第34話 グリジオカルニコ


たまに考えてしまうの。


ノーブルに会えなかったら私は…って。


危ないって言われた川を渡ってきた貴方に私は…。




■歳


微かに残る記憶は青と黒。ただ、黒には生温かったという思い出が残ってる。


■歳


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


鬱蒼と茂る森。地に広がる泥の沼。生臭い水と血の臭い。



そして人々の喧騒。



■歳


青く輝く泥に見惚れた。


目の下がヒンヤリした。


私を囲むの人々の顔は【安堵】。1人だけ【恐怖】。



■歳


森の中?湖の中?分からない。湖から木が生えてるから。


そんな木々を縫うように進む木の小舟に私は乗っていた。


同乗する赤い髪の女性は長い木の棒で水底を押し舟を進ませる。


「ねぇ、バッチャ」


「バッチャ?…まぁいいや何だい?ニコ」


「ニコ?あっ!そうニコ!」


「ええ、あなたはニコよ」


小舟に同情する赤い髪をした女性は私に声をかける。


「バッチャとニコはいつまでカクレてればいいの?これキラキラしてるけどオモイよ」


青と白のグラデーションが美しい革生地を掴んでパタパタする。


「…そうだね、【冥神】様の怒りを【海神】様が沈めたらかね」


遠くを見る様な目で答える。


「ふーん…あっ…なんかいるよ」


湖の水面からチョコンと顔を出すように浮いている。


「ん?ああ、あれは鰐だね、縁起がいいね」


「ワニ?えんぎ?」


「ああ、鰐は海神様と竜神様と仲が良いからね、見れると安全に旅が出来るって喜ばれるんだ。それに小さい子だけで1人で水に入って危険だよって教えてくれるんだ」


「オシえる?しゃべるの?」


「違うよ、親の言う事聞かない子を食べちゃうんだ」


「ええええ〜」


ーーーーーーーーー



バッチャが何かから逃げている。


森から離れ湖の中心へ舟に進ませる。木の棒が水底に届かなくなった頃、春の嵐に襲われた。


二人の意思は知らぬ存ぜぬと小舟の流される。



ーーーーーーーーー


私はいつの間にか意識を失っていたようだ。バッチャを背負ってくれていた。彼女の背中はとても温かかった。


小舟に乗る前の徒歩でおんぶを要求し過ぎて怒られて以来、我慢していた温もりに私は甘え狸寝入りをした。


薄く眼を開けて辺りを見渡すと小舟の上ではなく、森の中。バッチャは陸に上がっても逃げていた。


襲ってくるのはイヌにヘビにコウモリ…他にもいた思う。


その獣たちは決まって【黒い水溜り】から溢れてくる。



森を暫く走ると整地された土の道に出た。囲む木々のお陰か強風が弱まり、大雨によるぬかるみ多いが道はしっかりしていた。



「道…か?見晴らしも良い…ここで殺し尽くす」



そう言ってバッチャは【黒い水溜り】から湧き出る。魔物を蹴り殺し、踏み殺した。大雨と強風の合唱の中で踊るバッチャは美しかった。



ーーーーーーーーー


夜が明ける頃には春の嵐は去っていた。


土の道を進んでいくと広々とした高原に出た。バッチャは川を見つけ、視界を遮れる岩場まで行くと服を脱ぎ、川の水で血や泥を落としていった。


【黒い水溜り】の獣たちに噛まれたか引き裂かれたのか、身体にある傷は紫色に染まり、呼吸も荒く、汗も止まらず顔色も含めて悪い事尽くしの状態のバッチャは見ていて痛々しかった。


