インテークを取るための自分たちのスケジュールを確認しながら日程を調整しているみたいです。
「はい。ぜひお願いします」
「よし、じゃあついておいで」
金本さんは慣れた手つきで、引き出しから書類を取り出します。
やまざとには、インテークを取るための書類があるみたいです。それをバインダーに挟んで、私をインテークを取る面接室まで誘導してくれます。
またやまざとの外来には、面接室を二つ設けているみたいです。ひとつじゃ順番待ちや部屋の取り合いになるそうで。金本さんが院長先生に掛け合って、二つに造ってもらったみたいです。
「今日のインテーク取る患者さんはね、発達障害じゃないかって悩んでいる患者さんだよ」
「発達障害ですか? 授業で習いましたが、いまいちさっぱりで」
「今からインテークをとる人が発達障害かは分からないけど、実際見て感じてもらった方が早いかもね」
「分かりました!」
インテーク開始は十時半。予定時刻まで、残り十分。
やばいです。もうめちゃくちゃ緊張しています。なんてったって、これが私と患者さんの初絡みになるのです。最初のケースはとても印象に残るんでしょうね。
よし、ちゃんとやろう。しっかり関わろう。
その時、外来にひとりの若い女の子が現れました。ぼそぼそっと受付に声を掛けているのが見えます。
すると金本さんの内線が鳴りました。受付さんからのようです。先程の女の子が、今日初診の患者さんだと報告を受けます。
でも初診の方、問診票を受け取ったのですが……、なんででしょうか。ずっと立ったまま、問診票が挟まったバインダーを握りしめています。待合室のソファはちらほらと空いているように見えますが、どうしたのでしょうか。問診票、書かないのでしょうか?
すると金本さんが「おいで」と私を誘って、受付の方へと向かいました。
「おつかれさまです。その方、初診の方ですよね?」
「あ、金本さんおつかれさまです。そうなのですが……。なかなか座って問診票を書いてくれなくて」
患者さんはバインダーを握りしめたまま、挙動不審にきょろきょろとしています。
どうして座らないのでしょうか?
何をそんなに挙動不審にしているのでしょうか?
正直、不審者のようです。外でこのような動きをしていると、変な人と思われてしまうかもしれません。
「初診の方に、何て声を掛けたんですか?」
金本さんは受付さんへ尋ねます。
なぜそんなことを尋ねるんでしょうか?
「あ、はい。『じゃあ問診票をお書きください』と、いつものように……」
そして――、それを聞いた金本さんは、受付さんに向かって言い放ちます。
その迫力と、患者さんを思う気持ちに私は圧倒されてしまいました。
「いつもの対応じゃだめなんです」
そう言うと金本さんは、初診の子の元へ駆け寄りました。
私も置いていかれないように、後ろを金魚の糞みたいについていきます。
「こんにちは。初診の方でよろしいですか?」
と話しかけます。
背の高い金本さんは腰を落とし、患者さんの目線まで自分の目線を下げています。
「あ、はい。そうです」
金本さんの目を見てはくれませんが、斜め下を向いて答えています。
「先に問診票を書いてほしいので、あっちの空いているソファに座りましょうか」
金本さんは患者さんを誘導します。
空いているソファを指差し、「ここへどうぞ」と言って患者さんを座らせます。
患者さんは金本さんに頭を下げると、ようやく問診票を書き始めました。
え?
いったい何が起きたのでしょうか。
金本さんは、いったい患者さんに何をしたのでしょうか。
わ、分かりません!
教えてください、金本さん!
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