脚色夢集

高清水 良

第1話 王宮の夢

これは、創作物と言えば創作物なのであるが、実際は私が見た夢となる。夢は脳が作り出すものであり、私が見た夢は私の脳が作り出したものであるから、私が作ったと言ってよいだろう。

何某公房も夢の話を書いていたように記憶しているのだが、何分昔読んだ文庫のことでもあるので、あやふやである。しかし、「何某公房も書いていたよ」というのであれば、指摘してほしい。その時は、「ようやく俺も何某公房が夢見るような脳を持つまでになったか。」と喜びながら、手を打つことにする。つまらぬ話はここまでにしておくとして、夢の話である。夢の性質上、場面の切り替わりは唐突であるが、そこはどうにか脚色を施していく。そうして、掌握小説と化そうという試みでもある。


さて、舞台はどこかの欧州の王宮であった。煌びやかな生活を送っている場面はなく、突如として王の間に立たされており、目の前には王が鎮座していた。王の間には、幾度となく爆音が響いていた。

私は王に命じられたのか、姫を探すことにした。渡り廊下に出ると、慌てふためきながら奔走している貴族の姿があった。逃げているようでもあった。渡り廊下の窓が赤く光った。刹那、窓から爆風が流れ込み、貴族は吹き飛ばされた。ああ、そうか今戦争なのか。そうして、攻められているのだ、この王宮は。爆風でできた瓦礫を見ながら、暢気にそんなことを思った。どこから撃たれているのかはわからないが、確かに上空を砲弾が行き交い、落ちては地を揺るがすほどの轟音が鳴っている。戦中なのだ。

私は姫の部屋にたどり着いた。扉を開けると、姫が椅子に静かに座っている。私は声をかけた。

「姫、ここは危険ですので、急いで逃げましょう。」

すると、なぜか激昂しながら姫は立ち上がってこう言い放った。

「あなたと一緒に行ってもよいけれども、ニート暮らしができなきゃ嫌よ!アメリカではそれができるのでしょうね?」

立ち上がった姫を見上げた。この女の言っていることが理解できなかった。アメリカでニート暮らし?戦火から逃げるだけでも必死になるだろうに、何の心配をしているのだろう。しかし、この姫でかいな。太ってはいないが大きいな。何を食えばそんなに大きくなれるのだろう。

その時、爆音がした。そうだった。ここから逃げなければならない。私は強引に姫の手を引っ張り、先ほどの渡り廊下に出た。先ずは王の元へ向かわなければ、その一心で廊下を駆け抜けようとした。渡り廊下の中間に差し掛かった時、砲弾が私たちの真横に落ちた。私たちは吹き飛ばされた。


 どうやら私たちはこれから死ぬようだった。起き上がる気力が失われていた。空虚な空を朧に見つめていると、姫がしゃべり始めた。

「あなたが来なければ、あの部屋に居さえすれば、助かったかもしれないのに、あなたのせいよ」

どうでもよくなった。さっさと死んでしまいたい。姫から顔を逸らし、先ほどの部屋を見遣った瞬間、姫の部屋は吹き飛んだ。姫、ご覧になられましたか、と思いながら姫の顔を再び見た。

「……結果は同じだったみたいね。いいわ、また来世で一緒になりましょう」

そのまま姫は、眼を瞑り、息絶えた。最後に謎の言葉を遺して逝った。来世で?また?一緒になる?謎の言葉を遺されたおかげで、私は死ぬのが怖くなった。このまま死に行けば、来世はこの大きな怠惰女と一緒になる。そして恐らく、この巨大女に苦しめられる人生を送る羽目になるだろう。それは、地獄行き確定を意味するではないか。死ねない。このままでは死ねない。この女との輪廻を絶つことをしなければ、未練が残る。悶々としている私の横に誰かが立った。

「何をもたもたしているのだ。」

顔を見ると王だった。

「死ぬに死ねないのです。」

「未練があるのかね。」

「来世に対する不安があります。」

「ふむ。」

顎に手をやり、考える王。

「来世はどうなりたいのだね。」

王に問われ、あることが閃いたが逡巡する。

「それは……。」

「急ぎなさい。時間がない」

「は、はい!来世は女になりたいです。」

そうだ、私が女になれば良いのだ。女同士で結婚する世界でなければ、この女とは友達以外の縁は持たなくなる。素晴らしいアイディアに身震いさえした。

「ふむ。まぁ、よかろう。では、来世は女として生まれなさい。」

嗚呼、王よ、あなたは、王ではなく神だったのか。これで心置きなく眠ることができる。

「ありがとうございます」

私はゆっくり闇に落ちていく。王よ感謝します。このまま安らかに逝けます。事切れようとする意識の中、王の声が聞こえる。

「では、姫の来世は男としよう。性格はそのままで、来世も仲良くやりなさい――。」

(2017/4/9)

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