突然バッチャは何かに気付いたように顔を上げる。傷の痛みに顔をしかめながら服を着た。


「ニコ、ここで待ってて…川の…水の中は1人で入っちゃダメだよ?危ないからね…」


「?…う…うん、ワニさんにたべられたくないもん!」


私の返答に眼を丸くした後にバッチャは笑った。


「…フッ…ハハハッ、…うん、そうだね。こんな所まで食べに来るなんてワニさんはニコの事が大のお気に入りなんだね」


「オキニイリ?」


オキニイリって何だろうと


「好きって事さ、じゃあ待っててね」


「うん、マッテテする」


スキって何だろうと考えながら待っていた。


随分長い事待っていたと思う。それでもバッチャは帰って来ない。


途方に暮れた。


ワニでも良いから来ないかなと川に近付いた。


ーーーーーーーーー


タタンっ


小気味良い音を響き渡る。


川の近くにいた色鮮やかな鳥たちがパタタタっと羽音を立てながら、私の近くを飛び去る。


「うおぅ…!?…っと…とと……はあぁ…いきなりで驚い………!」


鳥たちが飛び立った場所に彼はいた。


ジッとこちらを見ている。


【あの人は?】のニコ思った。


■ー■■■■■■ー■■■


頭に音が響いた気がするが何も分からない。


「……………」


少年は急に硬直すると頭を抱え出した。


(タイヘンそうだなぁ…)とニコは可哀想な人を見る目で少年を見ていた。


「すぅううう…はぁあああ…」


何やら怪訝な顔をした後に深呼吸する少年。


「………よし!」



そう声をあげて、ニコを見つめる。ニコは驚きギョッっと青い目を見開いた。



そして【少年】は【ニコ】に向かって歩き出す。


少年はカラリカラリと小石を鳴らし歩いて来る。


サワサワと奏でる川のせせらぎ


やがて少年は立ち止まった。


少年は私を見据え、意を決して声をかける。


「こんにちは…僕はノーブル。」


「…」


(…え?ボク?ノーうう?)


「君は…どうしてこんな所にいるの?」


「…」


(…そういえばどうしてだろう?)


川の音と遠くの空からピィイーヒョロロロロ!っと鳥の鳴き声だけが聞こえてきた。


少年は鳥の鳴き声がする青空を見上げる。


私も合わせて顔を上げる。


先日の嵐が過ぎ去った。雲1つなく気持ちの良い青が視界一杯に広がる。太陽と薄いが月も見える。


「いい天気だね…」


「ん」


「川もキラキラしていて綺麗だね…」


「ん」


視線は空から川へ。


「山は大きいね」


「ん」


「雪があって白いね」


「…」


(ユキってなんだろう?)


「…名前は何ていうの?」


「…」


(ナマエ?)


「…名前はある?」


「…」


(ナマエ…ナマエ?)


「えっと…君はグルジオカルニコって名前なんじゃないかな?」


「…んーん」


(ちがうよ)と首を横に振る。


「そっか…あなたは誰ですか?」


(アナタ?あなたは…)


「ニコ」


「…それ名前?」


「ナマエわかんない…バッチャ、アナタはニコ…っていってた」


「バッチャ?…バッチャ…ああ…おばあちゃんの事かな?お母さんとお父さんは?」


「?…んーん」


(おばあちゃん?バッチャはおばあちゃん?)


「そっか…そのお婆ちゃんこと聞いて良い?」


「…ん?…バッチャのこと?」


「そうそう」


「えと…バッチャはね…ツヨいの!」


「強い?」


「そう!…あっ…えと…イエからムラ?…にイくってイってね…なんかクロいのコロしてたの!」


「というかコロ…殺しって…それに黒いのか…」


「なら…ここにいるのはバッチャのおかげなんだね。」


「うん!」


満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。


「……………………………………はっ!?」


またしても急に硬直する少年に私は不安になる。


「えと…どーしたの?…あ…えと…なんだっけ?…のの…ノー…ウ?」


「ん?…ああ、僕はノーブル、ノ、オ、ブ、ル」


「ノ…ノウブル!!」


「んっ?なんか発音が微妙な気がするなぁ?」


「ノ、オ、ブ、ル」


もう一度確かめる様に繰り返す。


「ノ、オ、ブ、ル」


ニコは繰り返す。


「ノーブル」


「ノ…ノーブル?」


「そう!よろしくね【ニコ】!」


「う…うん!【ノーブル】!」


名前を呼び合ってお互いぎこちない笑顔見せた。


クキュルルルルル…と空腹を知らせる音。


「「…」」


何となく恥ずかしくかった。


「そういえば僕ご飯まだだった…」


「…ゴハン」


(おナカへったな…)


