第33話伝えたかった気持ち

 目を覚ますと俺は保健室のベッドで横になっていた。時計は見えないが、秋の夕陽で紅く照らされた室内を見て、相当の時間眠っていたことに気づく。


 ーーなんか、凄く悲しい夢を見ていた様な……。


「ワタル? 起きたの?」


 横から突然声がし、驚いて跳び上がる。ズキっという痛みが脇腹を走る。

 ワイシャツを見ると、痛むところに血が滲んでいた。


「な、なんじゃこりぁ……」


 懐かしの太陽◯吠えろのようなリアクションに


「何ふざけた小芝居してんのよ」


 と冷たく返すミサ。座っていた椅子から立ち上がることなく、ただ、目も合わさずに足を組んでいた。


「それで、どうよ」

「な、何が?」

「何がじゃないわよ。 その……。 傷、痛まない?」


 ワイシャツをめくり、傷を確かめる。深さからすると、刺すというよりは斬られた様だった。


「これくらいの傷ならどうって事ない。 にしても、運んでくれたのか? ここまで」

「ええ。 あんたが倒れた後、マコトがあんたの腹を切ったのよ。 私が押し倒されちゃったのも1つの原因なんだけど……」


 少し間が空く。一向にしてミサと目が合う様子がない。なんと返したらいいのだろう。返事に困るな……。


「ミサ。 ありがとうな」


 ふと出たそんな代わり映えのない言葉、だが、ミサは何かを堪えようと必死に耐えている様に見える。声を震わせ、


「なっ何言ってんのよぉ……。 そんな、そんな事言われたら、私……」


 涙のダムが決壊する。ポロポロと涙を零しながら俺の胸の上に顔を押し付ける。


「恐かったぁ……。 恐かったよ、ワタル……。 ありがとうなんて、ありがとうなんてそっちから言われたら。 私、なんて返せばいいのよ……」


 ヨシヨシとミサの頭を優しく撫でる。


「よく頑張ったな。 よく耐えたな。 泣いていいよ。 今は、いつもみたく我慢しなくていいから」

「私、私。 ワタルが倒れた時が一番恐かった。 もしかしたらもうこのまま会えないのかなって、最期にありがとうすら言えずにお別

 れなのかなって……」


 ミサが落ち着くのをじっと待つ。

 ふう、と溜息をついたミサは、さっきまでとは打って変わって爽やかな笑顔だった。


「あんたがキレた時、カッコよかったわよ!」

「お、おう!そうか!まあな、俺もやるとき

 はやる男だしな!」


 帰路に着く頃にはもうとっくに常夜灯に光が灯る時刻になっていた。

 2人の間を無言と言う名の心地よい風が流れていた。俺はいいよと断ったのだが、不安だからと、たった二件先なのにミサは付き添ってくれた。玄関先で別れを告げた後、ミサが呼び止めた。


「待って、さっき言いそびれたことがあって……」

「なんだ? 言ってみろ」


 ミサは少しドギマギしながら言う


「さっき、私を助けてくれたとき。 俺のミサに手ェ出すなって言ってくれたの、あの時、スゴく嬉しかった。 あの、ありがとう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の居場所は二次元にしかないようです イガラシ イズモ @igarashi783

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