第57話 妖精談義


パシャンパシャンと湖の波が砂浜を叩く。


「出禁って…ダンジョンに入ってはいけないと?」

「そうですよ、【世界樹】に住む【妖精族】はノーブル様を危険視してるんです」


老人シュカの質問にアディが呆れた顔で答える。


「危険視…」

「私はノーブル様が【世界樹の根】に近づかない様に【監視】しているんです」


「はぁ、ノーブル殿が規格外なのは分かったわい…」


「さぁさぁ、僕の恥ずかしい話は置いといて次行きましょう。とりあえずこの【魔獣】の死体はしばらく放置しても大丈夫でしょう」

ノーブルは手をパンパンと叩き話を打ち切る。


「ふむ…では行こうか、こっちじゃ」

先へ歩いて行くシュカ。


「アディちゃん行くよ」

「…!、あっ、はい!」

足元を見てボーッとしていたアディに声をかけるノーブル。アディは慌てて返事をする。


「ノーブル様…」

「ん?何?」


「私と…ママの事なら気にせず【世界樹の根】を攻略しても良いですよ」

「…別にいいさ、アディちゃんこそ大丈夫?お母さんと会えなくて、それに【妖精族】って【世界樹】の魔力が吸わないと生きていけないなら、アディちゃんも辛いでしょ?」


「…ママなら体調が安定したら、戻ってくるそうですし大丈夫ですよ。【世界樹】の魔力は森で生活する【妖精族】が人として不足する栄養や抗体を魔力で補ってるだけなので大丈夫です」


「なら食生活を気をつければ、【妖精族】も【世界樹】から離れてもずっと暮らせるのかな?」


「それは…難しいかもですね、私は生まれが【世界樹】の外で、パパやノーブル様と一緒にいる時間の方が長いので食べ慣れてますが急には変えられないです」


「ふむ…」


ノーブルにはイマイチ理解できない感覚であった。

元々が辺境生まれだからか、異なった食文化に対して比較的寛容なのか、あるいは好奇心が旺盛なのか。宗教的、文化的タブーが希薄なためか。


他からもたらされた食材に好奇心こそ覚えても、頭ごなしに拒否したりせず、見慣れない食材でも食べれるなら食べるのである。


現代日本で言えば、川魚を食べるのは普通だと認識してる人が多いが、国が違えばドン引きされる認識だったりする。染み付いた生活習慣は美味い不味いだけで乗り越えられる問題では無い。


「【妖精族】って繊細だよなぁ【長寿】ってのも間違いなんだっけ?」


「そうらしいです、私も村の子達と同じように成長してますし」


「何だっけ…親と同じ名前にする事が多いのと、あとは閉鎖的なせいか遺伝で顔が似てる人が多いんだったけかな?」


「私はパパ似なので母とはあまり似てませんがね」

くせっ毛を指でクルクルと巻き、眠そうなタレ目でノーブルを見る。


【妖精族(エルフ)】

多くの物語で【世界樹】とセットので記されるが、所詮は物語。この大陸にいる【妖精族】は【精霊の魔力を吸う】事ができ【味覚】で感知する人種。

【宿り木】、殆どが【世界樹】から魔力を吸う事で不足した栄養を補い森という閉鎖的な世界で人して生き残れた種族である。

【長寿】も間違い。薬草の知識などは凄まじいが、殆どが100歳届かずに生き絶える。名前の継承と閉鎖的な環境での遺伝。数少ない【妖精族】との交流から起きた勘違いである。


「…【竜人族】もそうだけど、これから交流して行くにしても何処まで干渉していいか謎だよなぁ」


「【妖精族】も戸惑ってると思いますよ?ママみたいに【世界樹】の外の種族と結婚する人や、私みたいなハーフエルフとの関係について、後は実力だけで【世界樹】に辿り着けそうなノーブル様に」