「んっ?ニコもご飯まだなの?」


「うん…ここでヤスんでたら、バッチャがココでマっててねって…でも…カエってこないの…」


(なんでカエってこないの?ワルいコだったから?オナカへったよ…バッチャ…)


私は困ってばかりだ。そんな私の姿に慌てるノーブル。


「そっか…ううーん…ねぇニコ?あっちで僕とご飯食べながら待ってるのはダメかな?」


「ノーブルとゴハン?」


「うん!…えと…ダメかな?」


「わかんない…でもノーブルとゴハンたべたい…でもアブないから…」


「危ない?いや…まぁ…確かに…そう言われると何もかも危ないといえば危ないのかな?」


ニコの発言に凹み泣きそうなノーブル。


その反応にニコは慌てて声をかける。


「えと…えとね…ノーブルのきたところ…えと…あっち?にいきたいけどバッチャがカワのミズにハイったらアブないって…えと…だから…あっちイケないの…そのゴメンね…」


「ああ〜成る程…」


「まぁでも…そのくらいならっ……靴も靴下も邪魔だな………よっと!」


ノーブルは革靴と靴下を脱いだ後、川から顔を出している岩に向かって軽いジャンプをして飛び移る。


「ほいっほいっ…っとと…せいっ!…っと…はい到着!」


何回か手頃な岩にペタペタとカエルの如く飛び移って川を渡りきる。


そんな軽快な動きを見せた少年に私は感動した。


「わぁあ!」


私の前までたどり着くとノーブルは背を向けてしゃがむ。私はノーブルの行動に目を丸くし戸惑った。


「えと…えと?ノーブル?」


(えっ?えーと【おんぶ】?してもらっていいの?)


「んっ?あれ?伝わんない?えっと、おんぶするからどうぞ」


「えと…おんぶは…アシがウゴかないトキや、ビョーキ?とか、どーしてもなトキしかダメだって…バッチャがイってたんだよ?ガマン?っていうの!」


「厳しいな…いや正しいのか?良く分かんないな…大丈夫だよニコ。【待ってて】も我慢して【お腹へった】もいっぱい我慢したんだもん。だから大丈夫だよ!」


(えっ)


ノーブルの言葉の意味が分からずポカンとした表情をした。


(ガマンしなくていいの?アマエていいの?)


今まで溜め込んでいた感情や思いが溢れ出す。何が良くて悪いのか分からず泣きそうになった。


そして私は目の前のノーブルという誘惑に負けた。


ノーブルにくっ付けば、空腹も温もりも何でも手に入る。そんな甘い誘惑に負けた。


「!!……う…うん…ニコ…いっぱいガマン…した…ダイジョーブだよ!」


そう言ってノーブルのしゃがんだ背中を勢いよく被さるように抱きついた。


「うおっ!…とと…よっ…よし…じゃあ行こうか!」


あまりの勢いに押されたものも何とか立ち上がる。


「わわわっ…うわぁ!スゴイスゴイ!ノーブルチカラもち!」


持ち上げられたことと普段と違う目線という慣れない緊張に声が上ずる私。


「えっ…?えへへ…そうかな?」


ニコの賛辞に機嫌良く答えるノーブル。


「よし、それじゃ行くよニコ!」


「うん、ノーブル!」


行きとは違い、岩には飛び移らずノーブルが脱いだ靴がある元いた場所に向かって歩き出す。


パシャンパシャンと私を背負って川を渡るノーブル。


(ノーブルがワニさんだったらたべられてもイイや)


