おめでたい席

おめでたい席1

「あのレット、ウィッシュボーンって知ってますか?」


「鳥の鎖骨だろ?」


 答えながらもレットは、二羽目のローストチキンに包丁を乱暴に叩きつけた。


 そして背骨に合わせて真っ二つに切り分ける。ぐちゃぐちゃな切り口から叩き切られたウィッシュボーンが見えた。


 情緒も何もない切り分けだ。


 ただ、いつものレットに戻っていて、それには変に安心した。


 そんなあたし目の前でレットは右半身左半身それぞれを皿に盛る。


 この皿を並べて、今日のごちそうが揃った。


 ニシンのパイに豆とレタスのサラダ、オニオンスープにハムとチーズの盛り合わせ、白パンにデザートにはバナナのバターケーキまである。


 こんなに沢山の料理が並ぶ食卓は、生まれて初めてだった。


 孤児院でだと、大鍋でドッサリが大半だったし、特別な日でもこんな、食べきれないかもしれない、なんて考える程の料理はなかった。


 そんなごちそうが並ぶ机の真ん中には大きな燭台が灯ってて、日も暮れたのにギルドの食堂は明るかった。


「あのさレット、オートミールはどこに置けばいいかな?」


「ねーよんなスペース。つかブラー少しは量を考えろ。量が多いのがごちそうじゃねーんだよ貧乏人が」


「あなたたち、もめてないで席につきなさい。飲み物配るわよ」


 言いながらリバーブはビンからコルクを引き抜く。


 レットはいつも通りだけど、リバーブもブラーも武器も鎧もなくて、今はラフな格好だった。何気に普段着は初めて見た。


「最初は今回の主役のトルートからね」


「あ、すみません」


 グラスを手に取り差し出して赤紫の液体を注いでもらう。


 それからリバーブは手際よく残り三つのグラスに注いで配る。


「それじゃ、レット摘まみ食いしない」


「なら早くしろ。長い挨拶は嫌いだ」


「わかったわよ。それじゃあ、我がインボルブメンツ新規メンバーと破産危機からの脱出に」


「「「乾杯」」」


 カチンカチンとみんなグラスを当てて鳴らした。


 鳴らさずにすぐさま一口飲んだレットは顔をしかめた。


「何だよブドウジュースかよ」


 言いながらも全部飲み干す。


「仕方ないよレット、ほら」


 言ってブラーは、何故かあたしを見た。


「だからだろ」


「レット」


「んだよリバーブ、お前だってあれ見たいだろ? ブラーの角、右と左で舐めると味がちがーうってよー」


「レット、一体全体何の話をしてるんですか?」


 あたしの質問に、三人は一斉にあたしを見た。


「……脱ぐ上に記憶飛ぶとか、完璧じゃないか!」


「「レット」」


 なんか、勝手に言われてるけど、本当に記憶にない。そもそもそんな機会も無かったはずだ。


「やっぱしまらねー。ちょっと待ってろ。ブラーの部屋から取って置きの消毒用アルコールあっから取ってくる」


「駄目だってレット。あれは消毒用だよ? それに僕のだし」


「飲めんだろ?」


「飲めても駄目よ。持ってきたら全部トイレに流すからね」


「そんなーお願いだよーリバーブー」


「うるさい気持ち悪い黙りなさいレット。いい? 今後一切我がギルドでは飲酒禁止よ。嫌なら即刻辞めてもらうからね」


「なら問題ない。まだそいつは正式なメンバーじゃないだろ」


「え、そうなんですか?」


「……まぁ、そうね」


 答えてからリバーブは一口飲んで、続けた。


「今のトルートは試験期間で、正式にはメンバーとは認められてないの。これから、私が合格したから雇いたいって内容の書類を明日中にクランに出してようやく正式にメンバーとなるわけ」


「……それってつまり、その書類が無くなれば台無しってことか?」


 ぼそりと呟かれた不穏な一言に、みんなレットを見る。


 レットはいつもみたいに笑うけど、笑ってるのはレットだけだった。


「……バカなこと言ってないでレット、飲酒はなし。それよりあんた、朝早いんじゃないの?」


「あ」


 リバーブに睨まれたレットが間抜けな声をあげた。


「はいじゃあそういうことで、今回はお酒は無しで。それより食べよ? 冷めちゃうよ?」


 ブラーの一言を切っ掛けに、パーティーが始まった。



 鶏肉が部位によってこんなに味が違うとは思わなかった。ニシンのパイも香草が効いてて生臭くないし、サラダも黄色い粒のある黄色いドレッシングが美味しい。オニオンスープもいい香りでまだパンがあるのにあっという間に空にしてしまった。でも白パンは柔くて、スープに浸さなくてもこのままハムとチーズで普通に美味しかった。オートミールはオートミールだ。