「それでもアディちゃんくらいは【世界樹】へ自由に出入り出来ても良いよなぁ」


「大丈夫ですって!ママがいなくても平気ですよ!」

笑いながら胸をドーンと叩くとアディ。


「…そっか、まぁ無理しないようにな、何かあったら【世界樹の根】くらい吹き飛ばして【世界樹】連れて行ってやるから」


「いや、住んでる村の観光資源を吹き飛ばさないで下さいよ、ふふ…でも嬉しいです」

アディはノーブルの隣に寄り添うと手を絡ませる。


「ん?」

「えへへ〜、一応デートって聞きましたから」

彼女は幸せそうな顔でノーブルに笑いかける。


「そうだったね…」

「おーい!ここら辺の草地は泥濘んでるから気ぃつけ…って、仲が良いのぉお前さんら」

ノーブルが笑いかけると先導していた老人シュカから声がかけられる。


「でしょう?将来はセベク村のおしどり夫婦と呼ばれますから!」

「はっはっは!それは楽しみだなぁ!」

「おいコラ」

シュカが笑うとノーブルがアディにツッコミを入れる。


「ふむ、こうやって外堀を埋めていくのもアリですね」

「一応、婚約者がいる身なんですけどね」


「あっ、そういえばノーブル様って女の子付き合いの話になると【婚約者】の話題で逃げるって村の子達で話題になってますよ」

「マジで!?止めてよ…女の子は怖いなぁ、というか僕なんか話題にして楽しい?」

世界・時代問わず、女性の情報網は凄まじい。男性が遊んでる間に彼女らは人間関係の妄想、精査に励んでいるのだ。


「え?楽しいですよ?工場の子が誰と付き合ってるかと、カプノスさんが最近、女性と文通してていい感じだとか、男の子たちがノーブル様に恋愛相談してるとか」


「ん〜、カプノスさんの話は後で聞くとして、なんで恋愛相談の件バレてんの」

ノーブルが冷や汗をかきながら質問する。


「この前、村の男の子にプレゼント貰ったんですがノーブル様に教えた女の子が喜ぶプレゼント候補と一致してたので」

「ああ、アイツってアディちゃん狙いだったのか…流石に捻れよ」

歩きながら呆れた表情を見せる。


「捻る?貰ったのはハチミツですよ?捻るも何も」


「ハチミツって言っても色々あるだろ?セベク村だと【マロニエ】の木から採取するだろ?」

「貰ったのもその瓶詰めでしたね」


【マロニエ】

色い花を咲かせる木。大木1本で一年に30キロ近い花蜜を採取出来る。


「【アカシア】や【レンゲ】も良いけどな、やっぱり【リンゴ】かな」


「リンゴの花蜜は採れる数少なくて珍しいので確かに嬉しいですね」


「後は【リンゴ】って木と花と実で持ってる意味が違うから」


実は【誘惑】

花は【選択】

木は【栄誉】


「ああ、そういうの好きですよ花は…」


「【選ばれた恋】、お金や名声よりも女性、貴方を愛すってやつ」


「あっ…あのもう一回、私に言ってもらって良いですか?」

「やだよ、アディを好きな奴がそのうち言ってくれるから」


「いやいやいや、他の男の子に言われたってノーブル様のアドバイスって知ってるんだから感動も何もしないですよ、…それにしてもノーブル様詳しいですね」


「まぁ、【ルバーブ】の花言葉を知ってから何となく調べたりするようになったな」


「【ルバーブ】?赤くて酸っぱいセロリみたいな、嫌な思い出でも?葉には毒があるので花言葉は【忠告】ですが」


「まぁ、色々とね」

「それはー…」


「おーい、お前さんら!こっちじゃ、はよ来い!」

シュカが泥の付いた太い麻縄を持って2人を呼ぶ。


「なんか嬉しそうだな…今度は生きてるといいなー」

「…はい、そうですね」


「すまんがまた引っ張ってくれんかの?」

「ええ」

「はーい」


3人で再び麻縄を引っ張る。すると時折、引っ張り返す様な振動が感じる。


「ああ、コレはいますね…あんまり抵抗もないし子供かな?」

「ふむ、子供なら帰そうなの…おっ?」

『プァ…?』

水面から見えてきた影は砂浜にまで引っ張られ


「で、でかい…の…」

「5メートルくらいですかね、プルー湖でよく見かけるワニの2倍はあります」


「ワニ…え?顔はワニ何ですけど、でかいし、なんか白くて綺麗なんですけど」

ワニのゴツゴツした鱗では無く白くツヤのある体。


「新種?なんか白いヤモリみたいな」

「いや、アルビノ種かもしれん、動物ではたまにあるぞ?顔はワニじゃし、とりあえず捕らえるか」

シュカは結び目の緩い縄を取り出すと、ワニの口から伸びる縄に通す。


「へー成る程、ワニが食った縄を伝って輪っか付きの縄をワニの口に運ぶんですね」

ノーブルが興味深そうにシュカの手際を観察する。


「そう、それを口まで運んだら、こっちの縄を引っ張って口を塞ぐんじゃ」

縄を振るうと輪っかはスルスルとワニの口元にまで伝っていく。


『プァ…プァ?』

口に縄の輪っかを通されても特に抵抗しない白いワニ。


「あのー…引っ張っていいんですか?なんか抵抗しないんですけど…」

「油断は禁物じゃ、縛ったら体を捻って暴れることもあるぞい!」

「えー、はぁ、じゃあ引っ張りまーす」

アディは結び目から伸びる縄を引っ張ると輪っかが締まり、ワニの口も閉まる。


『プァ?…プスン、スンスン』

口を閉ざされ、鼻呼吸するワニ。それでも特に抵抗がない。


「お、大人しい奴じゃなぁ、鱗を綺麗で口以外を引っ掛けるための釣竿も仕止めるための弓も使いづらい…」


「とりあえず全身見たいので引っ張りましょうか、陸に上げてしまえば、勝ち目は無いでしょうし」

「そっ…そうじゃな、でっでは…よっ…よっこいせっ!」


「せーっの!」


「うんとこしょ!」


「どっこいしょー!」

まだまだワニは頭だけ。


「せいや!」


「っつ…うっ…腕を攣りました」


「そーい!」


「こっ…腰が…」


「ふん!」


「ノーブル様頑張れー」

「ノーブル殿!後は任せましたぞ!」

「おぃいいいいいいいい!?」

ズリズリズリーと顔を真っ赤にして1人でワニを引き上げたノーブル。


『スンスン』

鼻息を鳴らしながら辺りを見回すワニ。


全身が陸に打ち上がった白い鱗の巨体。

顔をワニだが、4足が水掻きのようなヘラ状のなっており爪が生えているため、一応は足に見える。尻尾はワニというより魚に近い尾ひれが付いている。


「ノーブル様、私はワニじゃないと思います」

「見た目は魔獣だよなぁ…とは言っても人を襲った話が無いなら【幻獣】扱いかもな」

観察しながら答えるノーブル。


「おおっ、【幻獣】!…ってあれ?シュカ爺さん震えてますけどどうしました?」


「おっ…おっ…こ…この姿は…ワニの頭に魚の身体…【グランガチ】様じゃぁあ…」

膝をつき肩を震わせながら顔を青くする。


「グランガチ?」

ノーブルは眉を寄せる。


「人に仇なす【魔獣】では無く、人の守る【神獣】様じゃ…」

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