そんな事を考えていた。


ーーーーーーーーーーーー


「川で女の子拾った!」

「「「「「ナンダッテ!!??」」」」」


ーーーーーーーーーーーー




私はノーブルの家、ハーディス家の私兵団に囲まれながら高原の岩の上に座った。


「【揺れにて焔を生め・ボーンプロクス】」


ノーブルから光の出て炭に当たると炭は振動から赤熱、着火し炎に包まれた。


「っよし!!」


「!?…ノーブルすごい!」


騒ぐ兵士たちに呆れたような顔をするノーブル。


ノーブルの横で輝く炎と見ていた私。


「?…よく分からないけど良かったねノーブル!」


「ん?そうだねニコ」


嬉しそうにお互いを微笑みあう私たち2人を見て、老兵は思い出したかのように質問する。


「あの…ノーブル様…恐れ多くも…その…ニコ様は何なのでしょうか?」


何やら老兵に相談するノーブル。


老兵はノーブルとの会話で眉間を指で押さえていた。ただならぬ雰囲気にニコは腰掛けていた岩に上がるとノーブルの背に隠れる。


(コワイ…)


「………【冥神の加護】という存在はハーディス家という【恩恵】の一族を脅かす存在であります。あとは察して頂けると…」


(えっ?ニコのせいなの?ワルイコなの?)


「僕、今ので私兵団のことにちょっと嫌いになったから」


「「「ええええええええええええええええええええええええええええ!!」」」


ノーブルの発言に私兵団は慌てて謝る。そんなことはどうでも良いとノーブルは私に振り向く。


「ニコ?大丈夫?怖かったよねこの爺ヒドイよねぇ」


「ぇと…大丈夫だよノーブル?」


ノーブルは後ろに隠れていた私を隣に引っ張り戻す。


(よくわかんないけど、ノーブルがニコをマモッテくれた!)


その後、私兵団の謝罪を無視して魔法を私に教えてくれた。【お勉強】すれば出来る様になる事だけは分かった。


そして待望のご飯の時間が来た。


バターと塩で味付けされ、焚き火の上で炙られてるキノコはテカテカと光り、振りかけられた香草と合わさって美味しそうな匂い。


ノーブルと私の持つ木製の器に、山キノコと野生のタマネギ、炙った兎肉の串焼きに山羊のソーセージを添えられた。


「よしニコ座って食べようか!」


「うん!美味しそう!」


焚き火から離れ、岩に腰掛けると待ってましたと言わんばかりに私はお肉を頬張る。


「あっ!あっふぅい!へぇと…おぅひい!」


「そっか!美味しいか!」


ノーブルは分けた芋やパンを私に器にのせていく、安心で美味しくて温かくて幸せな時間。


2人が並んで和気あいあいと昼食を取る。


「ノーブル様ー!団長が面倒臭いんですけど!本当に何があったんです!?戻って来てからこんな感じで僕も限界ですよ!?」


兵士の1人が頼りない老兵を見かねてノーブルに助けを求める。


私が食べるのを眺めてたノーブルは兵士に振り向く。


「ん?ニコに【冥神の加護】があるって言ったら爺が冗談言うなって怒られただけだよ」


「「はいっ!?」」


見回りに行っていた2人はその発言に驚き、ノーブルは相談を始めた。


「成る程…みんなが信じないワケだよね…」


しばらく兵士と会話していたノーブルが納得すると老兵が飛びつく勢いで詰め寄る。


「分かってくれますかぁあ!ノーブル様ぁあ!」


「「!?」」


余りの勢いに私は料理の器を持ったままノーブルの後ろに隠れる。


「…ニコ大丈夫だよ…爺うるさい!」


「ウグゥ……!?」


(ノーブルがコワイおじいさんを倒しちゃった!)


