第二部 Noチート編
第24話 サージャント・ハートマン(鬼教官)
その主な生育環境である草原に合わせた緑褐色の体色で、流線形に近い前後に細長い身体と発達した後肢、丈夫な顎を併せ持ったその姿は、地球でいうところのトノサマバッタやイナゴに酷似している。
もっとも、普通種でもクルマエビよりふた回りほど体長が大きい。大型種の
「では、エヴァ、対峙する人間が注意すべきメガリグスの“攻撃方法”はどんなものがあると思う?」
今回の“生徒”の中では、比較的にまじめに講義に耳を傾けている
「は、はい! それは……ジャンプしての体当たり、かしら?」
銀髪紅瞳の少女は、一瞬ビクッとしたものの、すぐに落ち着きを取り戻して、そんな答えを返してきた。
「正解。メガリグスやその上位種たる
「でもな~センセ、体当たりって言うんなら、ウチらかて、もうウサギ相手で慣れっこやでー」
ちょっと関西弁っぽい(いや、この世界に大阪も京都もないんだけど)訛りの混じった言葉遣いで反論してくるのは、エヴァともうひとりとともに徒党を組んでいる少女のジョカだ。
「ふむ。ランプヘアのことか。もう、何体くらい狩った?」
私が問うと、少女ふたりの視線が、残るひとりの徒党メンバー──やや癖のある赤毛を短めに刈り込んだ少年の方に向けられる。
「えーっと……たしか昨日でちょうど20匹目を狩れました」
徒党の
「査定ランクは?」
「昨日狩った3匹のうち1匹がほぼ満額でした──他の2匹は半額でしたけど」
最後に小声で付け加えた言葉もちゃんと聞こえているぞ。
「あ、あれは、ジョカが悪いんですのよ! たかだかランプヘア相手に全力で
「そやけど、エヴァかて力加減まちごーて、1匹目を真っ二つにしとったやん」
あー、ちょいと慣れたきた新人にありがちな「力を持て余す」傾向だな。
ふむ……なら、ちょうどいいか。
「本来は座学の時間だが、私はあまり人に
そんな風に水を向けてやると、おもしろいくらい簡単に3人は飛びついてきた。
「行きまーす!」
「右に同じ、ですわ」「お、俺も……」
「では、狩猟時の装備を身に着けて、15分後に南門に集合!」
指示を出すと、はじかれたように3人組は教室──狩猟士協会の1階奥を臨時で借りているものだ──から飛び出していく。
(やれやれ、年齢的に
「まったく若いモンは」と我ながら年寄りじみた感想を脳内で呟きつつも、このあとの手順を考えると、ちょっと──ほんのちょっとだけ意地悪な笑みが頬に浮かびかけるのを懸命に堪える。
嗚呼、初心者に毛が生えた程度の若者の、天狗になりかけている鼻っ柱を叩き折ることの
(うーむ、我ながら性格悪い。“俺”って別段、
いやいや。これは……そう、親心! 前途有望な若人が、増長して致命的なミスを犯す前に、あえて失敗させて教訓を叩き込んでおかないとな!!」
「マスター、悪い顔、してるデス」
ハッ!
声の聞こえて来た方──右下の辺りに顔を向けると、長年(と言ってもHMFLでの話だが)苦楽を共にした
「──見てたのか、ケロ」
「はいデス。ちなみにあとの呟きも聞いてマシた」
OH……。
普段は(それこそ飼い主に対する愛犬のように)親愛の情に溢れているケロの、ちょっぴり冷たい視線というのは、結構心にクる。
「……
自分でも似合わない(なにせ身長190近いマッチョ女だ)とわかってて、あえて可愛い子ぶる勇気!
「はいはい。わかりマシた」
相手もよくわかってるので、あっさり受け流してくれるので助かる。
(これがカラバだと「はぁ? 御主人様、暑さで脳が茹だりましたの?」とか蔑んだ目で見てくるだろうし、チーチーだととめどなく悪ノリするだろうしな)
今はもう会えない古馴染の
「では、そろそろ我々も行こうか、ケロ。
「もちろんデス」
“こういう時”のための品物ひと揃えを載せた運搬台車をケロに牽かせて、町の南門まで足を運ぶ。
さーて、そろそろリーヴ
* * *
門の前には、フル装備(と言っても、未だ
「せんせぇ、はよ行きましょ!」
「先程の授業内容からして、今日はメガリグスを狩るのですわよね?」
姦しい女子ふたりに比べると、レオナルドの表情はやや硬めです。どうやら、初見の獲物を狩るということで少なからず緊張しているようです。
しかし、それに対するリーヴの感想は……。
(ふむ……悪くない。むしろ、未知の危険に対する警戒心というのは、狩猟士としては不可欠なものだ)
あるいは、素質のない自分が女の子ふたりの足を引っ張らないか、と危惧しているのかもしれません。
(それにしても、男1&女2で、その内ひとりが素質持たず、か……)
リーヴの初めての“
(もっとも、辺境の村出身で力仕事に慣れた男のぶん、同い年でもロォズよりレオナルドの方がだいぶマシではあるがな)
ゲーム風に言うなら、HPとVITの値が当時のロォズより多少は高いので、大型獣の攻撃も(当たり所が良ければ)1、2撃なら耐えられるでしょう──え? 巨獣? ははっ、誤差の範囲ですね。
ちなみに、彼女たちと別れてから3ヵ月あまりが経過した現在、あのトリオはロォズも含めて下級狩猟士としてバリバリ……と言わないまでも堅実に
