第11話 盲目の夢


「ご! ごめん! マジごめん! てか見てない! まず見てないから許してくれ!」


 誠心誠意謝罪する。それでもコノミの涙は止まらない。


「もう、ダメ。 生きてけない……。 おにーちゃんに見られて。」


「そんなことない! その、 なんつーか。

 あのぉ……。 すごい魅力的だったぞ!」


 そう言って3秒。時が止まった。


 完っ璧フォローの選択肢を間違えた。コノミ、ごめん。


「どこが……? どこが…その、 良かったの?」


 一瞬耳を疑った。しかし、コノミはしっかりと、どこが良かったのかを尋ねてきた。


「ど、どこって。 すごくイヤらしいし、声も可愛かったし。 使ってたの俺のパンツだったし。」


「そこまで見て、たの?」


 はめられた。こんなの誘導尋問にしか過ぎない。ただ、今の一言で踏ん切りがついた。


「コノミ。」


 俺はコノミの肩を両手で掴む


「な、なに?」


 とても怯えている。まるで小動物のように。


「コノミ。 お前が俺のこと好きだということは分かっている。」


 その言葉にコノミは目をそらしコクリと頷く


「だけどな、愛は操作するのが難しい。 愛し

 すぎることによって人は盲目になってしまうんだ。 時に、自分の愛している人が誰なのかも、わからなくなってしまう。」


「で、でも……。 私は……。」


「愛してるっていうんなら。 本当の俺を見てくれ。 俺が本物なのか見分けてくれ。」


 コノミは泣き続けている。しかし、それを見ている俺もいつの間にか涙が細く頬をつたっていた。




 あああぁぁぁ! 気まずい! スッゴイ気まずいいいぃぃぃ‼︎


 朝食の間、俺らはまったく口を開かなかった。その様子を見てルピがなにか物言いたげなしている。しかし、一切の会話を交わさないまま俺は家を出た。



 学校にたくやいなや


「ワタくーん!」


 と俺を呼び止める声がした。こんな独特な呼び方をするのはルピだけだ。


「おお、ルピどうしたんだ?」


「そのセリフはこっちのモンっすよぉ! なんなんすかあの朝の空気は! 気まずいったらありゃあしないっすよ!」


「ああ、まあちょっとな」


 妹を傷つけたくない一心で言葉を濁す


「コノミちゃんと何かあったんすか? だったら早く仲直りするべきっすよ。」


 ルピからのそんなまともな意見は久々に聞いたような気がした。



 俺はそのあとずっとコノミのことを考えていた。授業中も、お昼の間だって。



 いつもより長い学校が終わる。

 帰り際にミサが


「あんた大丈夫? 何か悩みあるんだったら聞くわよ?」


 こんな性格でも、面倒見がいいんだなと改めて思う。


「うん。 大丈夫さ。 自分で解決できるから。」


 ミサがそれを聞いて少しシュンとする


「大変だったらいいなさいよ。 私はいつだってあんたの味方なんだから。」


「フフっ。 いつもありがとうね。 頼りにしてるよ。」


「あ、当たり前でしょ!」


 ミサは顔を赤らめて言った。



 家に帰るとコノミはご飯を作っていた。


「あ、お帰り。 おにーちゃん。」


 おそらくいつも通りの自分を装っているのだろう。笑顔が貼り付けたようになっている。

 俺は意を決する。


「コノミ。 俺はお前が好きだ。」


「え?」


 これにはコノミも拍子抜けな態度をとる。

 畳み掛けるように俺は繰り返す。


「俺はお前が好きだ。 だから。 だから愛してくれ!」


 コノミはしっかりと火を止め、俺のところまで歩み寄る。


「なんなの……。」


 とても小さな声で呟く


「なんなの? おにーちゃんは私にどうしてもらいたいの? 愛さないでって拒否して、その次の日には愛してって。 私、私分かんないよ! いっつもおにーちゃんは誰か他の女の人といるし、私はおにーちゃんのことこんなにスキなのに! こんなにダイスキなのに!」


 そう心から叫んだコノミの顔は涙で濡れていた。



「ゴメン。」


「ゴメンじゃないよ! 私はおにーちゃんにずっと見てもらえるだけで十分なの! おにーちゃんこそ私のこと! もっとちゃんと見ててよ‼︎」


「コノミ。」


 コノミの頬を優しく撫でる


「コノミ。 俺はお前のことをちゃんと見ている。 けど。 お前を見ている俺は、お前のダイスキな高橋ワタルじゃないんだ。」


 ここまで言って大きなため息をつく


「このことは、ずっと秘密にしておくべきだと思って内緒にしてきたけど……。 今から言うことは全て真実だ。 仮に分からないことがあったり、ありえないと思っても質問しちゃダメだ。 それと、この話を聞いても俺を愛してくれると誓ってくれ。」


 コノミはコクリと頷いた。


「俺は高橋ワタルだ。 けれどそれはこの世界での話だ。 どう言うことかと言うと、俺は異世界から来たんだ。」


 俺はゆっくりと、自分でも言葉を探りながら話した。


「俺のもといた世界では佐藤サカキと言う名前だった。 この世界での約三週間前。 俺は駅のホームに頭から落ちて気を失った。 多分その拍子にこの世界に来てしまったんだと思う。 嘘だって思ったって仕方ない話だ。」


 コノミの目は曇りひとつなく俺を見つめていた。


「私は、おにーちゃんを信じるよ!」


 その言葉は俺の心の湖に波紋を広げた。

 俺は泣きながらコノミに言った。


「ありがとう……。」


 その場で数分間俺らは動かず、互いに見つめあっていた。

 先に立ったのはコノミの方で、


「よし! そろそろご飯作んないとね!」


 その声はまだ震えていたが、これまでにないほどに活力をみなぎらせていた。

 俺も立ち上がり、


「うん、そうだな。」


 と言って振り返る。


「あ!」


 突然発せられた声に、俺はコノミの方へ振り返る。コノミは俺の胸に抱きついて来た。


「私は、ダイスキだよ! サカキさん!

 ううん。 おにーちゃん!」


 俺はコノミの柔らかな髪を撫でる。



 ドアを開けると目の前にはルピが立っていた。


「……………………。」


「あ、あのぉ。 ご主人?」


「お前いつからそこにいた?」


「ええと、ご主人がぁ……。 愛してって言ってるところから……。」


「最初っからじゃねぇか‼︎」


「ヒイイィィ‼︎」


「さあ〜。 ちょっと俺の部屋に来ようね……。」


「スミマセンデシターーーー!!!!!!」

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