=魔王襲来騒動=

第33話 少年の噂


【冥王討伐】という報せから幕を開けた今年度のガルダ王国。春は終わり【貴族の大移動】もひと段落した頃。



王都アガディールでは魔王を倒した勇者である【剣王エンヴァーン=ヒノ=ガルダ】の論功行賞の内容や、今後の活動について盛り上がっていた。



そんな中でガルダ王国南部に住む人々は1人の少年の話題に盛り上がっていた。



【プルー湖東部・獣人族の村ワハシュにある雑貨屋の娘12歳】


「何というか歴戦の戦士?私より小さいのに物腰が柔らかくて今まで男に興味とか無かったんですけどビビビッて感じ?」


両手を頬に添えてモジモジする少女。


「私もあーいう彼氏欲しいなぁ…そういえば彼氏って言ってたら首を傾げてたよねあの子…まさか狙い目?…あーまた来ないかなぁ〜」




【プルー湖北部・湖の町モアナの漁師62歳】


「湖の近くにデカい蛇が何匹か現れての?ハーディス様は忙しいしギルドに依頼しようと町内会で決まったんだがな?次の日、町に私兵団さん方が来なすった。」


お茶を飲みながら思い出すように語る老人。


「そんで、ギルドに頼んで金払うのも嫌なんでワシが私兵団さん方にダメ元で頼んだらよ?包帯だらけの男の子が降りてきてよ、リハビリするとか言って湖の方に歩いていっちまいやがった。」


ズズッとお茶で口を湿らせる。


「私兵団さん方が慌てて追って行ったから、ワシも後を追ってみたんだ?そしたらよ?蛇たちがみーんなプカーンと浮いて死んでやがんだ!」


興奮し湯呑みをカッと音を立てて置いた。


「その男の子が言ったんだよ!今日の晩飯は豪華だなってさ!私兵団さん方みんな顔が引きつってたね!ありゃ少年の顔した鰐だ!たまにいるんだよ大蛇食べて腹破裂させる鰐がよ!…てか蛇に恨みでもあんのかねぇ?」



【猟師の村ロトの少女4歳】


「春になるとね良い香りがする【ミント】って葉っぱが沢山生えるの!私いつもみたいに森の入り口の【アンゼンチタイ】って所でミントを取りに行ったらね大きなクマさんがいたの!」


両手を広げて大きさをアピールする少女。


「私がビックリしてたらね急にクマさんがゴロゴロ転がり出して泡を吹きながら森に帰っちゃった!いつの間にか隣にいたお兄さんが野イチゴくれたの!美味しかった!」



【冥神の町ジェラスで診療所を営む医師55歳】


「夕食の時間くらいでしたかね?急患が来たと言われて、慌てて入り口に行ったらハーディス様の私兵団の元団長さんがグッタリとした状態で兵士さんたちに運ばれてきました。」


医師は白い髭を撫でながら口にする。


「何でもハーディス家の次男様に蹴り飛ばされたとか…両腕が赤く腫れ上がり力も入らないのかブラ下げておりました。老いたとは言えあの逞しい筋肉を貫通する蹴りを放つ子供なんて信じられませんよ…」



【歓迎の村メールに訪れた男性冒険者27歳】


「いやぁ今年やっとCランク判定をギルドから貰ってよ!プルー湖に挑もうとここまで来たんだ!とりあえず軽く採取クエストを受注したら【魔獣・パイア】に襲われちまった!」


明るい声だが顔が笑っていない。


「必死に逃げたさ…見た目は黒い大猪なんだがな三日月型の大きな牙で人を食い殺すCランクの魔獣さ!討伐はパーティを組んでやるものだ!1人じゃ無理!可笑しいだろ?南部辺境の入り口で死ぬのかと思ったよ!そしたらな!?」


顔を青くする冒険者の男。


「急に背後の足音が消えたんだ!振り返ると魔獣はいない…とりあえず採取依頼の【クローブ】っていう香辛料や痛み止めになる実を探すことにしたよ、情報も貰って採取ポイントは把握していたからな、すぐに見つけたよ…そこでな」


今度は青い顔がみるみる真っ赤になる。


「さっきの魔獣が大きな焚き火で丸焼きにする2人の子供がいたんだぜッ!クローブの実が付いた枝ごと焼いて肉の臭みを消してたんだ…貰って食べたからな…美味かったよ…!ただ自信は無くした…Bランクに上がるまではプルー湖の挑戦はお預けさ」