老兵を見ると跪き兵士に説教されている。


「…グヌウゥ……わ…分かった…申し訳ありませんノーブル様、ニコ様。」


そう言って元の位置に戻る老兵。


(ノーブルがまたマモッテくれた!)


それを見送った後、兵士はノーブルに向き直ると質問を続ける。


「ありがとう…それじゃ…もう一回試しに、ニコ」


「ん?なにノーブル?」


「…」


「どーしたの?ノーブル?」


心配そうにこちらを見るニコに我に返るノーブル。


「ん?大丈夫だよニコ、気にせずご飯食べてて」


「うん」


私は串焼き肉のタレがかかったパンも美味しそうに食べ始めた。


ノーブルは羊皮紙に何かを書き込んでいく。


「…よし…書けたよ!どうぞ」


そう言って書き終わった羊皮紙と一緒に木炭も兵士に渡す。


「はっ!お手数おかけしました。確認させて…うはっ!…字が僕より綺麗…………なん……………で……………え…ぁえ!?」


羊皮紙の内容を確認した兵士は驚愕し、肩がプルプルしている。


ただならぬ雰囲気に全員食事の手が止まる。


私兵団一同が騒がしい。


「「「「「なんじゃこりゃぁああああ!!??」」」」」


お腹一杯食べた後、更にデザートのヨーグルトジュースも貰った。初めて口にした甘み。幸せだった。


幸せ過ぎた。


この時には、ノーブルという存在の安心感に私は溺れていた。


ーーーーーーーーーーーー


「揺れにて見え会わす【レッドマーカー】」


「…んぁ……………ぅん?…ノーブル?」


私は変な感触に眠りから目を覚ます。状況を理解出来ていない私にノーブルは優しく声をかける。


「うん、ごめんね起こしちゃったね?僕もお昼寝したいから馬車に行こうか。」


「……………?………ぅん?ううん…わかんないけどダイジョウブだよ!」


そんな二人を見ていた私兵団一同は硬直していた。


「「「「「えっ?」」」」」


ノーブルは私兵団に振り向くと告げた。


「爺が言ってたじゃないか【手が足りない】【探知魔法を使う】ってさ」


そう言って話は終わりだとニコと手を繋いで岩から立ち上がり、馬車に向かって歩き出した。後ろではストーンが混乱していた。


ノーブルは私のの小さな手を優しく握りながら、誰にも聞こえないであろう大きさの声で呟いた。


「力持ちじゃなくてゴメンね」


(…?なんでノーブルがアヤマルの?)


