第58話 笑う大鰐


カリカリカリと金属を擦る音。


『プァー…』

そして湖の湖畔で奇妙な鳴き声が響く。


「本当に人を襲わないんですねぇ…」

仰向けになった【神獣グランガチ】の腹を撫でるアディ。


「【神獣】か…見るのは2度目か」

グランガチの口元から突き出した釣り針をカリカリとナイフの刃で削る青年ノーブル。


「ノーブル殿は他にも?」

老人シュカが申し訳なさそうな表情のままノーブルに質問する。


「竜峰の竜人が守ってる森に変な鹿がいるんですが、それが【神獣】だったと聞いています」


「成る程…竜人族が大切にする神獣ですか、グランガチ様は儂の部族に伝わる神獣様じゃ、【魚の王】と呼ばれ、漁をする者を助けると言われております」


「助ける?……ん、よし、【返し】が削れた」

シュカとの会話の最中も手を止めていなかったノーブル。大きな釣り針の先端に付いてた出っ張りを削りきる。


「ああ…神獣様を傷付けるなど…儂としたことが…申し訳ありません…神獣様!」


『プァ?』


「気にして無さそうですけどね…アディちゃん離れてて針取りたいから、もしかしたらソコは危ないかも」

「あっ、はい」

素直に離れるアディ。ここでどうやって取るか確認すれば良かったと彼女は後で後悔する。


「ホラ、口開けてー」

ノーブルはナイフをしまうとグランガチの口に両手でこじ開ける。そして分厚い肉と恐ろしい歯が並ぶ構内に腕を突っ込む。


「ちょっ!?ノッ…ノーブル様!?危ないですって!?」

「ぬおぉっ、ノーブル殿!流石に無用心じゃい!?」


『プァー…』

口内に異物が入ってきたのに気付いたのか、仰向けのまま口をダラーンと開くグランガチ。


「へー、ワニの舌って下顎と固定されてるのか…針はコレか…抜くぞー」


『プァ?』

「せい!」

返しが無くなった釣り針を一気に引き抜く。ズブリと抜けた釣り針はノーブルの手に収まる。


『プァッ!!??』

「あっ…ヅッ!」

バクンッ

と音を立てて閉じた。ノーブルの肩の先に牙が食い込む。


「えっ!?」

「あぁッ!?」

目を見開く2人は突然の光景に頭が真っ白になる。


ミシッとノーブルの腕から鳴る音。


「あー…こ…の野郎…」

ノーブルは顔を歪めて、グランガチを睨む。


『ッ!!』

口を閉じたグランガチは仰向けから反転、ワニの特有のデスロールを行い体勢を戻す。


「!?ッお!!ぬぁあ!?へぶっふぉ!?いでぇ!?」

腕を咥えられたノーブルの身体はドスンッと背中から砂浜に叩きつけられる。


「ノーブル様!?」

「ノーブル殿ぉ!?」

慌てて駆け寄る2人。


「あだだ…!?ッ来なくていい!大丈夫だから!」


「はぁ!?ノーブル様!?何言ってるんですか!?見た目が完全にワニに噛み付かれて襲われてる人になってますけど!?」

「弓を!弓を!…ああッ!神獣様に弓を!?」


『スンスン…ブフォ!?』

「おい!離してくれない?多分だけど腕折れたっぽいから」

バシンと咥えられてない手でグランガチの頭を叩くノーブル。


『…フンッ』

「まぁ…動物だからなぁ〜…痛て…」

動物は行動で意思を示すから動物であって、会話が出来たら、それはもう【人】である。

ズリズリと砂浜から湖に引き込まれていくノーブル。


「ノーブル様!?やっぱり助けます!」

走り出すアディ。


「ストップ!やめて、アディちゃん。変に暴れて回転されると下敷きになるから…僕がね!」

咥えられてない手で顎に手をやりニヤリと微笑むノーブル。


「いや!キメ顔しないで下さいよ!凄いカッコ悪いですよ!?あっ…あっ、このままだと水中に引きずり込まれますよ!?」


「いや、水中の方が【動きやすい】から、今、暴れられる方が厄介…あー服が濡れて張り付く…」

すでにビチャビチャと水中に体を浸かり始めているノーブル。


