苦あり楽あり、剣士稼業はやめられない

風来 万

魔女

  僕は旅の剣士だ。従姉妹のミリネアに、剣士は行く先々で村人にもてはやされるし、魔物退治などの報酬も良いと聞いて、学校を卒業してすぐに剣士になった。年は十七歳。まだ経験は浅いけれど、自分でも腕は確かだと思う。

 今日もイスカ村の村長から、街道筋を荒らす乱暴者を懲らしめて欲しいと依頼があった。懲らしめるだけにしては法外な報酬に、僕の気分は上々だ。

 と、街道沿いの草原が何やら騒がしい。僕は街道を外れ、背丈程の草をかき分けながら悲鳴と怒号のする方へと急いだ。

 背の高い草原の、その一角だけ草が踏み倒されて開けている。

「覚悟しろっ!」

 今しも、屈強の男達が若い娘に斬り掛かろうとしている。僕は素早く人数を確認する。男が三人、いや四人だ。村長の話と合致する。どうやらこいつらが『乱暴者』らしい。

「待て待てっ!」僕は草地に倒れてふるえている娘をかばう様に、両手を広げて立ちはだかる。「乱暴狼藉はこの僕、剣士ルシターが許さないぞ!」

「なんだ、お前はっ!?」

 男達が一瞬たじろぐ。

「だ・か・ら。今言っただろ? 剣士ルシターだ」

「そんなこたぁ訊いちゃいねえ。てめえにゃ関係ねえ。邪魔だっ、どけっ」

 ひときわ体格の良い男が幅広の剣を振り上げる。その時、僕は何か違和感を感じた。僕は男達を無視して、背後に倒れている娘を振り返る。

 娘は美しかった。透き通る様な肌に、しっとりと濡れた様な黒髪、涙に濡れた大きな瞳は湖の様なブルーだ。まだ乱暴はされていない様で、そのエキゾチックな衣服に乱れはない。

「おい、お前達」僕は男達に向き直る。「何でこの娘を襲う?」

 そう、僕の感じた違和感はそれだ。乱暴するのに刀で斬り掛かったりはしない。物盗りなら、初めは脅して金を出させるはずだ。だが、この男達はただ斬り掛かっている。こんな美しい娘を前にして、それは不自然ではないか。

 男の答えは予想外のものだった。

「そいつは魔女だ」

 いやはや、このご時世に魔女を信じている者がいるとは驚きだ。だが、男達は大まじめだ。

 別の男が言う。

「その女は、あの大魔女ルイーザの末裔だ」

 僕はだんだんばかばかしくなってきた。その存在すら定かではない、伝説の魔女の末裔か?

「で、なにかい? この娘は口から火でも噴くのか?」

「もっと悪い」男には僕の皮肉が通じなかった様だ。「そいつは男の精気を吸う」

 また別の男が口を挟む。

「それに、男の肉を食らう」

 男達はどうやら本気らしい。

「違います! 私は、私は……」

 娘が背後で泣き崩れた。

「ああ、わかっている。君は僕が守ってあげるよ」

 僕はすらりと腰の剣を抜いた。途端に、男達が後ずさる。身体が大きいだけで、剣の扱いはまるで素人だ。僕の敵ではない。

「お、俺たちを恨むなよ!」

「ちゃんと警告したぞ!」

 男達は口々に何か訳の判らぬ事を叫びながら退散していった。

「もう大丈夫だよ」

 僕は娘に手をさしのべる。

「ありがどうございました、剣士様」

 娘が涙も拭かずに僕にすがってくる。これだから剣士は止められない。

 娘の顔が迫ってくる。僕は娘の腰に手を回す。

 娘のつややかな唇に僕の唇を重ね合わせる。自然の成り行きというヤツだ。娘は目を閉じ、それから僕の首に手を回す。

 僕たちはそのまま草原に倒れ込んだ。娘は唇を離さない。僕は全身の力が抜けていくのを感じた。甘い蜜の感覚。意識が遠のいていく。

 その時、娘が目を開いた。僕はその瞳の奥に、青白く燃える炎を見た。

 娘がようやく唇を離す。その口から漏れた言葉を僕は遠い意識の彼方に聞いていた。

「おバカさん。若い剣士の肉はひときわ美味しいのよ」

 僕の脳裏に、今日の仕事を依頼してきた、気の弱そうな村長の顔が浮かんだ。ああ、僕は騙されたんだな、ようやく気が付いた。村人はこの女、魔女とグルだったんだ。確かに僕はさっきの賊どもに警告された。

 魔女がまた僕と唇を合わせた。僅かに残った精気を吸い取られながら、僕は従姉妹のミリネアの声を聞いた様な気がした。そうだ、僕は愚かだったよ、ミリー……。

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