私には届いていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


ノーブルと私はお昼寝を終え、馬車の中でノーブルが暇潰し用に持ってきていた絵本を読んで聞かせてくれた。


そんな穏やかなひと時を過ごしていると、交代で見回りに出ていた騎兵の一人が馬車に向かってくる。


騎兵は老兵とやり取りをした後、馬車から離れていく。老兵はノーブルと私に振り返る。


「ノーブル様、少々騒がしくなって参りました。」


老兵はノーブルと話をしている。私に会話の内容は分からず、続きが気になる絵本に視線を戻した。


「うん、爺も気をつけてね」


「…!…ハッ!行って参ります!!」


勢い良く馬車の扉を開けるとズンズンと先を歩いて行く。

どうやら馬はまだ使わない様だ。交代した騎兵は老兵の様に馬車には入らず外で動ける様に待機している。


「はぁ…大丈夫かなぁ?」


「?…ノーブル?」


ため息をついているノーブルに気付き、絵本を覗いていた私は顔を上げる。


「ううん…何でもないよニコ…絵本の続き読んで良い?」


「うん!」


穏やかな時間がこのまま続くと思えた。


しばらく進むとノーブルが何かに気付いたのか窓を見る。


「…何だ、あの赤いの?人か…?」


赤い頭に赤いロングコートが馬に乗って走っている少年。こちらに気付いたのか進行方向を変えた。


「…なんで近付いてくるんだ?」


ノーブルは嫌そうな顔をする。


「そこの馬車止まれぇええええ!!オイ無視するなぁ!…オイっ…!えっ!?なんで!?止まれぇ!! 止まれぇええ!!」


今にも倒れそうな馬に乗りながら馬車を追いかけて来る赤い少年。馬車を止めろと叫び散らしている。


馬車に馬を寄せてきた兵士とノーブルは会話をする。


会話中にシベックは腰のポーチから円柱形の筒箱を出しノーブルに渡し、筒箱から出した紙を見てノーブルは目頭を押さえていた。私も覗いたが目がグルグルした。


馬車の後ろにいる少年を気にしなければ平和な一時。


「ヴィヒヒィイン!!」


馬車馬の突然の動きに御者は前のめりに落ちそうになるが、すぐに立て直し馬を宥めながらゆっくりと停止した。


「…!?…!…!?」


馬車の揺れに私は驚きノーブルに抱きついた。


(あ…やっぱりアタタカイ)


「…シベック?」


「!?」


ノーブルの声にハッとした表情を見せた後、肩を落として落ち込む兵士にノーブルは怪訝な表情で問いただそうとすると邪魔が入る。


「やっと止まったなぁ!…ゼェ…ハァ…ハァ…ふふん!」


停止した馬車の進行方向に回り込んだ赤い少年は馬を下りてこちらに寄ってくる。


シベックは御者と少年の対処について話し合い、馬車にいるノーブルに振り返ろうとした途中で硬直した。赤い少年も固まる一同の視線に目を向ける。


「おい!何やって…!?うわァぁアアアアアアアアアアアアアアアアアア…キっ…きやがったァアア!?」


「「「「!?」」」」


突然発狂する少年。兵士も御者も慌てている。


「早く馬車を出せ!」


「はっ…はい!!」


「なっ…おい!貴様!ふざけるなよ!?俺の馬はもうダメだ!?乗せろ!!」


赤い少年は御者台にしがみ付いた。


「……チィ…!おい!いい加減にしないと…」


剣を抜こうとする兵士にノーブルが声をかける。


「シベック!…もういいから、その人乗せて出発して。」


ノーブルの提案に渋い顔をするが了承した。御者と少年は言い争っていたがやがて馬車の扉に向かってくる。


「ぐっ…きッ貴様っ…クソ!もういい!とにかく乗るからな急に走り出すなよ!」


そう言って少年は馬車の扉を開け、中に入ってくる。


「ふん!邪魔するぞっ…うおッ!?」


私の顔を見て驚く赤い少年。


「「…」」


ノーブルと私は無言。


そんな様子を見つつ、兵士は赤い少年が乗ったのを確認する。


「よし…馬車を……おい…おいおいおい…早く馬車を出せ!!」


「!?…はい!」


兵士は声を荒げる。御者が答えると馬車を今度こそ走り出す。


「?…シベック!?」


「あー!大丈夫ですよー!ノーブル様ー!このよく分かんないの調べるだけですからー!」


兵士は元気に明るい大声で答える。


私はこの声色に聞き覚えがあった。


バッチャが怖がる私にかけてくれる時の声だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


ゆっくりと窓の外の景色が流れていく。


「おいっ!貴様!御者に急がせろと伝えろ!」


向かい側に座る赤い少年が何やら騒いでいるがノーブルは無視。


一方、私はノーブルの膝の上に座り、彼の胸に顔を埋め甘えていた。


(はぁ…いいにおい…ずっとココにいたい)


「ねぇ!!馬車止めて!!」


ノーブルが突然、御者に向かって叫ぶ。


「!?」


(えっ!?)