 ……気がついたら三人があたしを見ていた。


「……しっかしよく食うなー。つか新入り、お前ってそんなに食ってたっけ?」


 レットの口振りは感心、というか呆れたみたいな感じだった。


「……すみません」


「いや気にしないで大丈夫だよ」


 ブラーにフォローされてしまう。


「食欲が有るのは良いことだし、なんたって今日はトルートの為のパーティーなんだから。それより、大丈夫なの? よくわからないけど、足の怪我が治ったばかりだけどさ?」


 言われて、思わず生えた足に力が入る。


「……はい。というか、だから余計にお腹が空くんです。その、あたしの体は、治るだけで生やすわけではないんで」


「その反動がリバーブ化か」


 ぼそりと呟いたレットの言葉に、思わず胸を抱える。そこには、抱えきれる位の膨らみしか残ってなかった。


 これが、再生の代償だった。


「……小さな傷なら問題ないんですけど、でも足を丸ごととなると、体力の消耗が激しくて、というかなくなった分の体重は変わらなくて、胸とか一気に痩せちゃうんです。でも食べれば太れますし、太るときも胸に集中するんで、そこはラッキーですけど」


 あはは、と笑って見せたあたしに、レットは大きく口を開いて舌を出してた。その首を、ブラーの大きな手が絞めていた。


「体のことをいじるのはよくないって教えたよね? だからほらレット、ご免なさいしようか? ね?」


 優しく問いかけるブラーに、その手を掻きむしるレット、でも手は剥がせないし剥がされない。


 それでレットは顔真っ赤なまま自分の皿へと手を伸ばして、鳥の小骨を拾ってブラーの鼻の穴に捩じ込んだ。


 ふがっ、と呻いてたまらずブラーは絞める手を放した。それで鼻のを引き抜く。でもその先端が取れて残ってしまったらしく、フガフガと鼻を鳴らして吐き出そうとしてた。


 その隙にレットは立ち上がって飛び退き距離を取った。


「んだよブラー! 俺は知的クール美人になってるって意味で言ってんだよ! 勝手にリバーブイコールペチャパイとか偏見が過ぎんだよ! つーかそこは普通に平べったくても素敵だよ厚みだけが魅力じゃないさと慰めるのが、あ、ごめーん! 傷つけるつもりはないんだよー!」


