#2 営みを邪魔する輩

我らは、結ばれたのだ

「んん、ユウ、ユウ……」

 まだ夢を見ているのだろうか。

 ねっとりと唇を吸われて、舌を絡めとられる感触。

 別に甘味が入っている訳でもないのに、なぜか甘く酔いしれてしまう不思議な味。

 全身の素肌から感じる、すべすべで柔らかな感触も、それを助長しているようだ。

「んむ、ユウ……ッ」

 そして、時折聞こえてくる甘い声。

 それに引っ張られる形で、僕は目を覚ました。

 すぐ目の前には、うっとりした様子の少女――あいすの顔。

 未練がましく唇を離す様が、妙にかわいく見えてしまう。

「あいす……」

「起きたか、ユウ」

「ああ、おはよう」

 いつの間にか――いや、ずっと覆い被さっていた彼女と、また唇を重ね合う。

 僕は背中にそっと手を回し、イヤリングとチョーカー以外一糸纏わぬ相手の体を抱きしめる。

 さらさらな髪も、すべすべな肌も、触っててとても心地いい。

 胸元では、2つの大きく柔らかな果実が、存在を主張して押し付けられる。

 そんな裸同士での抱き心地も相まって、僕達はどんどんキスの感触に溺れていく。

 窓からはもう、太陽光が差し込んでいる。もう朝だ。

 一体どれだけ、こんな事をしただろう。

 というか、ちゃんと寝たかどうか記憶にない。一晩中こんな事をしていたような気がする。

 普通夜更かしなんてしてたら、なかなかなか起きられなくなるはずなのに、今朝に限ってはなぜか余計な眠気は全くない。

 というか、疲れも全然ない。まだまだこんな事をしていても、全然体力に余裕がありそうなほどだ。

 見れば、あいすの表情も、昨晩と比べると結構よくなっているように見えた。

「今朝は、調子よさそうだね……」

「当たり前さ……ユウからいっぱい、元気をもらったからな」

「元気って……」

 その言葉が冗談なのかそうじゃないのか判断する間も、あいすは与えてくれない。

 あいすの甘い口付けが、余計な考えを全部遮ってしまうのだ。

 唇を離した後に見せつけてくる、見るからに嬉しそうな、その笑顔も。

 だから、どうでもいいかと僕は思ってしまう。

「それにユウ、気付いているか?」

 少し体を起こしたあいすが、ふとそんな事を聞いてきた。

「気付いているか、って?」

 はて、何の事だろう。

 そういえば、首のチョーカーに付いてる宝石の色が青いけど、昨日は赤だったような気がする――気のせいか?

「右手を見ろ」

「ん?」

 言われるがまま、背中に回していた右手を見てみる。

 すると、すぐ違和感に気付いた。

 正確には、その薬指だ。

 銀色に光る何かが、いつの間にかはまっている。

「……指輪?」

 どう見ても、指輪だった。

 余計な飾りは一切ないシンプルなもので、昨日買ったばかりのように、汚れがなくぴかぴかに輝いている。

 手を近づけてよく見ると、『23-8114』という数字が刻まれている。

「この数字――」

「我らは、のだ」

「え、結ばれた!?」

 な、何だその「結婚した」みたいな言葉は?

 驚く僕の前で、あいすも僕に自らの左手を得意げに見せた。

 僕と同じ『23-8114』の数字が刻まれた指輪が、ちゃっかり薬指にはまっている。

「だからユウ。私は、嬉しいのだ……!」

 あいすは、僕の体に身を預けてまた口付けてくる。

 今度は、僕の両手をしっかりと握り、ベッドに押し付けて。

「今日はずっと、ユウを抱いていたい……このまま、裸のまま……!」

 キスを続けながら、願望を包み隠さずに告げるあいす。

 ああ、僕も、それは同じだ。

 このまま、あいすの抱き心地のいい体をずっと味わっていたい。

 どうせ仕事はない身だし、一日中暇なんだ。体力にも余裕があるし、一日中いあいすとしてても余裕そうな気さえしてくる。

「あいす……僕も、そうしたい……君の体を、ずっと抱いていたい、けど――」

 そんな時だった。

 ぐぐぅ、とどこか間の抜けた音が、僕の腹から聞こえたのは。

 目を丸くしてキスを止めたあいすに対し、僕は苦笑いしながら続ける。

「その前に、朝ご飯食べないと」


「あいす、君はお腹空いてないの?」

「……お腹が空く、という概念がよくわからぬ」

 僕は朝ご飯になるものを探しながら、あいすと会話していた。

 開けた冷蔵庫から出てくる冷気が、いつも以上に冷たい。

 なぜなら、裸のままだから。

 背中にくっついて離れないあいすも、同じく裸のまま。

 裸のままで朝ご飯の材料を探すなんて、自分でも変だなと思う。

「概念がよくわからぬって――」

「私はな、ユウと愛し合えるならば、それだけで充分なのだ」

 あいすは機嫌よく言うと、背後から僕の頬に一回口付けた。

 うーん、はぐらかしているのか?

 もしかして、あいすは朝ご飯を食べないタイプなのだろうか。

 まあ、そんな事は置いといて、冷蔵庫に話を戻そう。

 冷蔵庫の中はというと、ほとんどすっからかんも同然で、朝ご飯のネタになりそうなものが全然なかった。

「ああ、そうだ……買おうと思って忘れてた……仕方ない、あれしかないな」

 僕は、冷蔵庫の脇にある段ボール箱に目を向ける。

 確か、サツマイモがまだ残っていたはずだ。

 開けてみると、確かに大きめのサツマイモが数個残っていた。

「……それは、何だ?」

 あいすが、箱を覗き込んで聞いてきた。

 何だか興味がありそうだったから、僕は試しに提案してみた。

「これから焼き芋作ろうと思って。せっかくだから、あいすも食べない?」


 焼き芋は、僕が最近ちょっとハマっている食べ物だ。

 焼き芋と言えば、落ち葉を焚いて作るイメージがあるけど、実は家にある普通の電子レンジでも簡単に作る事ができる。

 芋をラップで包み、低めの出力で20分。たったこれだけだ。

 さすがに本格的に焼くものには敵わないけど、それでも充分なものができあがる。

 僕とあいすの分を合わせて2個の芋がレンジの中で加熱されていく様を、あいすは目を凝らしてじっと観察していた。

 まるでショーケースの中のおもちゃを見る子供みたいな表情が、不覚にもかわいいと思えてしまう。

「あいす、見てて退屈しないの?」

「いや、これが電子レンジというものか、と思ってな」

 どうやらあいすには、電子レンジというものが珍しいらしい。

 なんでだろうと思っていると、

「よもやレーダーと同じ電波で加熱ができるとは……どうりでレーダーの作動中は近づくなと警告される訳だ」

「……!」

 僕は、大事な事を忘れていた事に気付いた。

 あいすは、元々人間じゃない。

 あいすは、戦闘機が化身した姿。

 なら、食べ物に興味がなかったり、電子レンジを珍しがったりするのも当然だ。

 だって機械である戦闘機には、食事という概念がそもそもないのだから。「動くための力を摂取する」という意味では、燃料補給が辛うじて近い程度か。

 でも、大事なのはそんな事じゃない。

 左手に付いた、指輪を見る。

 全く、何を寝ぼけていたんだ、僕は。

 よくわからないけど、僕とあいすは、確かに結ばれたのかもしれない。

 でも、いつかはその証たるこの指輪もなくなってしまうかもしれない。

 あいすは元々航空自衛隊のものだ。なら、元の持ち主に返すのが道理。

 でも、震災で飛べなくなったあいすにとって、それは――

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