【メリーディエース子爵領・南部貿易商の町エポックの子爵令嬢14歳】


「私は…何故!今!この年齢なんでしょう!愛しのジャンテ様とは年の微妙な違いで学校でも接点が少なくお付き合いが出来ませんでした!」


ハンカチを口で引っ張るお嬢様らしいお嬢様だ。


「ああ…それにしても先日お会いした弟様もジャンテ様に似て強気で私をエスコートしてくれそうな勇ましい顔立ち、そして年の差…とはいえ拘っていても仕方ありませんね…私も婚約を決めぬば長女として示しが付きませんから」


ヨレヨレになったハンカチを丁寧に畳む。


「あっ…お姉様…此方にいらしたのですね」


縦ロールの姉と違い、ストレートの金髪を持つ妹が顔を出す。


「ん?どうしたのかしら王都に出発する準…貴方、そんなショール持ってましたっけ?」


妹の肩に巻かれた白いショールが気になった姉。


「これですか?えへへ…先日ノーブル様がご挨拶に来られた際にお近付きの印として頂いたんです…」


「…」


「この街で色々見てきましたがこの素材なんでしょうか…?凄い手触りですよ…年も近いですし学校でお会いできれば…是非お聞きしたいと…お姉様…あの…お顔が…その怖ッ…」



「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」


「キャァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!?」



【ピエトゥース子爵領・香りの町ルピシアにある隠れ家的な喫茶店のマスター57歳】


「久しぶりにシベックさんが顔を出しましてな、いやぁ…あの若ぞ…ウォッホン…失礼、奥さんと子供を連れて顔を見せに来てくれた時は驚きました。私も年をとるわけですなぁ、あっそうそう連れと言えば」


紅茶の入ったポットを傾けカップに美しい紅色の液体を注ぐ。


「シベック一家と一緒に来た子供2人がいましてな珍しい【高地産茶】らしき茶葉を持ってきましてね。加工を頼まれたんですよ、まぁシベックの紹介という事は【訳あり】何でしょう…本当に足を洗ったか心配ですよ全く…えっ?茶葉はどうなったか?…それは秘密ですよ。私の分が無くなってしまいますからな…フッフッフッ」



【ゾイデン伯爵領・酒盛りの町キームンの騎士29歳】


「はぁ…ハーディス家には頭が上がりませんね、えっ…何って酒盛りの町と言われるだけあって酔った男の喧嘩が名物なんですよこの町は…困ったもんですよ腕っぷしが強い奴が威張れるなんて迷信があるくらいです。まぁ、最近は大人しくて助かってますよ」


小さい樽型のジョッキで喉を一旦潤す。


「何でも酒に酔ったハーディス家のご子息とその召使いの女の子が暴れ回ったそうで…ガラの悪い連中は病院送り、威張ってた連中は面目丸潰れで店の隅でチビチビ飲んでますよ」


そう言っていい気味だと笑う。


「暴れた子供はヨーグルトのリキュールをミルク系のソフトドリンクと勘違いして飲んだらしいです、酒精低いし飲みやすいですからねアレ。味が気に入ったらしく翌日2人が買おうとしたところ私兵に止められていましたね」



【ゾイデン伯爵領・中央貿易の町ユークにある商会の会長48歳】


「いやぁ…久しぶり盛り上がってしまいましたな。ハーディス家に音楽の才能がお有りとは、獣の革の【膜鳴楽器】という打楽器でしたかな?胸に直接響く力強い音が何とも心地良かった…」


「人によっては品が無いとほざくかも知れませんが私は好きですね。若い時、冒険者として国を回った思い出が蘇りましたよ。ノーブル様のお付きの召使いの踊りも美しかったですな…妾に欲しいと煩い馬鹿息子はどうしてくれようか…」



