がんばれリカオン

のこのこのこ

ある日のリカオン

「うぅ、一人で戦うのはやっぱり苦手だなあ」


 セルリアンと戦うハンターの一員であるリカオンは単独でゆきやまちほーに来ていた。

 本来、彼女は索敵やチームでの戦闘を得意としており、単独での戦闘は滅多に行わないのだが、今日は一人である。というのも、ジャパリパークの各所で同時的に大型のセルリアンが発生したとの報告を受けバラけざるを得なかったのだ。

 

 慣れない戦況に憂鬱な気分になっていたリカオンだが、無事セルリアンを撃破したようだ。


「はぁ、疲れた……でもゆきやまちほーには『アレ』があるからなー」


 そう言って、歩きながら顔を綻ばせるリカオン。

 アレとは勿論、ギンギツネらが管理している温泉宿の事である。

 他のメンバーと一緒に行動をしているとき、特にヒグマと一緒にいるときは次から次へと仕事を回され温泉に浸かる暇など貰えないのだが、今日は一人である。しめしめ、羽を伸ばすチャンスだとニヤニヤする。


「こんにちはー、依頼通りセルリアンを退治しておきましたよ」


 宿の入口の暖簾から顔を覗かせそう報告するが、いつものようにギンギツネがお礼に来ない。おかしいなぁと思いながら立ち往生していると、代わりにキタキツネがやって来た。


「やーやー」

「あ、どうも。ギンギツネさんは?」

「湯の花が詰まってお湯が流れないから、それを直しに」

「えぇ~、それじゃあ温泉には入れないんですかぁ」


 がっくりと肩を落としたリカオンであったが、キタキツネは何やらそわそわしている。


「ねぇ、だったらお湯が流れるまでボクと『げーむ』で遊ぼうよ」

「げーむ、ですか? でも私やったことがなくて」

「大丈夫、ボクが教えてあげるから」

「え、えぇ~」


 背中を押されるがままに、リカオンはゲーム機の前に座らされた。


「これは『かくげー』って言うの。画面の中のフレンズを戦わせるんだよ。こっちがボクで、そっちがリカオン」

「なるほど……操作はどうやって?」

「説明するのめんどくさい……やってみて覚えて」

「さっきは教えてあげるって言ってたじゃないですか!」


 操作方法も分からないリカオンに、手慣れのキタキツネが当然倒せるはずもなく、あっと言う間に十連敗した。


「リカオン……ハンターなのに弱い」

「げーむと実際の力は関係ないですよぉ」

「でも、キンシコウは強かったよ」

「そ、そうなんですか……」


 その後もリカオンの操作は上達せず、連敗を重ねる一方。流石に痺れを切らしたリカオンは「せめて別のげーむにしましょうよぉ」と提案する。


「じゃあ、次はこれ。『おちげー』っていうんだよ」

「へぇ、どんなげーむなんです?」

「うーん……やってみればわかるよ、操作方法もね」

「何一つ教えてくれないんですね……」


 当然おちげーでも連敗を重ねるリカオン。その連敗記録はかくげーから連続して百連敗にまで上り、精神的にも限界が近づいてきたところでギンギツネが姿を現した。


「もー、キタキツネったらまたげーむばっかりして……付き合わせちゃってごめんなさいね、リカオン」

「だ、だいじょぶ、です、あはは……ところで温泉は直ったんですか?」

「うん、直ったのはいいんだけど、それよりも図書館付近で巨大セルリアンが現れたそうなの。リカオン、行ってくれる?」


 げーむから解放され、やっと温泉に入れる! と思っていたリカオンであったが、一瞬で天国から地獄である。


「う……お、温泉に入ってからでも~」

「緊急を要するらしいわよ?」

「わ、わかりましたよぅ。オーダー了解しましたよぅ」


 「また遊ぼうね~」と手を振るキタキツネに反応する気力もなく、リカオンは温泉宿を後にすることになった。





 ゆきやまちほーからジャパリ図書館までは相当な距離があるが、機動力に優れるリカオンにかかれば数時間ほどで到着である。