「えっ!?えー!?そっ…そんな…!?あーもー!?信じていいですか!?」


「大丈夫だよぉ…うぉ冷たッ!?そいじゃ行ってぎっ…ブクッ…ブォ…ブクブクブクブク…」

ガッツポーズを決めて抵抗せずに水中に引きづり込まれて、やがて全身が姿を消した。


「あっあっ…の…ノー…ノーブル様ぁ…」

「ののの…ノーブル殿!?大丈夫なんか!?本当に!」

呆然とするアディを背中から揺するシュカ。


「うっー…だいっ…だいじょ」


ドゥン!

「キャッ!」

「わっ!」

地中から音と響く地揺れ。


『プァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

ドパァアアアアアアアアンっと更に球体の水飛沫が上がる。


吹き飛ぶ【神獣グランガチ】の上に跨るノーブル。


「水の中は爆弾祭りだコラァ!頑張って泳げやクソワニがぁ!」

『プァアアアアアア!?』


ドボンッと落ちると再び、白い水飛沫と共に吹き飛ぶ【神獣】と【青年】。

「アッハッハッ!」『プァアアアア!?』


巻き込まれた魚がプカプカとショック死している。


「…うん…大丈夫そうですね、魚が…あっ、ほら普通のワニも浮いてますよ」

瞳に光をなくした少女アディは力無く、水面の惨状を見る。


「嬢ちゃん…はぁ、命は大事にせんとな、釣竿使えば湖に入らずとも捕まえられる。手伝ってくれい…」

「はぁ…分かりました」


釣竿を使って仕留めた獲物を陸に寄せる手法は現代日本のカモ猟にもある。

湖に入ればいいと思うがカモは冬鳥。シーズンは冬が1番美味しい。寒い湖に入るより釣竿使って寄せた方が理に適っているためだ。

ただ【鴨キャッチャー】で広まってるのが納得いかない筆者がいたりもする。


「死んだ魚やワニを引っ掛けて釣るって漁師さん的にはアリ何ですか?」

ノーブルが置いてった釣竿の糸を解いていく。ノーブルと付き合いが長いためか、魚が苦手と言いつつ何だかんだで手慣れている。

ミミズどころかジャムシもゴカイも平気です系の少女である。


「まぁ、一応ノーブル殿が戦って手に入れたもの出しのぉ」

「戦うって言うか漁師の【守り神】様が苛められて生まれた副産物ですけど、こう…バチとか当たんないですかね?」


「…」

「…」


ドパァアアアン!

湖に鳴り響く轟音。


「やっぱりノーブル殿は海神様の化身じゃと思うわい…」

「………………………そう…なのかもですねぇ」


アディがノーブルから吸っている「塩っ辛い魔力」の正体は【海神】のものなんだと察した瞬間であった。


【戦闘結果】

バニップ一体討伐。

グランガチ一体調教。


ーGETー

バニップの頭

バニップの大クチバシ

バニップの羽根

バニップの鱗

バニップの肉(一部は水銀の毒に侵されていたため切除)

バニップの骨


グランガチの牙(釣り針と一緒に抜けた・ノーブル談)


シーバス 60㎝オーバー3匹

カワハギ 20㎝オーバー4匹

ヒラメ 50㎝オーバー3匹

クロダイ 60㎝オーバー1匹

メジナ 40㎝オーバー3匹

アジ 20㎝オーバー5匹

イワ 20㎝オーバー3匹

ザッパ 40㎝オーバー1匹

キス 20㎝オーバー5匹

カレイ 50㎝オーバー1匹

ハゼ 20㎝オーバー8匹

サヨリ 30㎝オーバー2匹

メバル 40㎝オーバー1匹

ギマ 40㎝オーバー2匹

ヘダイ 50㎝オーバー2匹

カマス 40㎝オーバー3匹

アナゴ 50㎝オーバー1匹

ウナギ 40㎝オーバー2匹


プルーワニ2mオーバー

プルーワニ3mオーバー


ーLOSTー


持ちきれなかった魚や、身の少ない小さな魚、タコやイカはアディが泣きながら嫌がったためグランガチに食べさせた。


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