【王都アガディール・王都内にある一家の別邸】


王都アガディールの赤い屋根で統一された町並みに負けない派手さを見せる二階建ての豪華な屋敷。


一等地に建てられた屋敷は庭は広く塀も高く、お隣さんからプライバシーを守るには十分過ぎるものであった。


何故か庭の中心に大きなクレーターが出来ており、兵士達が必死に埋めている。


そんな屋敷の大広間に大きな暖炉に大きな木製の長テーブルは20人分の椅子が置ける余裕がある。



そこで【ハーディス一家】が食卓を囲んでいた。



【王族泣かせ】グリス=ロッソ=ハーディス

暖炉の前、テーブルの上座に座り薄く微笑んでいる。



【騎士殺し】ノルベ=ロッソ=ハーディス

上座から1番近い椅子にジャンテと向かい合い座っている。

ニコニコと食卓を囲む一同を見てる。


【貴族狩り】ジャンテ=ロッソ=ハーディス

ノルベ向かいに座り隣の【少年】をチラチラ見ている。



【冥神を祀る聖女】グリジオカルニコ=ロッソ=ハーディス

ノルベの隣の席に座りジャンテの隣に座る【少年】をチラッと見てはすぐに目を反らす。



【聖女の守り人】フィレット=ロッソ=ハーディス

ニコの隣に座り、ニコが意識している【少年】をジーッと見ている。


【本物の双翼の孫娘】ロザート=ロッソ=ハーディス

フィレットの隣で夫であるジャンテの挙動不審っぷりをニヤニヤしながら見ていた。



【特に無し】ノーブル=ロッソ=ハーディス

ジャンテの隣に座り黙々と運ばれてくる料理を食べている。



「この鶏肉変わった食感で美味いですね」



皿に盛り付けられているのは白くツヤツヤした肉に甘辛いソースがかけられている料理。


基本【焼く】という料理しかした事が無いノーブルは変わった食感に感想を口にする。



「ん?【蒸し鶏】か?叩いて柔らかくした鶏肉を蒸気で蒸して作るんだったか…確か【蒸気機関】に目を付けた王都の料理人が作ったのがキッカケらしいな」



グリスがノーブルの感想を拾う。



「【蒸気】…王都で水は貴重と聞いていましたが」



「ああ、全く贅沢な料理だな、ただ美味いものに罪は無いからな遠慮なく食べなさい」



「ええ、自分でも作って見ます」


理屈さえ分かればある程度は作れる。ただしお菓子といったものになるとノーブルはお手上げである。パンですら作ったら固いボールが出来上がるだろう。



「「「「!?」」」」



ノーブルの発言に驚くのはジャンテ、ニコ、フィレット、ロザートの4人。



「ふむ?ノーブルの料理か気になるな」



グリスは余り驚かない【剣王と密会】してるとシベックから聞いているので、すでに知っているのかもとノーブルは予想する。



「別に大した事ありませんよ?【剣王】様と一緒にいた時に覚えた冒険者風の荒い男料理なんで【熱通せば食べれる】って感じですよ」



「そういえばプルー湖の北部でヘビ焼いて食べてたわね。漁師の人たち驚いてたわよ」



「「「「!?」」」」



再び驚く4人。ノーブルは4人の顔を見て苦笑する。



「母上…フィレットが僕を見て怯えてるのでやめて下さい」



フィレットを見ると驚愕してパンを口からポロリと落としている。ヘビを食べる光景が想像できないらしい。



「あっ…!ごっ…ごめんなさいノーブル」



慌てて謝る母ノルベにため息を吐くノーブル。



「はぁ…いえ、貴族の男が料理するなど可笑しな発言をした僕が悪いのでお気になさらず…それで父上」



「ん?なにかなノーブル?」



「僕は今後【どう動いたら】良いでしょうか?」



「!…そうだな…すまない!給仕のものは一旦外してくれ」



パンパンと手を叩き大きめの声で周りの給仕達に席を外せと告げる。グリスの指示にいそいそと人は広間から退出し、ハーディス一家だけを残す空間となると、ピンと張り詰めた空気になる。フィレットだけは慌てて「えっ?えっ?」とキョロキョロしている。



「…さて、改めてノーブル」



場が整った所でグリスは切り出した。



「はい」



「昼間の繰り返しになるが…愛しの我が息子よ、魔王という脅威からよくぞ生還した。嬉しく、逞しく成長した事を誇らしく思う」



「はい」



「お前は【どう動きたい】?」



「!?………」



(【情報】を先には渡さないか…クソッ…怪し過ぎるだろ…)