 さて、緊急を要するということで、息を切らしながら急いでやって来たのだが、肝心のセルリアンが見当たらない。


「はぁ、はぁ、は、博士ー! セルリアン退治に来ましたよー!」

「やっと来たのです」

「遅いのです」


 図書館の奥から博士とその助手がのろりと現れた。

 その動きは緩慢で、緊急事態といった様相には余り感じられない。


「それで、セルリアンはどこに?」

「案内するからこっちに来るのです」


 言われるがままに図書館の外に出て、博士と助手に付いていくリカオン。しかし、やはりセルリアンは見当たらない。怪訝に感じながら案内された先は料理場である。


「さぁ、作るのです」

「え?」

「作るのです」

「作るって……何を?」

「料理に決まっているのです」

「来るのも遅けりゃ頭の回転も遅いのです」

「えぇ~~~話が違いますよぉ。というか、セルリアン退治以外の目的でハンターを要請しないでください!」


 当然、博士らに抗議するリカオンであるが、それも全く意に介していないようで、「いいから早く作るのです」の一点張りである。


「ところで今日はヒグマはいないのですか?」

「そうです。ですので、料理はできな……」

「駄目です! 我々は料理を待っていたので、朝から何も食べていないのですよ!」

「お前一人で何とかするのです」

「オ、オーダーきついですって!」


 何とかしろと言われても、ヒグマと違って火を使ったことがないリカオン。とはいえ、料理を作らないと帰らせてくれないようである。腹を括るしかない。


「わかりましたよぉ……それで火はどうやって起こすんですか?」

「これを使うのです」

「そのマッチ棒の赤い方を、箱の側面に擦らせるのです」

「シュッとするのです」

「こうですか……うわあぁ!!」


 マッチに火が付いた瞬間、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうリカオン。何度か火を見たことはあるのだが、実際に手にするとまた別の怖さがある。


「手を離してはいけませんよ!」

「こっちの木くずに火を移すのです」

「そ、そう、言われても……ううぅ~……」


 マッチを持ったままその場から動けないリカオン。額からは汗が滴り、手足はガクガク震える。恐怖でどうすることもできない。


「や、ややや、やっぱり、無理~~~!!」


 リカオンはそう叫ぶとマッチを放り投げ、一目散に逃げてしまった。


「あっ、待つのです!」

「料理を作るのですー!」





 リカオンが逃げてきた先はすっかり日が暮れたさばんなちほーである。ここで別行動をとっていたヒグマ、キンシコウと落ち合う予定なのだ。


「はぁ、今日も一日ついてなかったなぁ……ハンター、大変だなぁ……」


 普段から薄幸気味なリカオンであるが、今日は一段と不幸続きで落ち込んでいた。

 しかし、落ち込む暇もなく前方に中型のセルリアンと、それから逃げるフレンズを発見した。


「うわーん! だ、だれかー!!」

「その声はサーバル!? 待ってて、今助けるから!」


 弱点の石は剥き出しであり、一撃でセルリアンは砕けた。それを見たリカオンは胸を撫で下ろす。


「無事でよかったぁ……」

「助かったよ! さすがハンターだね!」

「いやいや、私なんてハンターとしては全くで……」

「そんなことないよ! かっこよかったよリカオン、ありがとう!」


 今日聞いた初めての『ありがとう』にリカオンはハッとして、思わずサーバルに抱き着いた。


「お礼を言うのは、私の方だよサーバルぅ……うぅっ……」

「ど、どうしたの!? 何で泣いてるの?」

「ごめ……なんでもな……私、これからも皆を守るから……」


 感謝されるためにハンターをやっている訳ではないが、今日のリカオンにとっては、その一言が何よりもありがたく感じられたのである。

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