普通じゃないツバサ神が目覚めた……

 とある山の中に、神社があった。

 小さな鳥居と小さな本殿があるのみ、しかもその両方共長く手入れされていないのか相当汚れている。都会にあったなら本当に神社なのか疑ってしまうであろうほど、神聖な空気はほとんど感じられない。

 その退廃的な鳥居には、『九十九神社』と書かれていた。


 外見に反してしっかりと清掃が行き届いた本殿の中では、白い着物に浅葱色の馬乗袴姿の少女が1人、きっちりと正座していた。

 黒髪を左側でまとめて下ろしている彼女は、右手に持った筆の根元を口元に当て、じっと目を閉じながらぶつぶつと何かを小さな声で唱えていた。

 彼女の目の前にあるのは、神社の御神体。

 丁重に飾られているその形は、翼が生えた帆船という不可思議なものだった。

「……っ」

 唱え終わった途端、少女の顔が僅かに歪む。

 すると、筆を持った手がゆっくりと動き出した。

 少女は目を閉じたまま、目の前に敷かれていた和紙に、ゆっくりと何かを描き始めた。

 普通目を閉じて絵を描こうものなら、ぐちゃぐちゃなものになってしまう。

 しかし少女は、目を閉じているにも関わらず、まるで見えているかのように普通の絵を丁寧に描いていく。

 その間、少女はどこか苦しそうな表情を浮かべていた。

 何かに耐えているかのように。

 その体を、

「……ふう」

 数十分の時間をかけて描き終わると、少女は緊張を解いたかのようにゆっくりと息を吐き、ゆっくりと目を開ける。

 和紙には、何やら飛行機のような形が描かれている。

 ぼやけた影のように精密さを欠いてはいるものの、台形の翼を持った戦闘機のような形であり、翼には日の丸と思われるマークが描かれているのがわかる。

「これは……」

 自らが描いた絵を初めて見た少女は、僅かに目を見開く。

 そして、紙を慎重にまじまじと観察すると、何かを察したように、目を細めてつぶやいた。

「古い飛行機のシルエットじゃない……まさか――うっ!?」

 言いかけた所で、急に頭が痛くなったかのように再び苦悶の表情を浮かべる少女。

 すると、止めていた筆が、再び動き出す。

 それに気付いた少女は、自分の手を見て驚いたように目を見開いた。

「まだ、続きが……?」

 苦悶の表情のまま筆が動き、絵の横にゆっくりと文字を書いていく。

 それを、何かに耐えながらじっと見守る少女。

 まるで自分の意志ではなく、

 筆によって書かれた文字。

 それは、「114」という数字だった。


     * * *


『そうか、そんなお告げがあったんだね……』

 神社の外。

 風で周りの木々が揺れる中、少女はスマートフォンで、穏やかな声の男と通話していた。

『まさにドンピシャだよ、ヒトミちゃん。先程こちらでも、114のナンバーを持つ戦闘機が消息不明になっているのを確認した』

「その機体の機種は、何ですか?」

『F-2だよ。ナンバーは23-8114』

「F-2……!」

 その形式を聞いて、ヒトミと呼ばれた少女は驚きの声を漏らした。

「やっぱり……現用の戦闘機が、どうして……?」

『おかしな事ではないさ。この機体は、既に用廃予定の機体の1機。覚醒していたとしても、不自然ではない』

「……どうするんですか? ヤハギファイターコレクションは年代物軍用機ウォーバードの保存団体ですよ。現用機なんて手に余ります。それに現用機であるなら、5機の歴代元自衛隊機には該当しない可能性もあります。あのイーグルみたいに――」

『でも、放ってはおけないだろう。彼女だって狙われている身なんだ。それに、仲間である可能性もゼロじゃない。だから我々は調査を続行し、見つけ次第保護して島へ連れてくる。今後の事を考えるのは、それからでもいいだろう』

「……はい。ショーもありますから、お気をつけて」

『あ、そうそう。ついでに聞くけど、何かお土産のリクエストはあるかい?』

 と。

 電話の相手が、突然話題を変えてくると、途端にヒトミは顔を真っ赤にした。

「な、何ですかそれ! もう子供扱いしないでくさい! 背は低くても立派な大人なんですよ!」

『ごめんごめん、ちょっと聞いてみただけだよ。いつも通り何か和菓子でも買ってくる』

 思わず怒鳴りつけたものの、相手は口調を崩さない所か少し笑ったので、ヒトミはため息をひとつつく。

「……もう、随分と余裕ですね? くみなさんと一緒にヘマしないでくださいよ?」

『もちろん。では切るよ。トリフネ様のご加護を』

「はい、トリフネ様のご加護を」

 通話は、そこで終了した。

 耳元から離したスマートフォンの画面には、通話終了の文字と共に『ジュンさん』という宛先が表示されていた。

 画面をスリープ状態にしたヒトミの黒髪を、風がそっと揺らす。

 風上に振り返るヒトミ。

 山のふもとに広がる広大な海原を、一望する事ができる。

「また、普通じゃないツバサ神が目覚めた……」

 不安そうに、口にするヒトミ。

 今自分がいる孤島から、海を隔てて遠く離れた地へ思いを馳せながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る