──と言うか、別段ケンカ別れしたわけでもないので、休日なんかにはたまに会って食事したり、初めての
そして素質無しである(そして最底辺に近かった)はずのロォズを短期間の指導でそこまで育てたことが話題になり、リーヴの訓練教官としての株が上がっているのだと言っても過言ではないでしょう。
(私はたいしたことはしてないんだがなぁ)
リーヴのこの嘆息は決して大げさではなく、その授業の大半は、HMFLのプレイヤーであれば大半がゲーム開始時に体験する一連のチュートリアルクエストを、
が。
というのも、よほど大きな町や街でもない限り、協会付属訓練所の実技教官というのは、せいぜい20ランク前後の下級狩猟士が大半で、その教え方も我流がいいところ、かつ使える武器種も偏っているのが普通です。
リーヴのような上級(本当は
加えて、ランク7~8前後までに相手取る獲物を実地で狩る方法を見せてくれる“実技指導”付き、とあればその効果のほどは推して知るべし。
もっとも……。
「さて、この草原にも数は少ないがメガリグスが多少は存在する。今から私が追い立ててくるから、まず君達3人はここで待ち構えて迎撃してみたまえ」
──その実技における指導方針は、(相変わらず)いささかスパルタでもありますが。
「えっ? 俺達だけで、ですか?」
レオナルドが少々戸惑っていますが、他のふたり──ジョカとエヴァは大乗り気です。
「任せといて! ちょい大きめの跳蝗くらい、ウチらならちょちょいのパッパや」
「そうですわね。わたくしたちも昨日ランク5まで上がったのですから、ランプヘア並みの大きさの大型種くらい油断しなければ対処できますわ!」
傍観者の視点からは、「盛大なフラグ立て乙」としか言いようがありませんね。
「うむうむ、期待しているぞ。では、行ってくる」
草むらの中に消えていくリーヴがどのような表情をしていたかは──わざわざ解説するまでもないでしょう。
* * *
「主な攻撃方法は、離れた位置からの
しかし、ひとことで“跳躍からの体当たり”と言っても、その実態は大きく異なる。
「あぐっ! な、何やこれ、こんなに遠くから……」
柄を両手で持てるよう長めに拵えた
メガリクスの跳躍可能距離はランプヘアのおよそ1.5倍。それだけ跳べる分、スピードも大幅に上だからな。悠長に構えてたら、そりゃ避けられんさ。
「こ、こンのォ、虫けら如きが……わたくしのカタナの錆になりな……さいッ!!」
おぉ~、威勢のいいことを言っているが、エヴァの振り回す刀はメガリグスのキチン質の堅い表皮に阻まれて、ロクなダメージを与えてないな。
「こ、こんなにぴょんぴょん跳び廻られたら、狙いがつけられないよ~」
見かねてケロが助言しようとするが、私は首を横に振って止めさせる。
幼馴染同士らしいこの徒党は、田舎から
数分後、きりきり舞いした挙句、疲労困憊で息を荒げる3人の姿があった。
ここで「計画通り」と新世界の神ばりの邪悪な笑みを浮かべる……のは、何とか我慢し、教官モードの真面目くさった顔を作って、3人に歩み寄った。
得意武器のひとつ、
そのうえで、3人に問い掛けた。
「たかがバッタ、されどバッタ。それほど好戦的な相手ではないとは言え、なわばりに足を踏み入れたら、こんな風に攻撃してくることもある。
そして、その攻撃能力は決して軽視できるものじゃないことは分かっただろう?」
「「……」」「……はい」
小声でも返事したのはレオナルドだけか。さすがに非タレントだけに危険性を十分把握しているな。
他の二人は、「こんなはずじゃあ」「これは何かの間違いよ」とイマイチ現実を認められていないようだ。
それじゃあ、
「ちなみに、あまり群れないランプヘアと違って、メガリグスは数匹単位で同じ草むらに潜んでいることもある。主な生息域はここよりもう少し南の地方だが、この辺りでもちょっと探せばこんな風に簡単に見つかる程度のポピュラーな生物だ。気を付けないと、別の獲物を追ってる時に、横からドンッ! ……なんてことも普通にありうるわけだ」
お、女子ふたりがいきなり草むらに怯えた視線を向け始めたな。薬の効き過ぎ──でもないか。むしろそれくらい警戒心を持つ方が好ましい。
「安心しろ。メガリグスを中心とする昆虫系の有害生物への対処方法は、
それを聞いた3人の顔がパァッと明るくなったんだが……。
「ただし、それは明日の話だ。今日のところは、この私の足の下でもがいてるコイツを3人でキッチリ仕留められるよう頑張れ──ほら、放すぞ!」
足をどけると同時に鞭の拘束も解く。
私から本能的に逃げようとしたメガリグスは、びょーーーんとこれまででも一番勢いのついた跳躍を見せるが、その進行方向には、ジョカとエヴァの姿がある。
「「ぎにゃーーーーッ!」」
嫁入り前の娘があげちゃいけない類いの悲鳴がユニゾンして草原に響きわたるのだった。
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