今、私がかがやくとき。

柚月伶菜

第1話 私は桜。

 太陽が顔を出すと、そこらじゅうの雪が解けてなくなった。人間ひとが家屋から飛び出し、この細く長い道を走っていく。真っ黒な身ぐるみの団体は、しだいに群れを離れ、また群れをなす。高く日が昇ると、子連れの親子と老人が動き出す。その一歩はあまりにもゆっくりで、そのうち日が沈む。

 私は、今年も小さな命を宿した。この身体中にある無数の命は、数か月という月日を経て、今にも生まれようとしていた。―――頑張れ、頑張れ。

 私は地面から栄養を吸い上げ、それぞれの命へつないでいく。―――もう少しだ。頑張れ。

 身体中の命たちが、小さくもがいている。―――もう少しだ。あと少し。


 明け方、日の光が差すのは、ひとつの芽であった。今ここに、命が芽生えたのである。まだ怯えていて、目も開けていない。手を伸ばすこともしない。ただ、大きな声で、「生まれたよー」と泣き叫んでいる。その声は、他の命を呼び起こした。ある芽は、その声を聴き、我も負けじと芽を出した。またある芽は、手をひかれながら芽を出した。気が付いたときには、多くの子どもが生まれ育ち、大人への準備をはじめていた。


 人間ひとが私に興味を抱きはじめるのは、ちょうどこのときである。普段は立ち止まりもしないくせに、私に近寄ってきたと思うと、目を丸くして小さくうなずいている。そこに、通りかかった老人が声をかけた。

「暖かくなりましたねー。」

 その言葉はしだいに広まっていき、春の訪れをいまかいまかと待つ群衆が、子どもたちの成長を見守るようになった。


 

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