 わざとらしく喚くレット、こいつはまともにパーティーもできないらしい。


 そんなレットをリバーブが冷たく睨む。


「レット、あなた明日早いんだからもう寝たら?」


 言葉も冷たかった。


「あーそうだな、お休み」


「待ちなさい。言っといて何だけど、その前に確認よ。明日は完全に休日だけど一応、全員のスケジュール把握しとくわよ。レットは、大会ね」


「当然だろ」


「それで、ブラーは?」


 ゲボッ、と鼻水と一緒に骨を吐き出してから、ブラーは答えた。


「僕は、やること無いし、部屋の掃除とレーニングかな」


 言って鼻水を啜る。


「ブラーは了解。それで私は、さっき言ってたトルートの手続きで一日潰れるわね」


「そうなんですか?」


「あ、気にしないでいいから。手続きっていっても書類を出して受け取って別の所に出すだけだから。ただまぁ、拘束時間は長いけどね」


「でも、だったらあたしが代わりに行きますよ。あたしの手続きですし」


「大丈夫よ。それに駄目なのよ。これも人事だから、サブマスター以上でないと手続きできないのよ」


「俺は絶対に行かないからな」


「任せるわけないでしょレット、だから私が行くの。それに拘束時間が長いだけで本当にやること無いのよ。その間は資格の勉強でもしてるわ」


「なんだ触手か?」


「……触手よレット」


 リバーブの答えにレットは口笛を吹いた。


「……なぁ、やっぱお前、たまってんじゃ?」


 訳のわからないことをぬかすレットの顔面にリバーブが食べ終えた鳥の骨を投げつけた。


 が、それが額に当たる前に、風が吹いた。


 それにスープが波打ってレタスが飛んで、骨が当たらず弾かれ床に落ちた。


「ちゃんと拾っとけよ。じゃーお休みー」


 レットは逃げるように部屋を出ていった。



 レットがいなくなって、食べるペースが落ちた。


 代わりにお喋りが増えて、皮肉にも主な話題はレットについてだった。


「そういえばトルートって、あいつの魔術の仕組み、聞いてる?」


「いえ」


 拾った骨を弄んでるリバーブに、あたしは首を降る。


「前に勝手に話してた時には体内の気をだとか、魔方陣がどうとか」


「それよ」


「気ですか?」


「魔方陣よ。あいつは体の入れ墨の魔方陣を用いて空気を召喚してるの」


「召、喚?」


「魔法は、ブラーの方が詳しいわね」


「ん?」


 ローストチキンを頬張ってたブラーは、それをよく噛んで飲み込んだ。


「あーーっとね、まず魔術魔法については、一通り知ってるよね?」


「はい。えっと普通は、精霊と契約して、触媒を通して魔力を渡して、呪文でしてもらいたいことを伝えて、それで起こるんですよね?」


「まぁそうだね。その中で呪文は言葉だから、難しかったり長かったり間違えたりしちゃう。そうならないように予め文字で書いておく、それが魔方陣なんだ」


 ここまでは知ってる。学校で習った。


「それで、レットの場合は、その魔方陣を入れ墨にしてるんだ」


「言ってましたね。でも触媒については、なんかグダクダでしたけど」


「前聞いたときは、墨に竜の血を混ぜてあるって言ってたね」


「竜って、あのドラゴンのですか?」


「そうそう。それも生き血でかなり高いやつ。昨今だとドラゴンなんて、その姿すら見れない貴重な存在なのに生き血とかもう、値段なんかわかんないよ」


「……あの、まさかレットって、良い家の出身なんですか?」


「たぶん、そうだね。あぁ見えて芸術とか詳しいし、教養あるし、ホレイショだって元々はレットの個人所有だもん。あれだけの名馬は滅多にいないよ。今更だけど、破産騒動の時にホレイショ売ればまだワンチャン残ってるぐらいには、高価だよ」


「仲間売るぐらいなら破産を選ぶわ」


「それは、うん。リバーブに賛成かな」


「それで、話は戻りますけど、レットってつまり、お金の力でずるして魔法を覚えたてってことですよね?」


「それがそう単純じゃないのよ」


 リバーブはため息のように言った。


「あいつが契約してる精霊はタイニー・ドラフト、それで入れ墨の魔方陣の魔法はサモン・エア、空気の召喚よ。それに若干手を加えて、内容は一定以上の魔力が集まった体表で発動って風にしてあるらしいの。だから呪文も無しでいきなり風が出る。この意味わかる?」


「わかりません」


「つまりレットは他の魔法が一切使えないの。呪文を唱える前に魔力を貯めた時点で、魔方陣が発動しちゃうから。そこまでして手にした魔法がそこらにある空気を召喚するだけとか、無駄としか言いようがないわ」


「でもレットは、なんか色々できてましたよ」


「それが一番むかつくのよ」


 今度こそリバーブはため息をついた。


「今説明した通り、魔力が集中した体表から空気を出すの。だからその魔力をコントロールして色々やってるのよ。それこそ額から突風吹かしたり、髪の毛一本分の狭い風で物を斬ったりとかね」


 それがあの不可視な攻撃の正体、だけどもなんかガッカリだった。


「あたしは、この体で、魔法は絶望的なんですが、それって難かしいことなんですか?」


「神業よ。天性の才能か、虐待じみた英才教育か、少なくとも私には無理よ。ブラーできる?」


「無理。例えるなら、なんだろう、体温を操る感じかな。それを手足だったり顔だったりでやる感じで、だから何をどうしたらそうなれるのかも想像できないよ」


「その変態的なコントロールに一気に噴出させられる瞬発力、魔力の絶対量も多い。性格はアレだけど頭は悪くないし体も十二分に動く。素質から見れば、もっと普通の魔法を学べば、間違いなくエリートになれた。なのにあんなのにさせるなんて勿体ない。それをことあるごとに指摘されるのよ。マスターなら殴ってでも入れ墨止めろってね。あれは初めからだってのったく」


 不機嫌にリバーブはブドウジュースを飲む。


「まぁレット本人はあのハンドレスマジックを広めたいみたいだけどね」


「ブラーそれ本当? 道場でも作るの? レット流格闘術? 冗談でしょ」


「でもさリバーブ。実際、レット強いじゃん」


「それは、そうだけど」


 と、ここまで言ってリバーブは固まった。


「……まさか、レット起きてて盗み聞いてるなんて、ないわよね?」


「あーーー、ちょっと見てくるよ」


「お願い。レットを誉めてたなんてレットに知られたら、あいつの顔見れないわ」


「誉めてたかは微妙だけどね」


「行ってる間に空のお皿片付けておくわ。ケーキ食べるでしょ?」


「あ、手伝います」


 立ち上がって、とりあえず残ってたニシンのパイを飲み込んだ。

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