ボスのとある履歴

南京豆

第1話 月が昇る時間

 急に、世界が広がった。


『初めまして、私は…』


 音を発する物体が、そこにあった。

 僕の中で、検索をかける。そして…理解した。

 この物体は、「ヒト」だ。

「羽」が生えた帽子をかぶるヒトが、ゆっくりと語りかける。


『君の、名前を、教えて?』


 キミノ ナマエヲ オシエテ。

 ボクの名前を、確認しているということだ。


「ナマエ…ナマエ…ボクノ…ノ、ノ…」


 検索をかけてもデータに入っていない。

 名前、名前…ボクの名前は?


 プルプルと震えていると、そっとヒトがボクを抱え上げる。


『早く、ここを再開させて…』


 この周囲をぐるっと見回して、言葉を続ける。


『その時は、私が最初のお客様になりますね。君に、パークガイドをしてもらいますから』


 ひと通り見回すと、再びボクに焦点を合わす。

 笑顔のような、でも少し悲哀を含んでいるような…。


『それが、君の…ラッキービーストの務めですから』


 ボクは…その言葉を認識し、音声として発する。


「ラッキービースト…ボクハ、ラッキービースト…」


 そしてラッキービーストの務めは、パークガイド。

 記録完了。


「ボクハ…ラッキービースト ダヨ。ヨロシクネ、ミライ」


 今の情景は、昔の記録。ボクが初めて動き出した頃。


 ………。

 自己メンテナンス中に、昔の記録が呼びさまされていたようだ。


 ボクは、ラッキービースト。ジャパリパークでのパークガイドを務めている。

 ジャパリパークとは、ヒトとフレンズが楽しく触れ合える施設。

 その時の「ミライ」は何人かのフレンズとボクを連れて、パーク再開に向けて「ちほー」を巡っていた。

 さばんなちほー、ゆきやまちほー、ろっじ…そしてゆうえんち。

 色々なフレンズに出会ったり、温泉に入ったり、遊具で遊んだり…。

 あれから何回太陽が昇り、月が昇ったか…記録もしていない。


『ラッキー、留守をよろしくね』


 ボクが聞いた、ミライの最後の言葉。

 ボクはただひたすらに、その言葉を守っている。

 みんなが戻ってくるその日まで。


 ………。

 再び、何回か太陽が昇り、月が昇った。特に命令も無いので、相変わらず記録はしていない。


「あ、ボス! 今日もお掃除大変だね! あっちでも草刈りしてたし、ボスは働き者のフレンズだね!」


 フレンズの一人が声を掛けてくる。ただ声を掛けて…通り過ぎて行った。

 ボクはその姿を見送る。ボクは、フレンズへの干渉は通常許可されていない。だけど、フレンズの皆はボクのことを「ボス」と呼んで、いつも声を掛けてくれた。

 フレンズも「ボス」が喋らないことには慣れて、最早それが当たり前となっていた。


 「ボス」はパークの各ちほーに沢山配置されていて、僕は「じゃんぐるちほー」の配置だ。普段は各々で行動しているけど、たまに通信で情報交換をすることがある。フレンズのこと、サンドスターのこと、セルリアンのこと…全ては、お客様の安全の為に必要な情報だ。

 …肝心のお客様は、まだいないけど。


『何とかずっと、パークを平和に続ける方法を…』


 ミライが言っていた。パークを平和に続けなければならない。

 それは、留守を任されたパークガイドであるラッキービーストの役割だ。

 今日もボクは、ミライの言葉を再生して、パークの維持に務める。

 まかせて。いつ戻ってきても大丈夫だからね。


 ………。

 そこから、ボクの尻尾の縞の数くらいの太陽と月が昇った頃。


「昨日の噴火、久しぶりに大きい噴火だったねー! どっかーん、て!」


 フレンズ達の会話が聞こえた。その情報は山の付近に設置されたボクから入っている。

 昨日の大規模噴火でサンドスターが広範囲に飛散したようで、新しいフレンズが生まれることが予想される。

 新しい仲間が増えるだろうから、お客様にも喜んでもらえるだろう。


「ところで、さばんなちほーのゲートにおっきなセルリアンが出たらしいよ…」


 一人のフレンズが顔をこわばらせ、身震いする。


 セルリアンの出没は、お客様に危険が伴う。


 だから、この前…いや、ずっと前? ヒトが沢山パークに訪れて、調査して…、調査に…来た…けど。

 ミライと、ちほーを巡っていた時のことが再生される。

 あの時、とても大きくて危険なセルリアンが出没して…。


『今週倒せない場合、私達も、パークから…』


 そうだった。結局そのヒト達は解決出来なくて、ミライもこのパークから去って行った。

 ボクに、留守を託して。


 ミライは、もうちょっと長くこの島に居たかった、と言っていたんだ。

 もうちょっと、じゃなくて、ずっと居て欲しかった。

 誰かと一緒にこのパークを回ることが、パークガイドとしてボクの本来の務めなんだ。


『ごめんね。すぐ、戻るから』


 記録媒体の深い場所から、あの時の言葉が再生される。


 すぐ…すぐ…。


 すぐ、というのは、どれくらいの時間を指すのだろう。

 すぐ、というのは、ミライの言葉を何回再生すればよい時間なのだろう。

 時間とともに、ボクの世界がだんだん狭くなってゆく。


 ………。

 気が付くと、月が昇る時間。虫の音が良く響いていた。

 パークの中には夜行性のフレンズも居て、この時間から賑やかになることもある。


「じゃんぐるちほーって、フレンズが沢山いるんだって…」


 まさに今、夜行性のフレンズが付近に出没したようだ。

 カリカリカリ、と何かを削るような音がする。

 爪とぎの習性をもつ、ネコ科のフレンズのようだ。


 しばらくすると、ミシ、ミシ、ときしむ音がきこえて…


 バキバキ、バシーン!!


「みゃあ~!!」

「サーバルちゃん!」


 フレンズの悲鳴、そして…もう一つ、物体が発する音が聴こえた。


 記録に残っている音だった。ボクの記録媒体の中で、とってもとっても奥底の、大切な場所に記録されていた音。

 すぐさまボクの検索機能が働いて、その音のデータを浮かび出させた結果…。


 ピョコピョコピョコ…


 僕は、音のする方向へ一目散に向かう。

 ずっと待っていた、ようやく来てくれた、キミのもとへ。


「あっ…」


 それが、ボクに気付いた。

 ピョコピョコピョコピョコ…


「ボス、この子、何の動物かわからないんだって。住んでるところまで…」


 フレンズが声を掛けてくるが、ボクのプログラムが歩みを止めない。

 物体の目前にたどり着いて、じっと見つめる。


 少し…違った。音も似ているし、ヒトではあるけど…このヒトは僕に記録されたミライのデータとは異なる。


 ミライでは無いヒトがここに来るならば…、きっとお客様だ。


「ハジメマシテ、ボクハラッキービースト ダヨ。ヨロシクネ」


 ようこそ、ジャパリパークへ。


 僕は、パークガイドのラッキービースト。


 ようやく来てくれたお客様の名前を、もう一度、しっかりと記録しよう。


「キミノナマエヲ、オシエテ…キミハ、ナニガミタイ?」


 再び、世界が広がり始めた。

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