「早く止めて!!」


「はっ…はいぃ!?」


ノーブルの指示を受け、御者は返事をする。


馬車が止まると私を膝から隣の席に下ろし、馬車の扉を開けて飛び降りるノーブル。その行動に私は混乱した。


(えっ!?えっ!!えっ!!??)


「御者さん!このまま村に向かって着いたら応援呼んできて!」


ノーブルの発言に驚く、【御者】と【赤髪】の2人。

その後2人から反論はあったがノーブルの力強い発言で2人を言いくるめていく。


「うん!いいから早く行って!!」


「はっ…はい!では村からの救援任せてください!」


御者が気持ちを切り替えたのか力強い返事をする。


「ありがとう!私兵団のみんなには僕からって…うわああ!」


突然、馬車から私はノーブルに向かって倒れるように下りてきた。


「ちょっ…ニコ!?」


突然の行動に慌てて両腕で抱きしめ、受け止める。この温もりを離したくなかった。


「ノーブルと!ハナれる、マッてる、イヤぁあああああああああ!!」


「分かったから!分かったって!ゴメンねニコ!一緒に待ってるから!!」


「…ぅぅえ?…ホント?えッく…イッショ?」


顔をクシャクシャにしてグズる私にノーブルは精一杯優しい声で宥める。


「うん!一緒だから!大丈夫だよニコ…」


私の髪に顔を埋め、力強く抱き締める。


(ニコはココがオキニイリ!…あれ?スキだっけ?)


「…うん!」


「僕ら2人はいいから!村へ早く行って!!」


「はいぃぃい!!」


「…ぅわっ!…ッとと…おおい!…貴様!…えっ…と名前…名前だ!?何だ!名乗れぇえ!?」


「「…」」


「何でここで無視をするぅう!?貴様ぁああ!この屈辱忘れんぞぉおおおお!!!」


少年の叫びと共に遠ざかる馬車を見送る2人。


「行こっか、ニコ」


「うん!」


ノーブルとなら私は何処にでも行ける。


そう思っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


太陽は黄金に輝き、空は茜色で一面に染められていた。


そんな茜空の下でノーブルと私は手を繋ぎつつ来た道を戻っていた。


ズシンと地面が揺れた。


「…え?」


ズシンズシンと揺れと音が大きくなってくる。


そして見えた。


(…おおきなワニさんだ)


ズシンズシンズシンと響きは、大きなワニから発生していると把握した。


その大きなワニの足元に並走する2人の騎兵がいる。


「爺とシベックだ!!」


見知った顔の再会に笑顔になるノーブル。


『ゴォアガガガガガガガガガガガガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??!』


「「!?」」


【幻獣】の絶叫。


ノーブルと私は【幻獣の絶叫】に耳を抑え悶絶していた。


(ワニさんうるさい…ミミいたい…うう…あれ?)


大きなワニの後ろに見覚えのある光景があった。


【黒い水溜り】。


「…いたたた…ええっ…なんだ?あの大きいの?【索敵魔法】にはあんな反応無かったのに!?と、とにかく…ここ…ここにいたらみんなの足手まといに…早く逃げないと…ニコ?」


