『ふねてき(?)』

あっぷるぜりー

『ふねてき(?)』



「博士、どういうことなのだ! あれは全然『ばす』じゃないって聞いたのだ!」



 アライさんは椅子に腰掛けて読書をしているコノハ博士とミミちゃん助手に向かって声をあららげていた。



「どういうことも何も、初めから言っていたではないですか。あれは『ばすてき』なものだと」

「そうです。あれは『ばすてき』なものなのであって『ばす』ではないのですよ。ちゃんと聞いてなかったですか?」



 アライさんは博士たちの返答に、「む〜……」と悔しがるだけで反論することが出来ずにいた。



「まあまあ、落ち着きなよアライさーん。わたしはあれ、なかなか楽しかったけどなー。アライさんは違うの?」



 そんな様子のアライさんに、隣にいたフェネックは顔を覗き込みながらいつもと変わらない間の抜けたような声で語りかける。



「そんなことないのだ、フェネックと一緒でアライさんももちろん楽しかったのだ!」



 さっきまで悔しがっていたとは思えないほど嬉々ききとして感想を述べるアライさんにつられて、フェネックも自然と笑みをこぼしてしまう。

 と、二人のやりとりを見た博士は助手と一度顔を見合わせた後、やれやれといった風で話し始めた。



「ほんとうに仕方ないですね……。このパーク内には『ふねてき』……いいえ、あれは一応分類上『ふね』、ですね。『ふね』もあるのです。そうですね、助手」

「ええ博士、かばんに準備するものとは少し違いますが、あれは水に浮くれっきとした『ふね』なのです」

「これでも『ばす』の部品を探してくれたおまえたちには感謝しているのです。そこで特別にその『ふね』を使って遊ばせてやるです」

「ええっ! アライさん、かばんさんと同じ『ふね』って言うのに乗れちゃうのかー!? やったのだ! 博士たち、どうもありがとうなのだー!」

「アライさーん……まあいいか、わたしはアライさんと楽しく過ごせたらそれで満足だしー」



 博士たちの話を聞いて何やらまたしても早合点はやがてんしていそうなアライさんであったが、対するフェネックは何かに勘付きながらもあえて口を出さずにいるようだった。



「いや、だから助手が言ったように少しちが——」

「はかせー、早くその『ふね』のある場所に連れて行ってよー」



 あまつさえフェネックは、誤解していそうなアライさんにもう一度説明をしようとする博士の言葉を白々しくさえぎったのである。

 悪い、悪いぞフェネック!



「ま、まあいいでしょう……。では行くですよ」

「行くですよ、おまえたち。せいぜいはぐれないように付いてこいなのです」



 フェネックの思いがけない行動に博士は思わず動揺してしまう。が、そこは流石さすがパークのおさといったところだろうか、すぐに立て直して平静を装う。

 ちなみにこの時博士はちらりと助手の方に目をやったのだが、見た感じ助手はフェネックの行動になんら違和感を覚えていなかったそうな。もしかするとこの辺りの鋭さが博士と助手の違い、なのかも知れない。




 〜〜〜パーク内のとある池〜〜〜



「着いたのです」

「おまえたち、あれを見るですよ」



 助手が指差す方には白鳥を模した形のボート、つまりスワンボートが数台浮かべてあった。

 ボートは塗装とそうが大半が割れてきていたりと、とても綺麗きれいとは言いがたいものになっていた。看板もかろうじて『のりば』の文字が読めるかといったひどい有様である。


「おおー、すごいのだ! 変なのが浮いてるのだー!」

「よかったねー、アライさーん。あっ、気をつけなよー」


 しかしアライさんは周囲の状態など気にも留めず、興奮しながらスワンボートに駆け寄っていく。もちろん、ボートが並べてある木の足場が腐りかけているのもお構い無しで。



「見ての通りこの辺りはかなり古くなっているです。フェネックの言うように気をつけるのですよ」

「足元には特に気をつけないと、うっかりぼちゃんですよ」



——ぼちゃん。



「うわーん! 足が穴にハマっちゃったのだー!」

「あらーやっちゃったねえ、アライさーん」

「……言わんこっちゃないのです」

「バカなのです」




 ■




「今おまえたちの目の前にあるのは点検済みで、安全が確認されているのです。でも一応、無事に出発できるまでは見ててやるので早く行くです」

「そこに結んであるひもを上にちょいしてから乗り込むのですよ。ないと思いますが、足元に水が入ってきてたり何かおかしな所があればすぐに言うですよ」


 身動きの取れなくなったアライさんは近くにいたフェネックが救出し、二人は博士たちの言うことに従ってボートに乗り込んだ。



「あれ、これもしかしてキコキコわっせのやつかー?」

「そうみたいだねー」



 以前『ばすてき』なものに乗った二人は、その時の経験から足元をみるなり乗り物の進め方をすぐに理解することができた。



「それじゃ、今回も二人で協力して出発なのだー!」

「はーいよっとー。じゃあ、いこうかー」



 息ピッタリの二人は「わっせ、わっせ」と言う掛け声とともに早速スワンボートを進めていく。



「無事出発できてるようですね、博士」

「そうですね。ではそろそろ戻りますか、助手」



 乗り場からほんの少しだけ離れたところでアライさんとフェネックの乗るスワンボートを見守っていた博士たちはそれに背を向けて、頭の羽を動かし図書館に向かってふわふわと羽ばたいていく。



「風も気持ち良いし、なにより新鮮な感じがとっても楽しいのだ!」

「そうだねー。わたしも、アライさんが楽しそうでなによりだよー」



 背後からから聞こえてくるのはボートに乗り、和気あいあいとおしゃべりする声。

 そんな声を聞いていた二人も、お互い前方を向いたままで会話を始める。



「なかなか楽しめているようですね、助手」

「そうですね、博士。まったく、気楽そうで羨ましい限りです」

「——助手」

「どうしたのですか、博士」

「もしも……」



 博士が次の発言を躊躇ためらっていることは普段から近くにいる助手でなくともわかるほど明らかであった。

 良からぬことでもあるのだろうか、思わず助手は博士の言葉に耳を傾ける。



「もしも機会があれば我々もいつかあれに……い、いえ、何でもないのです」



 一瞬、決まり悪そうに視線を斜めに落とす博士。

 そんな博士の横顔を見つめる助手は大きな瞳をぱちくりさせながら一言。



「……博士?」

                 --おしまい--

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