「…【剣王】様と会おうと思います。」



「「「「「!?」」」」」



ノーブルとグリス以外が驚く。



「…密会内容と手段は?」



「魔王討伐の証である【冥王の爪】は僕の管理下にあります。」



「「「!!」」」


「えっ?」


「?」



ニコとフィレットは驚きとは違う反応をする。



「王都まで来たら回収、それを合図にハーディス家、つまりはこの屋敷に訪れて頂く予定です。内容は【フィオ様】を連れての面会で僕は仲介役です。会ってから話す…そんな所ですね」



フィオが【剣王】の娘であることはハーディス家関係者のみが知っている機密情報。



フィレットのみ【フィオ様】を知らない。



「ふむ…成る程な、それにしても本当に【冥王】はノーブルが【下した】のか」



「「「「「!!」」」」」



先程からイスをガタガタと騒がしい一同。明らかに動揺が激しい。グリスは一同を見渡し落ち着けと促す。



「………【下した】?その表現は…?」



周りの過剰な反応が気になるノーブル。



「ん?いや…とりあえず、ノーブルと【剣王】様の密会についてだが」



「…はい」



煮え切らない父グリスの反応を怪しむも話を進めることに同意するノーブル。



「恐らく無理だ」



グリスは【フィオと剣王】のが無理と宣告した。



「そうですか、はい、分かりました」



アッサリと受け入れるノーブル。ノーブルと再会してからグリスが初めて驚きの顔を見せた。



「?…何故とか…聞かないのか?」



「えっ?いや?【フィオ様】に確認取りますけど、無理って行ったら僕と同じ反応しますよ」



「えっ?そうなのか…?こう親子愛とか…」



王都まで来て無駄足は嫌ではないのかと聞く。



「ん?ああ…そういう事か師しょ…【剣王】様はフィオ様と【正式】に会いたいと…ん?…父上、動揺しました?頬のピクピクしてますよ?」



「!?…なっ!?…ノーブル?いつの間に【感覚共有】の魔法をかけたんだ?」



ノーブルは【感覚共有】の魔法でグリスの頬の筋肉がヒクついたのを確認した。



「【下した】って言った時に油断してたので…全員が僕に隠し事してる様でしたので、失礼ですが警戒させていただきました」



「…そうか、ふぅうううううう」



ノーブルの答えにグリスは深く息を吐いた。



「ノーブル」



改まって息子の名前を呼ぶグリス。



「はい」



「エンヴァーン様はお前に【剣王】の称号を譲りたいそうだ」



「「「「「!!」」」」」



【剣王】その一言で魔王殺し、勇者、王国最強の看板が付いてくる。



「は?いらないですよ、恥ずかしい」



即座に断るノーブル。



「………………【王剣カークス】を…」



【王剣カークス】持つだけで歴史に名を刻める剣。この時代に生まれたら男の子は誰でも憧れる。



「ん?母上から聞いてないですか?あれって元々、母上の失くした指輪の代わりに僕が素材を取ってきたんですよ?母上は要らないそうですし、僕も要りません」



伝説の剣は実はお土産でしたと言うノーブル。



「…………………………………ええ〜っ…と」



困った顔をするグリス。


息子の規格外さが予想を斜め上に突き抜けていた。4年間の大きな空白でお互いを把握しきれていないことが混乱を呼んでいる。


ただグリスに分かっているのが【フィオ】を交渉の材料にした瞬間、ノーブルはブチ切れるとグリスは確信している。自分が【そういう人間】であるからだ。


(子供だからって親が何でもかんでも出しゃ張るのは違うのかもな………ん?)


チラッとグリスはノーブルを見ると、何やら眉を寄せて眼を閉じ変な顔をしていた。



(…何だ?)



ノーブルはやがて眼を開ける。



「ニコ」



と彼女の名を呼んだ。



「…ッ!?!?エッ…あっ…!?なっ…何ですか!?」



声をかけられビクゥッと身体を大きく震わせたニコ。







「【神信魔法】使った?」



ノーブルの軽い口調と



少し悲しそうな顔。



冥神を祀る聖女の顔は真っ青になった。



【隠す】ことがアイデンティティと化してしまった聖女。



隠された4年間の空白が家族を困らせている。



ノーブルを知れば助けになると。



忘れていた。



ニコの【神信魔法】の内容を隠す為に家族が尽力していた事を。




ノーブルにだって隠したいものがあったのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る