私の視線に気付いたノーブル。


「?…うわっ何だあれ?」


「アレ…ヤダ…バッチャ…いつもケガしてた」


「いつも…?…うわっ!?ああああ!?」


「!?わひゃっあっ…!!」


ノーブルの突然の叫びに驚き私は飛び退いた。


「なっ…なんだ!?…っツッ…痛っ!?…んあ?…何この石?へぇ…綺麗な…ぅあ!?うぉわあああああ!?」


「!!わっ!?わぁああ!?」


ノーブルは自分の手を見ながら再び驚きの声に上げる。私は続いて驚く。


「!?……!…?……!…!」


何やら口をパクパクしているノーブルに私は声をかけた。


「ノ…ノーブル…!?」


「!?」


私の声に気付き我に帰るノーブル。


「!……だ…大丈夫だ…っよ!?っうあ!?」


返事をしようとしたノーブルの身体がガクンと傾く。


慌てて傾いた方に視線を移すと【黒い水溜り】にノーブルの腕が沈んでいた。


「…ちょっ……!?はっ?…うわっあああっ!?ッヴべッ!?」


ガクンッと身体が沈み、顔から地面に突っ伏したノーブルの叫びは中断される。


「!?ノーブル!?えっ?イッ!?イヤぁああああ!!」


【黒い水溜り】に沈むノーブルを見て、私も悲鳴をあげる。ノーブルの身体を掴む。


ボコンボコンっと【水溜り】膨れ上がる。地面から顔を上げたものの、既に右腕と下半身が【黒い水溜り】に浸かっていた。


「……ぐお…ッ…何だ…これ……ッ…冷た?…違う…寒い!…水じゃ…ない…おっ落ちるッ!?」


「イヤァアア!?ノ…ノーブル!ダメ!?ダメ!ヤダヤダヤダァ!?」


「に……ニコ…だっ大丈夫…!?」


【黒い水溜り】に引き込まれるノーブル。私は【まだ浸かっていない左腕】を必死で掴む。


「ノーブル!ノーブルゥ!イかないで!?ダメ!?ダメ!ヤダヤダァ!?もうヤダ!ヒトリヤダァアア!!」


私は錯乱していた。ノーブルが何か言っていた気がするが聞こえない。


「!?………あっ!?ウウゥ…ゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


「ェ!?わっあっ!?ああああ!!??」


ノーブルは雄叫びを上げながら、私を突き飛ばした。私の小さい身体は地面に派手に転んでしまう。


「ァ…アア…ノ…ノーブルゥゥ!?!なっ…なんでぇえ…!?…ァ…アア…ァ…」


会ってから今まで【受け入れ続けてくれた】ノーブルからの【拒絶】に近い行動は私は絶望に落とされた。


そのニコの顔を見たノーブルは顔を歪める。


「ァアアアアアア!!とどっ…!!!届けェエエエエエエ!!」


(なに…なになになに!?)


しがみ付いていたノーブルの左腕が私の隣の土を振り払った。


それはつまり【黒い水溜り】に抵抗する手段を失ったということ。


(えっ!?ノーブル!?)


「…ニコ!お願い、爺たちと【待ってて】ね!」




トプンッと




ノーブルが【黒い水溜り】に落ちた。


「あっ…」


(ワタシはまた)


「あっぁぁっあっ…あっ…」


(マつの?)


「のぉ…うぁ…うぅ」


(それはイヤだって)


「のぉおおゔぅうぅうううううぉおぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


ココで待つのか?何時まで待つのか?誰かと待てば良いのか?次は誰を待てば良いのか?


【黒い水溜り】は役目を終えた様に消えていく。


「ぁあああああっ…あああああ…あぁえしえええ!かぁえしてぇえええええええええぇぁああああ!!ニコのぉ!ノーブルかえしてぇええええええ!!」


怖い生き物を生み出し、バッチャを追って、ノーブルを落とした【黒い水溜り】。


その中に飛び込む【勇気】は私にはない。【怖い】しかない。


「ノーブルはニコのぉおおおお!!オキニイリなのぉお!!!スキなのぉおおおおおおお!!!だからぁああああ!!!カエしてよぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


【恋】や【愛】ではなく【お気に入り】の【好き】。


時間が経てば売り飛ばしてしまえそうな、何処に置いたか忘れてしまいそうな【好き】。


いつかまた巡り会えたら、欲しくなってしまう、そんな【好き】。


鉱石の神である【冥神】は私のお気に入りを隠して宝探しでもさせたいのだろうか。




私の【好き】は軽いと笑われてる気がした。




しっかりと【隠せ】と怒られてる気がした。



ただ



【待ってる】だけでは手に入らない事だけは分かったよ。

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